ふがいなさを知る2【side Ulrik】
無事に岸辺に辿り着くと、ウルリクは抱えていたイェシカをそっと降ろした。
来た道を振り返ると水面は高さを増し、そこには元から道など存在しなかったように海があった。氷の足場もこの暑さで、すぐに溶けてなくなってしまっていた。
秘密の洞窟に行ったことが夢のように思えた。
「ありがとうございました。氷魔法、とても綺麗でした。ウルリク様の氷魔法が見られて、こんな状況になったことを少し良かったと思ってしまいました。またいつか、氷魔法を見せて頂けたら嬉しいです」
ぼーっと海を眺めていると、隣のイェシカがそんな風に笑いかけた。
本当に夢みたいに、嬉しいことばかりだ。
ウルリクは両手を包むように合わせ、その手の中で氷魔法を発動させた。
「わああ……!」
そして、開いた手の中には氷で出来た花があった。
楽しげにその手を見つめていたイェシカに手渡すと、彼女は笑みをいっそう深くした。
「ウルリク様。私、ウルリク様の氷魔法がとても好きです。きっとこの先、どんな他の魔法を見たとしても、ウルリク様の魔法が一番好きだと思います」
手の中にある氷の花を大事そうになぞりながら、そう言った。
それから、しばらくして溶けて無くなってしまった氷にイェシカは残念そうにしていたが、ウルリクはイェシカのためならまたいつでも作ってあげるよ、と心の中で思った。
それから、少し遅めになった昼食を取り、海を眺めながら持ってきたお菓子を食べた。普段から気に入っていたものであったが、海を見ながら食べるとさらに美味しい気がした。イェシカの言った通りだ。それに、イェシカが選んでくれたものだと思うと、そのことも美味しくする調味料のようだった。
別荘のバルコニーでイェシカと二人、座りながら海を眺める。とても穏やかな気分だ。
彼女が隣にいるから。
楽しい時間は過ぎるのが早い。いつの間にか太陽は海へと沈んで行こうとしていた。水平線の向こう側へと消えていく太陽はゆらゆら揺れる炎のようだ。
夕日にイェシカが照らされる。その姿がとても綺麗だ。
今この瞳に映る光景を切り取って保存できれば良いのに。
写真では意味を持たないだろうこの光景をウルリクは必死に瞳に、心に焼き付けた。
夕食は海で捕れたばかりだという新鮮な魚介類が美味しかったし、1日動いた後に汗を流すのも気持ちが良かった。
そして、ふかふかのベッドに入ると隣にはイェシカがいる。
いつもとは違う場所だけれど、いつもと同じ事。当たり前になっていることが嬉しい。
イェシカはいつもと同じように話をしてくれた。今日の旅行のこと。イェシカはウルリクに何度も楽しかったと伝えた。
ウルリクもそれを聞きながら、心の中で頷く。自分もとても楽しかったと思いながら。
それでも、言葉には出来ない。
楽しそうに話していたイェシカだったがさすがに疲れていたのか、話している途中ですうすうと寝息を立て始めた。その横顔を見つめながらウルリクは思う。
イェシカはいつもウルリクに感情を言葉にして伝えてくれる。ウルリクと違ってイェシカは表情でも伝えることが出来るのに、それに加えて言葉までくれる。
ウルリクはイェシカがこの海で楽しんでくれているのか不安だった時、彼女が言葉にして伝えてくれたから安心した。嬉しかった。
明るい笑い声を聞いた時、まるで心にまで響いてくるようだった。
そんなことをウルリクは欠片だって出来ない。
だから、イェシカはウルリクのことを分かっていると言っても、彼女も不安に思うことがあるんじゃないだろうか。そう思った。
また、彼女を不安にさせたくないという思いに加えて、やっぱりこの心を知って貰いたいという思いがあった。
最初は自分のことを誤解しないで少しでも知って貰えれば良いと思っていただけだったのに、今はこの心全部を知って貰いたいなどという大それた欲が出ていた。
ああ、神様。この心を全部伝える方法があるなら、俺に教えてくれないだろうか。
そんなことを思いながら、ウルリクは目を閉じた。
***
次の朝、出発前に少しだけと浜辺を歩いた。朝も早いため、まだ誰もいない。昨日のようなことは起こらないだろう。
いつもはいろいろと話をするイェシカは、今は黙って海を眺めながら歩いていた。
一歩一歩、砂浜を踏みしめるように。
ウルリクの前を歩くイェシカの足跡をなぞるように、その上に自分の靴底を重ねて彼女の後ろをついていった。
そして、イェシカは靴を脱ぎ裸足になると、スカートをたくし上げて海に足を踏み入れた。
ちゃぷちゃぷと楽しげに波を蹴る。
ウルリクはそんな姿に見とれてしまった。
仕方ないだろう。この人はこんなにも魅力的なんだから。
自分は何度この人を好きになっていくのだろうか。そんなことを思う。
「ウルリク様」
海の妖精のような彼女が自分の名前を呼ぶ。
このままずっとここにいたい。帰りたくない。この時間がずっと続いて欲しい。
初めての旅行だからと短めの予定にしたことを後悔した。
「また来ましょうね」
こともなげに、彼女はそう言って笑う。
ウルリクが一番欲しい言葉だった。ウルリクが一番言いたくて、言えなかった言葉だった。
嬉しくて、嬉しくて仕方がない。
「ああ」
だけれど、ウルリクから出たのはそんなぶっきらぼうな返事だった。
どうして、自分はこうなのだろうか。
それでも、イェシカは笑ってくれた。