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ぐらとぐら  作者: シクル
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第40話「それぞれの修羅場」

何とかギリギリで間に合った。

宮本によると十五分という見積もりは適当らしく、それより早いことも遅いこともあるらしい。

服がそのままで元に戻ったため、ヘタすれば女装した姿を誰かに見られるかもしれなかったのだ。

幸い、誰にも見られることなく化学準備室に辿り着くことが出来た。

宮本には爆笑されたが……。

着替える時間が少しかかり、結局授業は遅れてしまった。

授業後、羅門に質問攻めにされたが適当に答えておいた。

詩織に特に変化はなく、五、六時限目は今まで通りに終わった。

HRの時間には何事もなかったかのように宮本が現れた。

時折こちらをチラリと見て意味あり気に笑って見せていたがとりあえず無視しておいた。

「……」

HRが終わり、机の中を整理していると、くしゃくしゃになったメモ用紙が出て来た。

何の変哲もないメモ用紙のようだが、こんなものを入れた覚えはない。

裏返して見ると、そちらが表だったらしく、えらく丁寧な字で何か書いてある。

「放課後、屋上で…?」

周りに聞こえぬよう、小声で内容を読み上げる。

放課後……ということは今か。

とりあえずメモ用紙をポケットに突っ込み、屋上へ向かった。



「……あれ?クルクルお嬢様は?」

突然の羅門の問いに、霧は少し動揺を見せてしまうが、すぐに冷静に答える。

「お嬢様は今急用で…」

今どこにいるかを明確に答えるのはまずい。

霧は適当な嘘で誤魔化した。

「その急用に、行かなくて良いの?」

「え、ええ……。お嬢様だけが呼ばれておりますので」

中々鋭い。

「ふーん。そうなんだー。そういえば兄さんどこ行ったんだろ?先帰ったのかな」

そんなことを呟きながら羅門は教室の外へ走り去った。

霧は「ふぅ」と安堵の溜息を吐く。

良かった。

バレなくて。

「頑張ってください。お嬢様……!」



屋上で待っているのは誰なんだろう。

そんなことを考えながら、階段を上る。

詩織かとも思ったが、あのメモ用紙は朝から入っていたようだ。

その時点で詩織はあり得なさそうだ。

それに、詩織は俺より来るの遅いしな。

俺より早く登校する生徒から割り出そうかとも思ったが、わりと多く、他のクラスとも考えられるため、キリがないのでやめた。

結局は行くまでわからないということだ。

階段を上り切り、やや緊張した面持ちで扉を開けた。

ビュゥッと。

心地よい風が頬を撫でる。

「……お前」

「あら、やっと来たようですわね」

鳳凰院涼香。

屋上で俺を待っていたのは彼女だった。

「何をしていますの?早くこっちへいらっしゃいな」

驚きで言葉が出ない。

無意識の内に動きを止めていた身体を動かし、彼女の元へ近寄る。

言動からして、呼び出したのは彼女だ。

「貴方、志村詩織と仲直りは出来ましたの?」

少し意外な質問に、俺は少し戸惑ったが、すぐに「まだだ」と答えた。

「彼女、貴方のこと嫌いなんじゃないんですの?」

「な……ッ!」

そんなハズはない。

そうだ。

今日の昼休憩に本音を聞いたじゃないか。

「何でそんなこと言うんだよ……?」

「祭り以来、話をしていませんわよね?それは彼女からの完全な拒絶なのでは?」

何を言い出すんだコイツは。

わざわざ呼び出してそんな嫌味を言いたかったのか。

「わざわざそんなこと言うために俺を呼び出したのかよ……!?」

無意識の内に怒気がこもる。

「え、いえ…。そうではなくて……」

俺の言葉から怒気を感じ取ったのか、涼香が戸惑う。

「べ、別に貴方を怒らせようとしている訳ではありませんのよ?」

あたふたしながら言うところを見ると、嘘ではなさそうだ。

「その……仲直り出来ないのなら……出来ないのなら……」

同じ言葉を繰り返し、涼香は口籠った。



「アンタ、本当にこのままで良いの?」

「え、何が……?」

あたしが部活に行こうと教室を出た時、後ろからりえりえの声がした。

「何がって……わかってるでしょ?」

りえりえの言う通りだ。

りえりえがあたしに何を言いたいのか、あたしはちゃんとわかってる。

「この気まずい状態のまま、この問題を放置しておくつもりなの?」

「それは……」

返す言葉がなくて、あたしは口籠る。

「アイツ、屋上へ行ったよ。変なメモ用紙持ってね。誰か告るんじゃないの…?」

「え……」

グイッと。

後ろからりえりえがあたしの身体をりえりえの方へ向ける。

「いい加減しゃきっとしろぉっ!!」

りえりえの声が、人の少なくなった教室に響き渡る。

何人かの生徒があたし達の方を見ている。

「このままで良いわけないでしょうがっ!!詩織!アンタいつまで自分に嘘吐く気なの!?いつまで意地張るつもりなの!?私は揉め事を見るのは好きだよ!?だけどうじうじしてるアンタを見るのは好きじゃないっ!」

