第31話「恋せよ乙女Part4」
「まだかなぁ……」
駅のベンチに腰掛け、あたしは一人呟いた。
右腕の腕時計をチラリと見る。
十二時四十五分。
予定より十五分も早く着いてしまった。
暇そうに待ち続けるあたしの前を、何人もの人達が通り過ぎていく。
ある人は誰かと話しながら。
ある人は腕時計を見ながら足早に。
見ていても別に面白くもなんともない。
いつから鳴いているのかわからないが、蝉の声がやたらと耳に響いた。
気が付けばもう夏だ。
ついこの間まで梅雨だったのに、いつの間にか期末試験も終わり、夏が始まっていた。
そういえばここしばらく暑くて長袖なんか着ていない。
今日だって少し蒸し暑かった。
暑いのに長いスカートは無謀だったかな?などと考えながら足元を見る。
あたしは足元からすぐに目を離し、腕時計に目を向けた。
十二時四十七分。
二分しか経っていない。
後十三分もある……。
「あの、すいません。ちょっとアンケートに付き合ってもらえますか?」
不意に声が聞こえ、あたしは顔を上げる。
スーツを着た男が、何やら紙を大量に持ってあたしの前に立っていた。
「いや、今人を待ってて……」
「そんなこと言わずに、ちょっとだけ、ね?」
しつこそうだ。
男の口調からして、何度もしつこく食い下がってきそうだ。
「もうすぐ来るんで……」
「五分もかからないからさぁ〜。良いでしょちょっとくらい」
鬱陶しい。
「ちょっとアンタいい加減に……」
あたしが声を荒げようとした時だった。
ポンと。
男の肩に手が置かれる。
「何やってんだよ?」
「何だ君は?今僕は彼女にアンケートに答えてもらおうとだな……」
男が振り返ると、そこには羅生がいた。
「羅生!」
「悪い、待たせたか?」
結構待ってたんだけど、あたしが来るのが早過ぎたせいだし、あたしは首を横に振った。
「なら良かった」
そう言って羅生は微笑んだ。
「おい、お前ら……!僕を無視するんじゃない!!」
突然、男が声を荒げる。
「うるせえな。俺も詩織もお前に用はねえよ」
ギロリと。
羅生は男を睨みつけた。
その時の羅生の顔を見た時、あたしは少しだけ恐怖を感じた。
噂で聞いた羅生の過去。
彼が町で一番強い不良だったこと。
噂程度に思ってたけど、あたしは今その噂が真実だったことを確信した。
怖くはあったけど、それは今の羅生じゃない。
大事なのは、あたしが意識してるのは、今の羅生。
「羅生門の鬼」と呼ばれた昔の羅生じゃなくて、神宮羅生。
「ひぃ……」
男は小さく悲鳴を上げると、一目散にその場から走り去った。
「大丈夫か?」
「今のあたしが無事じゃなく見える?」
あまりに羅生が得意気に尋ねるので、ついつい皮肉っぽく笑いながら答えてしまう。
「だよな」
そう言って羅生は微笑んだ。
「どこへ行くんだ?町外か?」
「ううん。駅を選んだのはわかりやすいから。あたしが行きたいところは町内で十分よ」
「てっきり町外まで行くかと思ったぜ…」
「それでも良かったけどね」
まあそれだと時間がかかるから待ち合わせは午前中になってたんだけど…。
とりあえず最初はCD店から行くことにした。
そのことを伝えると、羅生は「奇遇だな。俺も行きたかった」と言って微笑んだ。
駅からCD店まではそう遠くないので、五分もしない内に到着した。
到着するまでの間に色々と話をした。
なんだか自分が羅生を独占しているようで嬉しかった。
誰にも邪魔されない。
今自分だけが神宮羅生を独占している。
独占欲が満たされたような感覚。
嬉しさと同時にほんの少しだけ後ろめたさも感じた。
CD店に入ると、涼しい空気が剥き出しの両腕を刺激した。
冷たく、気持ちが良い。
やっぱり夏だなって思った。
クーラーがすごく効いた店内に、夏を感じた。
店の中には、当たり前だがあたし達以外にも客はいた。
「お」
不意に羅生が短く声を上げ、新曲のコーナーまで早歩きで向かう。
「どうしたの?」
あたしが後ろから声をかけると、羅生は一枚のCDを手に取り、あたしに見せた。
「これこれ!これが出てるか確認しに来たかったんだよ」
あたしの知らないアーティストのCDを嬉しそうに羅生が見ている。
「……」
何だか悔しい。
さっきも思ったけどあたしの知らないアーティストだ。
別に興味があったわけではないが、不意にそのCDを手に取りたい衝動に駆られる。
あたしはCDを一枚、羅生が手に取ったCDの山の隣の山から手に取る。
「あたしも買う」
「お前も好きなのか?」
「そういう訳じゃないんだけど…」
羅生と一緒が良い。
……なんてことは言えない。
「アンタがそんなに嬉しそうなんだもん。良い曲なんでしょ?」
あたしが問うと、羅生はニッと笑った。
「おう。オススメだ」
あたし達は二人揃って同じCDを購入した。
同じ物を同じ場所で一緒に買う……。
それだけなのになんだか嬉しい。
ほんのちょっとの共有が嬉しい。
CD店の後、あたし達は色々適当に回った後、最後に服屋に行くことにした。
