第28話「恋せよ乙女Part1」
「………十回目」
「えっ?何が?」
背後からの思いもよらない言葉に、あたしは思わず手に持っていたシャープペンシルを落としてしまった。
慌てて拾うあたしの後ろから小さな声が聞こえる。
「……神宮羅生をチラ見した回数」
「………そんなに見てる?」
シャープペンシルを拾い、椅子に座って後ろを向く。
今は授業中なんだけど、先生が甘い人なのでそのまま話すことにする。
他のみんなも喋ってるしね。
「……うん。見てる」
福井理恵、通称(といっても呼んでいるのはあたしくらいだけど)りえりえがニヤリと笑った。
「いやぁ、外の景色見ようとしたらたまたま目線の先に羅生がいるのよ」
「……言い訳」
やはりりえりえにはお見通しらしい。
あたしは「あちゃ〜」などと呟きながら頭をポリポリとかいた。
「いつから数えてた?」
「四時限目が始まってから」
四時限目が始まってからのカウントと言うことは……
「今日一日でカウントすると?」
あたしの問いにりえりえは、「待っていました」と言わんばかりにニヤリと笑った。
「………四十三回」
うわぁ、ほぼ一時限ごとに十回のペース……。
でも二時限目は体育で男女別だったから簡単に計算しても、一時限に十四回は見ている計算になる。
「詩織、最近ずっとこんな感じ…」
やっぱりりえりえは鋭い。
こんな些細な変化に気づくとは思えなかった。
りえりえの言う通り、最近のあたしは何度も羅生をチラ見しているみたい。
多分、羅生の存在を意識し始めたのはあの事件から……。(第10〜14話参照)
何故だか知らないけど気がついたら羅生の方を見てしまう。
主に集中出来ない授業中に。
羅生の方を見たり、羅生のことを考えたり……
しばらくしてそれが恋だと気づいた。
高校入学以来無縁だったもので、この懐かしい?感覚にほんの少しだけ惑わされていたりもする。
でも漫画や本で見るような情熱的なものでもなさそうだ。
夜は眠れるし、授業中だって眠れる。
ご飯だって喉を通るし、むしろダイエット中だから通って欲しくないくらいだ。
でも意識しているのは確か。
前はどうでもよかったのに、今はしばらく会話していないことが心配なくらいだ。
キーンコーンカーンコーン
考え事をしている間にチャイムが鳴り響く。
「あっ」
少しだけ板書し損ねたことに気づいてあたしは短く声を上げると、急いで黒板に書いてあることをノートに書き写し始めた。
四時限目の授業が終わって、昼休憩の時間がやって来る。
あたしとりえりえと優はいつものように机をくっ付けて三人で弁当を食べる。
優は席が遠いから近くの席を借りてる。
いつも通りに授業のことや、昨日見たテレビ等について談笑する。
「…で、好きなの?」
ふと会話が途切れた瞬間、すかさずりえりえがあたしに問う。
何の脈略もなく言うので本気で戸惑う。
「え?何が?」
優も間の抜けた顔をしている。
まあ優はいつものことだけど……
「神宮羅生」
ああその話か。
と、ついついうなずく。
「って何さらっと言ってんのよ」
「……私と優しか聞いてない」
それもそうなんだけど……
りえりえは答えを期待しているように目を輝かせてあたしを見つめている。
優も状況を把握したのかしてないのかはわからないが、あたしの方をジッと見ている。
あたしは思う。
これは言うしかないなと。
「はいはい意識してます。どちらかと言うと好きです。何か質問ある?」
あたしの予想通り、りえりえはニタリと笑った。
知ってて聞きやがったなコイツ。
「えっ?誰が好きなの?」
やっぱりこの子は把握出来てなかったみたい。
優はあたしとりえりえを交互に見る。
「詩織はー!」
「わー!!バカバカ!!黙れっ!!」
柄にもなく大声を上げようとするりえりえの口を押さえ、必死に黙らせる。
「……むぐむぐ」
口を押さえられ、まともに発声出来ていない。
流石に苦しそうなのであたしは手を放してあげた。
「………苦しかった」
「いやいや、今のはりえりえが悪いでしょ」
「で、何が何なの?」
まだわかっていない優を見てあたしは溜息を吐く。
「……詩織がね、神宮羅生が好きだって」
「……え?」
ピタリと。
おかずを口に運んでいた優の箸が動きを止める。
「三角関係…?」
「誰と?」
「羅門君と」
優の口から出た名前はあろうことか羅生の弟、神宮羅門の名前だった。
「いや、一理あるけど……」
「……あっちゃダメでしょ」
珍しくりえりえがツッコミを入れる。
「そっかぁ。羅生君が好きなんだー」
それまでの話をさらっと流し、優はニヤニヤしながら話を戻す。
なんだかその顔がムカつく。
「ひゅーひゅー!げげげのげー!」
ごめん、意味わかんない。
優のよくわからない言葉に、あたしはツッコミを入れる気になれず、「ふぅ」と溜息を吐き、ペットボトルのお茶を口に含む。
「……そんなことより詩織、いつ告るの?」
「ぶっ」
突然の言葉に、あたしは飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
慌てて口を押さえ、ポケットからハンカチを取り出す。
「ちょ、話が早過ぎるでしょ!?」
口の中のお茶を飲みほしてからあたしが言うと、やはりりえりえはニヤリと笑うのだった。
今日のみんなはニヤニヤし過ぎなんじゃないかとあたしは思った。
「1、意識する。2、告白する。3、付き合う。4、結婚……がセオリー」
「りえりえ、意識した後は好きになるのが先です。すぐ告白ってどう考えてもおかしいでしょ」
「じゃあ好きになれ。このビッチが」
「誰がビッチですか誰が」
あたしは軽くりえりえを小突く。
「……任せて」
小突かれた頭をさすりながら言うりえりえに、あたしは「何を?」と問う。
「……この恋愛、私が大成功させてあげる」
ニヤリと笑うりえりえに、あたしは一抹の不安を覚えた。
それにまだ恋愛じゃないってば。
続