勢いよくりえりえがあたしの肩を掴んだ。

「好きなんでしょ!?誰かと一緒にいたらどうしようもなくムカつくくらい好きなんでしょっ!?」

りえりえの剣幕に圧倒されながらも、あたしはコクリと頷いた。

「だったら行きなさい!誰かに取られる前にっ!」

「りえりえ……」

「……早く」

りえりえはそっとあたしの肩から手を放し、教室の外を指差した。

「早く行って」

あたしはコクリと頷き、りえりえに背を向けた。

「りえりえ」

「……何?」

「ありがとう」

あたしはそれだけ言い残すと、屋上に向かって全速力で走った。



しばしの沈黙。

涼香が黙ってしまい、話が進まない。

「鳳凰院?」

俺が名前を呼ぶと、うつむいてしまった。

「神宮……羅生?」

「ん?」

「か、仮にですわよ…?仮に、私が……」

涼香が勢いよく顔を上げる。

その顔は、極度の緊張で真っ赤になっているように見えた。

「私がっ…!貴方をす、好きと言ったら……ど、どどどど……どうするつもりですの!?」

「え、いや……今なんて……?」

彼女の言葉がにわかには信じられなくて、聞き返す。

「な、何度も言わせないで下さいましっ!!この私がっ!しがない凡人の貴方を好きだと言ってますのよ!?」

かなり上から目線で逆ギレされても困る。

が、事が事だ。

俺が返答に困り、何と答えようかと考えている時だった。

「ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!」

バタン!と。

ドアが勢いよく開く音がした。

「お、お前……」

「あたし、参上!!」

何タロスだお前は。

ツッコミを入れたかったが状況が状況なので入れないでおく。

「な…!?志村詩織!?」

そう。

この凄まじい状況で屋上に現れたのは、紛れもなく彼女、志村詩織であった。

詩織はゆっくりと俺達の元へ歩み寄る。

「詩織……」

俺が名前を呼ぶと、詩織はまだやりづらそうな顔をしていた。

「鳳凰院……!アンタ人の彼氏に何告ってんのよ!」

「あら?まだ彼女のつもりでしたの?」

フフンと涼香が詩織を鼻で笑う。

「勿論よ。アンタなんかに取られるかと思ったら、意地なんか張ってられないわ」

前回(第35話参照)とは違い、詩織は落ち着いているらしい。

涼香の挑発に乗ったりはしないようだ。

「白黒付ける必要があるみたいですわね……」

「そうね……」

詩織と涼香、互いが火花を散らすかのごとく睨み合う。

正直怖いし帰りたいのだが、発端が俺なので帰る訳にもいかない。

それにこれは、ハッキリしない俺が招いた事件だ。

やはりケリを付けるべきだろう。

「羅生、選んで」

ぴしゃりと。

涼香の隣に並んだ詩織が俺に言い放った。

「そうですわね…。本人に聞くのが一番ですわ。この性悪女と私のどちらが良いか」

スッと。

涼香は俺に向かって手を差し出す。

詩織も涼香を一瞥すると、俺に向かって手を差し出した。

言葉がなくてもわかった。

どちらか、選んだ方の手を取れと言うことだろう。

「…………」

沈黙。

二人とも目を閉じ、俺の手を待っている。

「答えは……決まっている」

無意識の内に口にした。

そうだ。

最初から決まっている。

迷う理由はない。

「ごめん」

そっと。

俺は彼女の手を取る。

「羅生……」

詩織がゆっくりと目を開ける。

詩織は、俺の手が自分の手が触れ合っているのを確認すると、嬉しそうに笑った。

久しぶりに「神宮羅生」として見る、彼女の笑顔だった。

「……っ」

と、同時に隣で涼香が震え始めるのがわかった。

「まあ、わかっていたこと……ですわ」

辛い思いを振りきるかのように涼香は空を見上げた。

声が震えている。

「志村さん、せいぜいお幸せに」

震えた、今にも泣き出しそうな声で、彼女は精一杯強がった。

「邪魔者の私はココから消えるとしますわ」

そう言い放ち、涼香は屋上から走り去った。

引き止めることは出来なかった。

引き止めればもっと傷つけることを、俺はわかっていたから。



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