第34話「君がいた夏は遠い夢の中Part3」
ゲーム開始が宣言されるとほぼ同時に、神社にいた大量の参加者がほぼ同時に動き始めた。
その光景は最早乱闘状態。
既に各地で風船の割れる音が聞こえる。
「……どうする?」
こんな乱闘騒ぎに巻き込み、涼香に怪我でもさせてしまえば後々大事になるだろう。
俺としては参加は避けたかった。
「適当に風船割って退場しとくか?」
俺が涼香に問うと、不意に脛の辺りを涼香に蹴られる。
「痛……ッ!」
「何を腑抜けたことを言ってますの!?この腑抜けがッッッ」
二回も腑抜けって言うな。
それに最後の方口調変わってんぞ。
「参加したからには勝ちに行きますわ。戦わずして逃げるなど末代までの恥ですわ!」
「……しょうがないか…」
俺は溜息を吐きつつもこの乱闘騒ぎに参加することを決めた。
だが流石にいきなりあの人込みの中に突っ込む気にはならない。
どうしようかと俺が思索している時だった。
「キャオラッ!」
妙な掛け声と共に、涼香の頭の風船目掛けて何者かが蹴りを入れようとする。
すぐさま俺は涼香の前に立ち、蹴りを右腕で受けた。
「お前……」
「ぐら君……この間の決着付けようよ…!!」
有馬真紀であった。
彼女は後ろに軽く跳び、俺と距離を取る。
「も、申し訳ありませんお嬢様!!」
組んでいるのは霧らしく、申し訳なさそうな表情で涼香に謝っている。
「構いませんわ」
まるで守られたのが当たり前だとでも言わんばかりのすました表情で涼香は答える。
「じゃあぐら君。続けようか」
スッと。
真紀が身構える。
続いて俺も身構える。
いきなりハードな戦いになりそうだ…。
そう思った矢先であった。
ポン…
不意に、俺と真紀の肩に何者かの手が置かれた。
「……ッッッ」
「…ッ…ッッ」
俺も真紀も驚愕した表情のまま、手の主を見る。
「キミタチ…………ボーリョクはいけないなァ……………」
有馬竜次郎。
俺達の目の前にいたのは正に竜次郎であった。
真紀の父であり、白凪町内最強の生物と呼ばれた伝説の男。
このイベントにはどうやら参加していないらしく、その手に手錠は付いていなかった。
「竜次郎ォォォッ」
不意に老人の声が聞こえ、竜次郎を含む俺達はその声の主を見る。
「このイベントは村興しのための強行手段なんじゃッッ!壊さんでくれッッ!今日はだまって引き取ってくれ!!」
どうやら町長らしい。
哀願する老人にを見ると、竜次郎はペコリと頭を下げた。
「娘の活躍を見にきただけですよ。壊すだなんてそんなことしませんよ」
「あ、そうなの」
その言葉に安心したのか、町長も安堵の溜息を吐く。
「じゃ、あっちでゆっくり見物と行きますかの」
「そうですね」
微妙に打ち解けたのか、二人は並んでブルーシートの外へ歩いて行った。
本当に見物に来ただけのようだ…。
なんというか、白凪町最強の生物とはあまり思えない。
どさくさに紛れて逃げようとも思ったのだが、真紀の視線は俺を捕えて離れようとしない。
どうしても俺と戦う気らしい。
仕方なく「しょうがない」と呟きながらも俺は改めて身構える。
その時だった。
パンッ!
俺の目の前で風船が派手に弾けた。
「な……ッ!?」
弾けたのは霧の風船であった。
つまりこの時点で霧と真紀は敗北ということになる。
「ゆ、油断しました……」
霧の背後にいたのは岸田であった。
「空気……ッ!」
岸田の頭部には風船がついており、手首には手錠も付いていた。
そしてその手錠の先にいたのは意外にもあの福井であった。
若干不満気には見えるが、焼肉の時程拒絶してはいなさそうだ。(第17話参照)
「これほどまでに空気だと近づいたことさえわかるまいッ!!」
どうやら出番がなかったことを根に持っているらしい。
まあ今の台詞が焼肉以来のまともな台詞だしな…。
「……隙だらけ」
ビュッ!!
不意に、岸田の隣にいた福井の手が涼香の頭部へと伸びる。
「危ねえッ!」
咄嗟に俺は涼香を抱き寄せ、福井の手から風船と涼香を守る。
「…ふぅ」
涼香を守れたことに安堵の溜息を吐く。
「って、何をやっていますの神宮羅生!!」
「え、ああ。すまん」
顔を真っ赤にして言う涼香をすぐに自分の身体から離す。
が、既に遅かった。
パァンッ!!
目の前で岸田の風船が派手に爆ぜる。
どうやら握り潰されたようだ。
岸田の頭の上で拳が握られている。
「羅生……」
岸田の背後で、普段の彼女からは想像も出来ないような冷たい声。
彼女の存在自体が冷気を放っているかのようにも感じた。
ココで。
ココでやっと俺は自分が本日最大のミスを犯したことに気づく。
目の前で福井が「計画通り!」とニヤニヤしている。
ホントに福井の計画通りだったかはわからないが、福井からすれば非常に面白い状況になったことだろう。
寒気がする。
今から自分は死ぬんじゃないかなんて考えてしまう程に、今の自分は恐怖していた。
「何をやっているのかしら……?」
「いや、これはその……事故だ…」
我ながら在り来たりな言い訳だと思う。
だがそれが真実だ。
彼女は岸田を強引にどけ、こちらにゆっくりと近づく。
「そう、事故なのね。それなら構わないわ」
ニコリと笑う。
が、目が笑っていない。
彼女は、志村詩織は―――
ありったけの怒りをこの俺にぶつけていた。
「そ、そうだよな。仕方ないもんな」
なんとか怒りを緩和させようと必死に作り笑いする。
意味がないのは百も承知だ。
「そうよね。事故だもんね」
「は、ははは…」
「…フ」
「フフフ……」
俺につられたのか詩織も笑い始める。
無論、目は笑っていない。
「ははははは!」
「あはははははは!」
神社に二人の笑い声が響く。
――――刹那。
「何が可笑しい!!」
突如として詩織の表情が一変する。
凄まじい形相だった。
「ごめんなさい」
反射的に謝ってしまう。
「じゃあ何をしてたか言って見てくれるかしら?」
再び、詩織に偽りの笑顔が戻った。
「その、鳳凰院を助けようとしてだな……」
「嘘だッ!!」
ビクリと。
詩織の怒声に俺の肩が動く。
ああ、これは完全に死亡フラグだ。
続