第10話「いじめ、かっこ悪いPart1」
空いている席がある。
さほど珍しいことではないのだが妙なのはその席に誰かが座っているのを見たことがないところだ。
出席を取る際も常に1人欠けている。
最初の数日は病欠だろうと思っていたがこの休み具合はおかしい。
入院なら教師にも話がいっているハズだ。
恐らく無断欠席だろう。
サボりかとも思った。
が、どうやらそれは違うようだった。
「ゴミも捨てたし、もう帰ろうよ兄さん」
などとふざけたことをのたまいながらノートをゴミ箱に投げ込む羅門の頭を軽く小突くと俺はゴミ箱からノートを回収した。
「せめて提出して返って来てから捨てろ」
「兄さん、この世にいらないものってなんだと思う?」
「なんだよ急に」
「僕はね……。嘘と、犯罪と、宿題だと思うんだ……!」
最初の二つは同意するが最後の一つはどうかと思うぞ。
「つまり、僕は宿題をしなくて良いんだよ!!」
「黙ってやれ」
今日中に提出しなければならない宿題を見事に放置していた羅門。
そのため、今日は宿題が提出し終わるまでは帰れない。
先に帰ろうとすれば「僕を見捨てるつもりなの!?」と羅門がしがみつくので仕方なく待ってやることにしいている。
教室には既に誰もおらず、俺と羅門だけである。
「兄さんしりとりしようよ」
無駄な時間を過ごそうとするな。
「じゃあ兄さん『し』からね」
し。
「宿題やれ」
れ。
「冷凍マグロ」
ろ。
「六時までには帰りたいんだ」
だ。
「抱き枕」
ら。
「羅門、いい加減にしろ」
ろ。
「ロード・オブ・ザ・リング」
ぐ。
「ぐずぐずするな」
「………楽しくないよ兄さん」
「だったらさっさとやれ」
あの手この手でサボろうとする羅門を何とか抑え、無事六時までには終わらせることが出来た。
担当の教員に渡すため、俺達はすぐに職員室へ向かった。
既に外は夕暮れ。
今日は特別夕焼けがキレイに見えた。
「兄さんも行こうよ」
外で待っていようとした俺を引っ張り、羅門は強引に職員室内に連れ込もうとする。
面倒なので俺は仕方なく応じ、職員室へ入った。
その時だった。
バン!
机を勢いよく叩く音がする。
「お、落ち着いてくれ志村……」
どうやらうちのクラスの担任のようだ。
俺と羅門はこっそりとその様子を覗くことにした。
「落ち付け!?アンタがしっかりしないからあの子はまだ来ないんでしょっ!!」
気の強そうな少女の声が職員室内に響く。
「そうですよ!先生!ちゃんとして下さい!」
続けてもう1人少女の声がする。
「………愚図」
その後ボソリと三人目の声がする。
もっとよく見ようと近づくと三人の少女がうちのクラスの担任の机を取り囲んでいた。
「志村、福井、大野、もう遅いから帰りなさい」
「帰りません!先生がちゃんと対策してくれるって約束するまで絶対帰りませんから!!」
確か彼女が志村だ。
腰まで伸びた長くしなやかな黒髪を振りながら怒っている。
横からでもわかるややつり気味の目を更につりあげ、担任を責め立てている。
相当怒ってるなこれ。
「わかった、約束する!約束するから!!」
担任も必死だ。
なんとか志村を抑えようとしている。
「………いつも有言不実行」
と、志村の隣で追い打ちをかけるように呟くのは福井。
去年同じクラスだったから知っている。
肩まで伸びた髪と、眠そうな顔。
基本的には寝ている姿しか見たことがない。
「そうですよ!先生そう言っていっつも何もしないじゃないですか!」
この子は……。
同じクラスになったことがないな…。
恐らく彼女が大野だ。
志村程ではないが長い髪を先っぽだけ結んでいる。
それにしても何が彼女達をこうまでさせるのだろう。
「…とにかく、明日までには何か考えておいて下さいね!」
そう言って志村はバン!ともう一度机を叩くと、職員室を後にした。
すれ違う際、小声で「何かあったのか?」と俺が尋ねると、彼女は俺を軽く睨みつけ、「アンタには関係ない」と冷たく言い放った。
「待ってよしおりん!」
続いて大野、福井と職員室から出て行った。
「……ふぅ」
彼女達がいなくなったことに安堵したのか担任は溜息を吐く。
ちなみに彼の名前は中山である。
「あのー中山先生ー」
恐る恐る羅門が呼ぶと、中山はニコリと微笑んだ。
「お、宿題が終わったのか?」
「あ、はい」
羅門は返事をすると宿題を中山へ差し出した。
「次回から提出期限を守れよ」
「はーい」
中山は羅門のノートに判子を押すと、羅門にノートを返した。
「先生、アイツら何かあったんですか?」
俺は志村達のことを聞いてみることにした。
「アイツら……ああ、志村さん達だね?」
中山の問いに俺はコクリと頷いた。
「うちのクラス、1人だけずっと来てないだろう?」
俺も前から気になっていた。
前からずっと1人だけ欠席なのだ。
「その子、彼女達の友人らしくてね……。こんなに長く無断欠席するのはおかしい、何かあるんじゃないか?いじめでもあったんじゃないか?何とかして下さい教師でしょう……ってこないだから何度も何度も…………」
ストレスにでもなっているのか中山は頭を抱えた。
「僕としても何とかしたいんだけど忙しい上に個人のデリケートな問題だからね……」
「志村達で家に行ったりすれば良いんじゃないですか?」
「僕もそう言ったんだ。するともう行ったって言うんだよ。親は出るけど肝心の子が出ないから話にならないって。電話でも同じ結果らしいよ。メールすら返って来ないらしい」
メールすら返って来ない……か。
「ちなみに、その子の名前は?」
「木下優」
木下……優……。
俺は中山から聞いた名前を頭の中で少しだけ繰り返しながら帰路に着いた。
続