第22話「メモリーオブロボPart1」
しとしとと。
灰色の空から降り注ぐ雨は、彼の心境を表しているかのようだった。
教科書や机に書きなぐられた「死ね」「学校来るな」等の様々な罵倒語。
頭の中で思い出す度に陰鬱な気分になる。
もうやめたい。
学校なんてやめてしまいたい。
義務教育でさえなければ学校になんて行きたくない。
パシャパシャと小さな水溜まりを踏みながら歩く。
靴や靴下が徐々に濡れていく。
家に着くまでにはもう少しかかる。
そんな些細なことでさえ今の彼の心には負担であった。
「……」
ふと横を見る。
少し不思議な光景に、彼は目を疑った。
人だ。
人が電柱の側でうつ伏せに倒れている。
恐る恐る近寄る。
何故か裸で倒れているその人は、女性だった。
彼は自分の鼓動が高まるのを感じながらも、彼女の身体に触れた。
「…冷たい」
驚く程に。
信じられない程に彼女の身体は冷たかった。
まるで冷えた金属のように…。
彼は恐る恐る彼女の身体を仰向けにひっくり返した。
「……ッ!?」
片目がない。
正確には抉れている。
しかし流れているのは血ではなく…電流。
抉れた先にあったのは肉でも骨でもなく、コードや複雑な機械。
つまり彼女は…
「ロボット……?」
彼は驚愕しながらも、彼女を抱き上げた。
俺はふと窓の外を見て、また嫌な季節が来たなぁと心底感じた。
暗い。
窓の外で降り注ぐ雨。
じとじとじめじめ…いらいらする季節だ。
「どうしたの兄さん?」
席替えをしたので後ろにはいなかった羅門が俺の傍に来る。
「ああ、また嫌な季節が来たなぁって思ってただけだ」
「兄さん雨嫌いだっけ?」
「ああ」
「えー。こないだ新しい傘がさせるって喜んでたじゃん」
小学校低学年か俺は。
「神宮君は、雨嫌い?」
「ん?」
ふと声がしたので背後を見る。
そこにいたのは長い前髪を前に垂らした暗い印象を受ける少年だった。
人の名前を覚えるのが苦手な俺は未だにクラスメートの名前を覚えきれていない。
特に彼のような印象の薄い生徒など顔すら覚えていない。
「田原陽一。科学研究部所属の少年で、特技はメカいじりと仙道。岩の上にカエルを乗せてメメタァするのが趣味」
べらべらと喋る羅門。
「なあ、後半おかしくなかったか?」
「え?カエルじゃなかったっけ?」
「いや、そこじゃなくて」
そんな俺達の妙なやりとりを見て、田原はクスリと笑った。
「僕は好きだな…」
田原は一瞬間を置いて、窓の外を見た。
「雨」
「何か良い思いでがあるのか?」
「カエルが沢山いるから沢山メメタァ出来るもんね」
すかさず答える羅門の頭を小突き、「黙っていろ」と罵倒する。
「うん、彼女に会ったのも雨の日だったから」
田原も羅門のことはスルーしたらしく、すぐに答える。
「へぇ、彼女がいるのか?」
ついつい意外そうに尋ねてしまう。
「カエルは恋人!!」
引っ張り過ぎだぞ羅門。
「ううん、そういう意味じゃないよ。でも、それくらい大切な存在」
その人のことを思い出しているのか、田原の顔が幸せそうに見えた。
「そうだ。神宮君達、会ってみる?」
「誰に?カエル?」
いい加減しつこい羅門の頭を思い切り叩く。
「お前の言う彼女にか?」
俺が尋ねると田原はコクリとうなずいた。
「会ってみたいと言えば会ってみたいな…」
俺が呟くと、田原は微笑んだ。
「今度僕の家に招待するよ」
「そっか。サンキュー」
俺が笑いかけると、田原も屈託なく笑った。
その日も雨だった。
わざわざ選んだのか、それともたまたまなのか。
田原が俺達を招待した日は雨の日であった。
田原の家はわりと遠く、俺と羅門は傘をさしたままかなりの距離を歩くことになった。
「兄さーん」
「何だ?」
「遠いねー」
「そうだな」
「暇ー」
口を開けば暇だ暇だとうるさい奴だ。
「もの真似ゲームしよー」
「一人でやってろ」
「わかった」
俺が冷たく突き放すと、羅門は思いの外食い下がらずに答えた。
「じゃあ兄さんの真似やりまーす」
本人の目の前でもの真似とは良い度胸だ。
「た、玉ねぎっていいよね。特にあの曲線のラインがえっちで良いよね…。うへ、うへへ……」
………。
「以上!玉ねぎに欲情する兄さんのもの真似でしたー!」
とりあえずぶん殴った。
羅門を殴った回数が二十になろうとする頃に、俺達は田原家へ到着した。
インターホンを鳴らすと、すぐに田原が出てきた。
「さ、入ってよ」
学校でも見るよりも明るそうに見える。
俺達は田原に促され、玄関から中に入る。
「お邪魔しまーす」
「おじゃまままままま」
意味不明な羅門は放っておく。
親は仕事でいないらしい、中に入るとすぐに二階へ案内された。
「入って。中にいるから」
ガチャリと。
田原の部屋であろう部屋のドアを開く。
「いらっしゃいませ」
ペコリと頭を下げたのは、右目に包帯を巻いた美しい少女であった。
続