第46話「遠い過去、遠い未来Part4」
「大丈夫か!?」
倒れている羅門に急いで駆け寄る。
何故ココにいるのか不思議だったが、とにかく今は羅門が心配だ。
「羅生!アレ!」
詩織の指差す方を見ると、黒い車が走り去って行った。
あの車の中に犯人が……!!
俺が車を追いかけようと走り出した時だった。
「待って!追いつかないわ!今は羅門君を優先して!!!」
詩織の言葉にハッと我に返り、すぐに羅門の元へ戻る。
「おい、羅門!」
倒れている羅門を揺さぶる。
背後から心配そうに詩織が覗き込む。
「だ、大丈夫……。転んだだけだから」
羅門は身体を起こすと、無理に笑って見せた。
本人は普通に笑っているつもりなのだろうが、俺には無理しているようにしか見えない。
「転んだって……!何でもないのに後ろ向きに倒れるような奴がいるかよ!!ふざけてないで理由を言え!」
「ホントに大丈夫だから……」
羅門はそう言うと立ち上がり、服に付いた汚れを手で払った。
「なら……無理には聞かないが…」
今の羅門に何度聞いても結果は同じだろう。
とりあえず今は様子を見ておくことにしよう。
遂にわかった。
部下からの報告で、兄さんの家が白凪校の近くのアパートだということが。
後は寝込みを襲うなり一人の時を狙うなり幾らでも方法はある。
そう、後は殺すだけ。
これで僕は海音寺家の正式な当主になれる。
それに、元々兄さんを支持するような部下はいない。
別に殺さなくても海音寺家は僕の物なのだけど……。
いつ兄さんが海音寺家の当主の座を主張するかわからないし、それに――――
僕は、僕を独りにした兄さんを許すつもりはない。
「魁人様、神宮羅生をどうなさるおつもりですか?」
「最初に説明した通りだ。僕がこの手で殺す。コイツの引き金を引いてね」
そう言って僕は手元の拳銃を指でつつく。
「……一つ問題が…」
「何だ?言って見ろ」
「はぁ……。どうも我々の邪魔をする者がいるようでして…」
なるほど。
それで兄さんの家を突き止めるのに手間取ったという訳か。
「誰だ?」
「神宮…羅門でございます」
「神宮羅門……ッ」
あの偽物の弟か……ッッ!
僕の中で沸々と怒りが湧いてくる。
偽物の分際で、よくも僕の邪魔をしてくれたものだ……。
「おい。予定変更だ。神宮羅門から殺す……」
「……了解致しました」
僕の邪魔をしている以上、生かしておく訳にはいかないし何より―――――兄さんの弟を名乗っているのが気に入らない。
文化祭まで後三日。
もう随分と用意は出来ている。
料理のメニューも決まったし、後は教室を飾るだけだ。
そしてその教室を飾る作業もかなり順調に進んでいる。
「……もうすぐね」
一緒に看板に色を塗りながら、詩織が呟く。
「そうだな…」
文化祭は去年もあったのだが、俺はどちらかというと興味がなくて、クラスで話をするのも岸田くらいなものだったし、クラスのために何かをしようという気になれたのは恐らく今回が初めてだ。
学年が変わってから、俺の周りも、俺自身も、大きく変化している。
勿論、それは良い変化だ。
羅門のおかげ……なんだろうな。
そう思いながら、箒で福井と大バトルを繰り広げている羅門を見る。
数日前、明らかに様子がおかしかったのだが、今は何事もなかったかのように過ごしている。
ただ、日に一度は少し疲れた顔をしている気がする。
「羅門君のこと、心配?」
「ああ、まあな……」
「あたしより?」
いつの間にかすぐ傍まで近寄り、俺の方に顔を近づける詩織。
「いや、その……」
「冗談よ。困らせるつもりはなかったの」
詩織はそう言って悪戯っぽく笑った。
―――刹那。
ヒュンッ!と風を切る音がして、俺の頭部にベチャリと雑巾が張り付く。
「いちゃつくなァァァ!!」
岸田、お前後で殴る。
日に日に疲労が溜まる。
今まではこんなことなかったのに。
戻った記憶が原因なのだろうか……?
考えられる原因はそれだけじゃない。
常に兄さんを見張っている黒服の男達。
兄さんは気づいていないけど、僕は常に警戒している。
記憶が戻って、全部わかった。
アイツらが兄さんを狙う理由も、僕がココにいる理由も―――――
だから―――――僕は最後まで兄さんを守り続ける。
「後二日……かぁ」
起床して、カレンダーを確認して呟く。
文化祭はもう目と鼻の先。
初めて学校行事を楽しみにしている気がする。
出し物がメイド喫茶というのもどうかと思うが、楽しみなことに変わりはない。
それに、詩織のライブもある。
特等席で羅門と一緒に見るつもりだ。
「兄さん、早く行こうよ」
玄関から羅門の急かす声が聞こえる。
「おう、今行く」
俺はそう答えると、バッグを持って羅門と一緒に出発した。
羅門と他愛のない雑談を楽しみながら登校する。
今では辺り前だが、数ヶ月前には有り得なかったことだ。
そう考えると、少しだけ感慨深い。
「―――ッ」
不意に、羅門が絶句する。
「どうした?」
羅門の視線の先を見ると、そこには黒いスーツの男が立っていた。
あまり特徴がなく、強いてあげるならサングラスくらいだろう。
なんだか怪しい。
放っておくのが一番だろう。
「行くぞ羅門」
「あ、うん……」
男を無視し、通り過ぎるつもりだった。
が、すれ違った瞬間、男は俺の耳元で囁いた。
「御気を付け下さい、羅生様」
「な―――ッ」
その言葉に驚愕し、すぐに振り返る。
しかし男は既に近くに止めてあった車のドアを開き、乗り込むところだった。
「おい、ま……」
俺が言い終わらない内に、男はドアを閉め、車で走り去って行った。
「気を付けろって……」
額を、嫌な汗が流れた。
続