第9話「涼香と霧Part4」
「た、助け……」
言いかけてやめた。
助けを呼べば撃たれる。
それに霧はいない。
今も、これからも。
とにかく現状をくぐり抜けなければどうにもならない。
このまま捕まろうとも考えた。
捕まって金を払ってもらおうとも考えた。
でもそれは嫌だ。
迷惑云々以前に、こんな奴らに拉致されること自体が腹立たしい。
涼香は男を睨みつけた。
「強気だなお嬢様」
強気なんかじゃない。
ホントは今にも泣きそうだ。
怖くて。
孤独で。
寂しくて。
コイツらに拉致されることだけが理由じゃない。
霧が傍にいない。
「霧………」
来るハズのない彼女の名前をボソリと呟く。
涼香なりの、精一杯の悪あがきかもしれない。
「はい、お嬢様」
「ッ!?」
不意に聞こえる聞きなれた声。
男達の後ろには彼女が立っていた。
「お前……ッ!!」
「……ハッ!」
ガッ!
霧の蹴りが振り返った男の拳銃を弾く。
「しまった!!」
ヒュッ!
霧はその場で高く跳ぶと、近くの木から手頃な長さの枝を折り取った。
その枝を刀のように持つと、男に向かって突っ込んだ。
一閃。
刀を錯覚させるかのような速さで枝が振り抜かれ、男が1人その場に倒れた。
「汚い手をお嬢様から離せ」
ゆっくりと、霧は枝を男達の方へ向けた。
「なめやがって…ッ!!」
男達が襲いかかるよりも速く霧は動き、1人、また1人と枝で叩きのめす。
涼香が気がついた頃には悠然と立つ霧の周りに、男達が倒れ伏していた。
「大丈夫ですか?お嬢様」
「霧……貴女何で………」
確かにクビにしたハズだ。
もう二度と現れない。
涼香自身もそう思っていたのに。
彼女は、牧村霧は颯爽と涼香の前に現れ、またしても涼香を救ってくれたのだった。
「私は……貴女をクビにしたハズですわ…!それなのにどうして……」
「確かに私はクビにされました。今の私は使用人ではありません」
そうきっぱりと言い切った後、ニコリと笑う霧。
「私がお嬢様を助けたのは使用人としてではなく、牧村霧個人として貴女を守りたいと思ったからです。ダメですか?」
「霧……」
健気な彼女を、涼香はたまらず抱きしめた。
「お嬢……様?」
「ごめんなさい。ごめんなさい霧………」
これで許されるとは思わない。
今まで涼香が霧にしてきた罪は重い。
しかし、これからでも。
今この瞬間からでも。
その罪は償える。
「もう一度、私の所へ帰って来て下さい」
「はい、お嬢様。喜んで…」
「本当にありがとうございました」
涼香と霧の事件があった翌日、霧は突然俺の隣にいる羅門に頭を下げた。
「え?」
状況を把握出来ていないらしく、羅門は不思議そうな顔をしている。
「貴方の言葉が私を行動させてくれました。貴方のおかげで私とお嬢様の関係が修復されたと言っても過言ではありません…」
買いかぶり過ぎ……とも言えない。
「……良かったね」
羅門はそれだけ言って屈託なく笑った。
「はい」
霧も、今まで俺達が見たこともないような爽やかな笑顔で答えた。
霧は今まで通り涼香の傍にいる。
昔程仲が良い……というわけでもないが、確実に溝は埋まりつつある。
これも神宮羅門のおかげかも知れませんわね……
と、涼香も少しだけ考えてしまう。
あの事件がなければ涼香と霧の関係は修復されないままだったかも知れない。
その上霧の話を聞くと、あの日霧を行動させたのはなんと神宮羅門の言葉だと言うのだ。
そう考えれば羅門のおかげかも知れない……
「まあ、どっちでも良いですわ」
ついつい口に出してしまった。
「どうかしましたかお嬢様」
「何でもありませんわ」
「あ、そういえばお嬢様?」
「何ですの?」
涼香は聞き返しながら、静かに紅茶を飲んだ。
「今度こそ……」
「今度こそ、受け取ってくれますよね?」
涼香は、霧の差し出した小さなぬいぐるみを見て目を細めた。
もう何年も前の誕生日プレゼント。
あの日の涼香はその場の感情に任せて拒絶した。
見れば見る程拙い作りだ。
それでも、そんなことはどうでも良くなる程の気持ちが込められている。
そのぬいぐるみには小さなカードが張り付けられており、小さな文字で「お嬢様誕生日おめでとうございます」と、あの頃の霧の字で書いてあった。
何年か前に戻ったかのような気分だ。
こんなに大切な物を、拒絶したことを心から後悔した。
頬を涙が伝うのを感じた。
「お嬢様……?」
涼香は何も言わずにぬいぐるみを霧の手と一緒に両手で包んだ。
「ありがとう、霧」
そう言って涙を流しながら笑った涼香の顔が、霧には5年前の涼香の顔と重なって見えた。
続