深い眠りの中で。
「……詩織、今日も行くの?」
「うん……」
大学からの帰り道、心配そうに問うりえりえにあたしはそう答えた。
「…そう。じゃあ、また」
「うん。明日ね」
あたしはりえりえに笑って手を振ると、急いで病院へ向かった。
あの事件からもう二年も経った。
海音寺魁人と言う少年が引き起こした惨劇。
勿論文化祭は中止になったし、学校もしばらく休校になった。
海音寺魁人が銃を発砲したのだが、幸い死者は出なかった。
そう「死者は」出なかった。
「ごめんね。今日は遅くなって」
あたしは病室に入ると、椅子に腰掛け、横たわる彼の顔を見た。
手で触れると生きた人間の温かさがある。
その温かみは間違いなく彼の物だった。
「今日はね。特に何もなかったんだけど……りえりえが講義の途中で寝ちゃったんだよ」
あたしは笑いながら今日の出来事をとりとめなく話す。
りえりえのこと。
優のこと。
今日食べたお昼ご飯のこと。
どうでも良いことを毎日のようにココで彼に話すのがあたしの日課であり、楽しみでもあった。
「それとね。今日、風間って人に告白されたんだ……」
「勿論断ったよ?だってあたしには……もういるし」
そう言って、ギュッと彼の手を握り締める。
「だからね……」
まただ。
もう泣かないって。
何度もこの場所で決意したのに。
またあたしは…………
「大丈夫……だよ……誰のとこにも……行かないからっ……ずっと………傍にいるから…………っ」
声が震える。
涙で視界が歪む。
寂しくて。
辛くて。
苦しくて。
あたしは彼の身体に覆いかぶさって泣いた。
ぽたぽたと涙がシーツを濡らしていく。
「羅生……っ!!羅生…………っ」
呼べば余計辛くなる。
わかっているのに、繰り返し名前を呼んだ。
もうこの声は、二度と届くことはないのに―――
神宮羅生は実質死んでいる。
認めたくはないけれど、事実だ。
あの日、海音寺魁人が放った弾丸は、無惨にも羅生の頭部に直撃した。
即死かと思われたが、奇跡的に脳の一部が破損しただけで終わり、羅生は一命を取り留めた。
だけど、脳の破損はかなり致命的で、羅生の現在の状態は―――脳死。
機械のおかげで心臓等は今も動き続けている。
彼は眠っている。
目覚めることなく。
きっと永遠に眠り続けるのだろう。
この場所で。
あたしが死んでも……。
きっと彼は今、夢を見続けているのだろう。
永遠に終わることのない夢。
彼の記憶だけが紡ぐ終わらない物語。
二年前の、楽しかった日々を繰り返しているのだろうか?
あたしが、羅生が、みんなが愛したあの日々を――――
眠り続けているハズの羅生は時折言葉を発する。
本来ならあり得ないことだけに、その度にあたしは一喜一憂する。
羅生は目を覚ますかも知れない。
起き上がって、あたしのことを見てくれるかも知れない。
あたしの名前を呼んで、優しく微笑んでくれるかも知れない。
幾度もそう思ったけど、そんな日は来なかった。
それに、羅生が発した言葉はあたしの名前でもなければ、あたしの知っている名前ですらない。
「ねえ、羅生」
ごしごしと袖で涙を拭き取り、羅生の顔を見つめる。
「時々貴方が呟く名前……」
「羅門って誰のことなの?」
約三ヶ月程続いた「ぐらとぐら」でしたが、今回で最終回です。
かなり更新がハイペースでしたがどうでしょうか?
楽しんでいただけたでしょうか?
最終話はコメディ物のラストにはあまり相応しくないと思ったんですが、やりたかったのであえてやりました^^;
がっかりさせたとしたらすいませんorz
この作品は書いててすごく楽しくて、羅生達が小説の中でボケたりつっこんだりするのが楽しくて堪りませんでした^^
ちなみに「ぐらとぐら」には考えようによっては三通り最終回があるんです。
まあ内二つは似たような物ですし、もう一つは49話そのものですし大した物ではないんですが……
暇でしたら考えてみてください^^;
こんな作品ですが、よろしければ評価してやって下さい。
それでは約三ヶ月間ありがとうございました。
これからもシクルをよろしくお願い致します。