第35話「君がいた夏は遠い夢の中Part4」
「し、詩織ちゃん……。ホントに事故みたいだし許してあげたら……」
詩織の隣で頭部に風船を付けた木下が恐る恐る詩織に声をかける。
が、詩織はギロリと木下を睨んだだけで、意見を聞き入れようとはしなかった。
それもそのハズ。
今の詩織から発せられるオーラはかの有馬竜次郎にも匹敵するかもしれない程である。
いつも通りの詩織のハズが、俺には鬼に見えた。
俺は正座の状態で詩織を見上げていた。
「羅生、何をしていたのか正直に言ってごらん?」
「その、福井から鳳凰院を守ろうとして、咄嗟にだな……」
「嘘は良くないわ」
グッと。
顔を俺に近付けて笑顔で詩織が言う。
目が笑ってませんって。
「情けないですわね」
ボソリと。
隣で涼香が呟く。
一瞬俺に向けられた言葉かと思ったが、涼香の目は詩織を真っ直ぐに見ていた。
詩織も、自分に対する言葉だったことに気づいたのか、ギロリと涼香を睨みつけた。
「あんな事故で彼氏を疑うなんて……貴女が神宮羅生を信用出来ていない証拠ですわ。その程度の関係でしたの?」
ニヤリと。
涼香が詩織を嘲るように笑った。
「いらないのなら私がもらって差し上げてよ?」
「んなッ!?」
思いもよらぬ涼香の言葉に、ついつい驚愕の声を上げてしまう。
「鳳凰院さん……。お嬢様だかなんだか知らないけど、あたし達の問題に口を出さないでくれるかしら?」
詩織の声に、先程以上の怒りを感じた。
間違いなく彼女の怒りのボルテージは上がってきている。
「あら、私の問題でもありますわ」
対する涼香は余裕の表情だ。
「お嬢様……。流石にこれ以上事を荒立てるのはまずいのでは…」
「お黙りなさい霧。正論だけどお黙りなさい」
あれ、その台詞どこかで聞いたことあるぞ。
「とにかく、先程のアレは事故ですわ。これ以上彼を責めるのはやめるべきではなくて?」
涼香の言葉に、詩織は口籠る。
どうやら詩織自身も涼香の方が正論なのはわかっているらしい。
だが引くに引けない。
そんな所だろう。
「詩織、俺も悪かったからさ……機嫌なおして―――」
俺が言いかけた瞬間であった。
パァンッ!!
今までに何度も聞いた破裂音とともに、俺の目の前で木下の風船が爆ぜた。
「え……」
「優っ!」
木下の風船を割ったのはロボ子であった。
「隙だらけでしたので、申し訳ありません」
ロボ子の隣では田原が嬉しそうにはしゃいでいる。
「ロボ子!後は神宮君達だけだよ!」
「……え?」
俺が慌てて辺りを見回すと、既にブルーシートの上には俺と涼香、詩織と木下、そして田原とロボ子だけになっていた。
どうやら敗退した参加者は既にブルーシートの外で見物中らしい。
ということは。
この情けない姿を敗退者の皆さん全員が見物していたという訳だ。
「鳳凰院!」
俺はすぐに隣の涼香の風船を確認し、割れてないことを確かめて安堵するとすぐに立ち上がろうとした。
「……ぐッ!」
足が、痺れた。
正座が原因だろう。
「何をやっていますの!?」
「わ、悪い!」
何とか立ち上がろうとするが、中々立ち上がれない。
「ごめん、神宮君。ロボ子を防水加工して一緒に温泉に行くんだ…。ペアチケット一枚ずつだから片方あげるね?」
と、田原の優しい言葉が聞こえると同時に―――
パァンッ!
涼香の風船が割れた。
結局田原とロボ子の優勝。
別に温泉に行きたかった訳でもないが、なんとなく悔しい。
ちなみに使い道のないペアチケットを一枚、田原からもらった。
準優勝おめでとう、とのこと。
詩織と行きたかったのだが、なんだかんだで謝りそびれているので誘いにくい。
「……はぁ」
羅門と共に帰りながら、俺はチケットを見て溜息を吐いた。
「やったね兄さん!兄弟の絆が深まるよ!」
どうやらコイツは俺と二人で行く気になっているらしく、チケットを見て微笑んだ。
悪いがお前と行く気はない……と言いかけたのだが他に誘うような奴もいない。
誘ってやろうと思った時だった。
「兄さん、僕ね……。兄さんとなら、良いよ?」
何が良いんだ何が。
とりあえず危険な香りがしたので羅門は誘わないことにした。
「……お前とは行かねーよ」
「えー。兄さんのばーか。うんこたれー。うんこたれ蔵ー!」
誰がうんこたれ蔵だ誰が。
どっかの馬みたいな呼び名で罵倒すんな。
「……ふぅ」
涼香は霧と歩きながら溜息を吐いた。
車を呼べばすぐ帰れたのだが、今日は歩いて帰りたい気分だった。
「疲れたのですか?やっぱり車を呼んだ方が…」
「構いませんわ」
さっきの溜息は、疲れだけから出たものではない。
「私も、もう少し早く気づいていれば違ったかも知れませんわね」
「何にですか?」
涼香は、霧の問いにはあえて答えなかった。
まだ誰にも言わないでおこう。
きっとこれは自分の思いだけで終わるのだろうけど。
けれど。
いつか霧には話そう。
続