第44話「遠い過去、遠い未来Part2」
「今日は死んだっていい」
不意に、俺の隣で真顔の岸田が呟いた。
「そうか、ジェットコースターから落ちるなりなんなりして勝手に死んでくれ」
「俺には三戦があるから大丈夫だ」
どこの末堂だお前は。
が、死んだっていい程嬉しい理由はわからないでもないが……。
文化祭の出し物がメイド喫茶に決まり、半ば強引に涼香が大量のメイド服を用意させられていた。
そして今日はメイド服の衣装合わせだそうだ。
クラス中の女子がメイド服に着替え、大騒ぎしている。
無論、大騒ぎしているのは男子も同じだが……。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「……」
絶句。
もうつっこむ気にもなれない。
「お帰りなさいませお兄ちゃん」
余ったメイド服を着こみ、ニコニコしながら俺にお辞儀する羅門。
「どう?お兄ちゃん。似合う……かな?」
「わかったからそれ脱げ。後、そのお兄ちゃんってのやめろ。気持ち悪い」
「そんな、脱げだなんて……。でも、お兄ちゃんとなら…………」
とりあえず羅門の顔面を蹴った。
「ら、羅生……?」
俺が足元で顔を押さえながら呻く羅門を眺めていると、後ろから詩織の声がした。
振り返ると、メイド服姿の詩織が恥ずかしそうに頬を赤らめて立っていた。
「ど、どうよ?」
「いや、すごくかわいい……です」
「あ、ありがと……」
すごくいい。
うん、すごくいい。
メイド姿の詩織は非常に新鮮だった。
こんな姿もう一生見られないだろう。
今日は死んだっていい。
そんなことを考えながら俺が詩織に見惚れている時だった。
「……いちゃついてんじゃねえ」
バオッ
背後から何者かが俺の両腕で絞め、両足を俺の腹部に回す。
「やったッ!裸締めが決まった」
隣で岸田が叫ぶ。
「脱出られんぞありゃ…勝ちを譲る気かぐら…」
岸田の隣で呟くメイド姿の真紀。
いつの間に現れたんだ……?
「あの姿…まるで父親が我が子を………おぶる姿のように…………………」
詩織、変なネタに乗ってないで俺にくっ付いた福井を引き剥がしてくれ。
苦しい。
「兄さんの家の場所はわかったか?」
「いえ、今の所……」
「もっとしっかりしろ。この僕をいつまで待たせる気だ?」
そう言って僕は目の前の部下を睨みつけた。
白凪旅館の一室。
とりあえずはココで宿泊しているけど、こんな安宿で我慢出来るのはこの町に兄さんがいるから。
早く見つけなきゃ。
早く兄さんに会いたい。
そのためだけに数年間、兄さんを探し続けたんだ。
兄さんを見つけて、そして……
「さっさと探せ。そして見つけたらすぐに僕に知らせろ。わかったな?」
「はい、魁人様」
―――――殺す。
バイトを終えた俺と羅門は、真っ直ぐに自宅へと向かった。
辺りは既に真っ暗で、まるで幽霊でも出るんじゃないかと思う程だ。
色々な疲れで足取りが重い俺とは対照的に、羅門は俺の隣でスキップしている。
その元気の源が何なのか知りたいものだ。
適当な会話をしながら歩いているとすぐに自宅付近まで到着した。
が、不意に羅門が動きを止める。
「兄さん」
「どうした?」
「先帰ってて。用事思い出したから」
「……用事?」
基本的に俺と羅門は一緒に行動するから、俺の知らない羅門の用事なんてそんなにないんだが……。
「わかったよ。ちゃんと帰って来いよ」
「うん」
「勿論帰るよ。僕の帰れる場所は、死後の世界を除けば後にも先にも『そこだけ』だから」
兄さんが見えなくなったのを確認すると、僕は一人呟いた。
いや、正確には一人じゃない。
「そこにいるんだろ。こそこそと付け回してないで出て来なよ」
僕が呟くと、近くの電柱から黒いスーツの男が現れた。
サングラス、短く刈り込んだ髪。
とりあえず「今は」この男だけのようだ。
「君だけかい?」
僕が尋ねると、男は何も言わずこちらに歩み寄ってきた。
どうやら質問に答える気はないらしい。
「いつから気づいていた?」
「君が監視を始めてからずっと」
そう言って僕はニヤリと笑った。
「兄さんに何か用?」
「お前のような『偽りの弟』には関係ない」
あえて『偽りの』という言葉を強調するこの男に、異常な程の苛立ちを覚えた。
何も知らないのに僕と兄さんの関係を偽りなどと……。
ギュッと拳を握り締め、男を睨みつける。
「訂正しろ。僕と兄さんの関係は偽りなんかじゃない」
「訂正する必要はない。事実だからな」
「そんなハズは……」
ない。
と、言い切れない。
元々僕にも僕自身が何者なのか、ハッキリとわかっている訳ではない。
「僕は……」
兄さんの弟だ。
そうに決まっている。
僕が何者だろうと、少なくとも『今の』僕は兄さんの―――神宮羅生の弟だ。
が、ハッキリと口にすることが出来ない。
それは僕にも自信がないからだ。
心のどこかで、僕は――――――
僕は兄さんの弟じゃないかも知れないと思っている。
「……ん?」
不意に電話がけたたましく鳴り響く。
「母さん……?」
表示されている電話番号は見慣れた実家の電話番号。
「……もしもし?」
ガチャリと。
受話器を取り、耳に当てる。
『もしもし?羅生?』
母さんの声だ。
が、いつも陽気なハズの母さんの声は―――
やけにしんみりとしていた。
続