羅生は別に服は今必要ないらしく、羅生はあたしと一緒に回った。
「んー……」
あたしは適当に見ながら軽く唸った。
特にピンと来るものがない。
「着てみたらどうだ?」
「うーん…。試着あんまり好きじゃないんだよね…。面倒だし、汚したら悪いし…」
言いつつ、辺りを見回す。
色々と並べてあるけど、どれもあたしの好みじゃない。
良さそうな服も高いものばかりだ。
が、ピタリと。
あたしの視線が止まった。
白い、フリフリした服。
明らかに「女の子」と言った様子の服だった。
一瞬コスプレ用の服かと目を疑う程だった。
値段も手頃だ。
数秒見た後、あたしは目を離した。
似合わない。
「どうした?何か見つけたのか?」
「え?いや別に……」
少し曖昧に返事をすると、もう一度チラリとあの服を見た。
「ん?あれか?」
しまった。
これではまるで羅生に意見を求めているかのようではないか。
慌てて背を向け、その場を離れようとする。
「まあ待てよ」
が、羅生に呼び止められた。
「良いんじゃないか?あの服」
「服は良いけど…。あんなのあたしには合わないから……」
「何言ってんだよ。着て見れば良いじゃねーか」
あたしはクルリと振り返ると、羅生の目の前まで歩み寄る。
「こーんなキッツい目したあたしがあんな可愛いの似合う訳ないでしょ」
そう言って自分の目を両指で釣り上げる。
「そうか?俺はそうは思わないけどな」
そう言って羅生はクスリと笑った。
「着て見ろよ。絶対笑わねーから」
羅生に促され、結局あたしは試着することになった。
試着室の前では羅生が待っている。
「……はぁ。恥ずかしい…」
持ってきた服を見れば見る程恥ずかしい。
買った所で着るかどうかはすごく微妙だ。
さっさと着て、さっさと脱ごう。
そう考えあたしは急いで着替えた。
「う、うわぁ……」
着替え終わり、鏡で見てみると、想像以上に恥ずかしい。
確かにこんな格好の人はよく見るけど、自分が着るとなるとなんだか恥ずかしい。
早く終わらせよう。
あたしは意を決して試着室を出た。
「ど、どう……?」
恐る恐る羅生に問う。
似合ってない。
絶対似合ってない。
きっと羅生は嘘でも似合ってるよって言ってくれる。
でも絶対似合ってない。
羅生はしばらくあたしを見た後、プイっとそっぽを向いた。
「い、良いんじゃねえか……」
頬を赤らめて呟く羅生は、あたしの想像とは違った反応だった。
これって……。
「買った方が……良いかな?」
あたしが問うと、羅生は「ああ」と短く答えた。
結局購入。
あたしは増えた荷物を嬉しげに抱え、羅生の隣を歩いた。
羅生は「持とうか?」と気遣ってくれたが、買い物に付き合わせたのはあたしだし、「大丈夫だから」と笑顔で答えた。
そんなこんなで時間が過ぎ、適当なファーストフード店で食事を取って、あたし達は帰路に着くことにした。
帰り道は途中まで一緒なので、そのまま並んで帰った。
しばらく話しながら歩くと曲がり角に着いた。
あたしの家はその曲った先にある。
あたしが曲ろうとすると、羅生は「俺、こっちだから」と真っ直ぐ先を指差す。
「待って!」
このままじゃ、羅生はそのまま帰ってしまう。
それじゃダメだ。
折角今日という日を過ごせたんだ。
このタイミングを、このチャンスを、逃す訳にはいかない。
あたしの気持ちはもう確認出来た。
羅生と過ごしている間に嫌と言う程確認出来た。
あたしは羅生が好きなんだ。
好きだからこうして一緒にいたかった。
好きだからこうして話していたかった。
好きだからあの時、「良いんじゃねえか」と言われて嬉しかった。
だから。
だから――――
「どうした?」
あたしの方を振り返る羅生。
「その、今日、楽しかった……」
違う。
そんなのじゃない。
伝えたいのはそんなのじゃない。
「ああ、俺も楽しかった」
うつむいているあたしに、羅生は優しく答える。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
一番伝えたかったことを今言わなきゃ……
「それでさ、言いたいことがあるんだけど……」
何をもたもたしているんだあたしは。
早く言え。
早く言ってスッキリしてしまえ!
「あ、あたしは……」
スッと。
うつむいていた頭を上げ、羅生を真っ直ぐに見る。
「アンタが………好き。だから、付き合って!!」
言った。
ついに言った。
羅生は呆けた顔であたしを見ている。
「ま、まあ冗談だけどね…!は、ははは……」
「じゃ、じゃあねあたし、もう帰るから……」
間が耐えれなくて。
あたしはついつい、照れ隠しに思ってもいないことを口にして背を向ける。
逃げるの?
ココから。
羅生から。
「待てよ」
背後からの声に、ピタリと足を止める。
「悪く……ないと思うぜ…」
「それって…どういう…?」
背を向けたまま、あたしは問う。
「お前と付き合うのも……悪くない。だからさ…」
一瞬間を開けて、羅生は言った。
「付き合おうぜ?」
その瞬間、あたしは言いようのない幸福感に包まれた。
続