第四話『いざ、航海の旅へ』
天狼と明香音という新たな旅の仲間を加えてから数日後。
ゼロ達一行は港町へと到着していた。
「うわぁ~…」
港町に到着した忍は目をキラキラさせていた。
異国の服を着た旅人や契約獣と思しき獣達。
異国から流通された珍しい物品の数々。
活気溢れる町の様子。
そのどれもが忍の興味を抱かせるには十分だった。
「興味を抱くのは良いが、今日は午前中に買い出しを終わらせて、夜に出航する船に乗らないとなんだからな?」
「はぁ~い…」
「まずは防寒着だな。皆の寸法を確かめて買わないとならないからな」
リテュア滞在中は必須になるだろうからな、とゼロは忍達を連れて港町を散策する。
散策してる間、微妙に視線を集めているが…おそらくは忍の顔に表れた契約紋のせいだろう。
が、ゼロは特に気にした様子もなく、歩き続けて…
「っと、ここがいいかな?」
そう言って立ち止まったのは、ちょっとだけお高めな感じのする仕立て屋だった。
「天狼は外で待っててね」
『御意』
そう答えて入り口近くの柱の前で寝そべる天狼だった。
「いらっしゃい。子連れかい?」
ゼロ達が入ると、恰幅の良い親父さんが出迎えてくれた。
「まぁ、見ての通りだ。ちょっとリテュアまで行くんでこいつらの寸法を測ってもらいたいんだよ。あ、別に作ってくれとは言わないぞ? 市販の物でサイズが合えば、それを見繕ってくれれば問題ない」
ゼロが親父さんに注文をしながら自分用の防寒着を探す。
「わかりました。ふむふむ、男の子と女の子ですか……それにしてもリテュアとはまた子供に厳しそうな環境の大陸に渡るんですな」
そう言いつつまずは忍の寸法を測り出す親父さん。
「ま、色々とあってな。他の大陸にも渡る予定ではあるが、まずはリテュア辺りに行ってみようかなってね」
「そうですかい。にしても、なんですか? この子の顔にある模様は?」
「契約紋だよ。困ったことに知らん内に契約されててな…」
「へぇ~、こんな小さいのに大したもんだ」
忍の顔の模様が契約紋だということに驚きながらも忍の寸法が測り終わると、今度は明香音の寸法を測る。
「ちなみにお子さん達はおいくつで?」
「どっちも9歳だよ。ま、男の方は早生まれだが…」
「え…?」
今のゼロの発言に明香音が忍の方を見る。
「なら成長具合も考えて少しだけ大きめにしときましょうかね?」
「そうだな……ん~、そうしとくか」
そんな明香音の反応など無視してゼロと親父さんは会話を続ける。
「それじゃあ、こちらとこちらで如何でしょう?」
寸法を測った後、忍と明香音に似合いそうな防寒着を親父さんが選んでくれた。
「ふむ。青と赤のコート状か…悪くないな」
「あとは…」
親父さんが他にも見繕うとしたら…
「いや、そのコートだけでいいよ」
ゼロは意外にもそんなことを言う。
「は? しかし、リテュアと言えば極寒で有名でしょう? 他にもあった方が都合がいいのでは?」
親父さんの言は正しく、コート類だけでは寒さを凌ぐには厳しいだろう。
「大丈夫だって。こう見えて俺ってば、魔法使いなんだぜ? 烈火系の補助魔法を使えばコート一枚でも十分なんだよ」
「ははぁ、なるほど。そうでしたか…」
ゼロの言葉を聞き、少し残念そうな表情をする親父さん。
「すまんね。良い客になれなくてよ」
「まぁ、コート類を買ってもらえるだけでも良しとしましょう」
だが、そこはすぐに切り替えたらしく、買ってもらえただけでも良しとするらしい。
「大人用一着に子供用二着だから、銀貨11枚になりますよ」
「銀貨11枚ね。あいよ」
親父さんに代金を支払い、コート類三着を受け取る。
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ちなみにこの世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種となっている。
金貨一枚で銀貨100枚相当、銀貨一枚で銅貨10枚相当となっている。
現実世界での日本円換算で言えば、銅貨一枚で100円、銀貨一枚で1000円、金貨一枚で10万円くらいの価値があると考えてくれればいい。
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「まいどあり~」
その声を背中に受け、ゼロ達は外に出る。
「ねぇ…」
明香音が忍に声を掛ける。
「なに?」
「早生まれなの?」
その問いに…
「ん~、そうなるかな?」
あっけらかんと答える。
「じゃあ、ちょっとだけ年上じゃないの!」
まぁ、これもある意味では当然の反応だろう。
「まぁまぁ、そう気にするな。一年を通してみれば、同じ年ではあるんだからよ」
と、ケラケラと笑うゼロがそんな風に言う。
「そんなの屁理屈じゃない!」
「ん~…そんなに気にすることかな?」
明香音の言葉に忍は首を傾げる。
「私みたいな年下にこんな風に言われて平気なの!?」
「僕は気にしないけど…」
器が大きいのか…はたまた天然な発言なのか…少し判断に困るところである。
「ともかく、次は食料だ。食料。出来るだけ保存食を中心に買い込むか。船ん中でも食事は出るし…向こうに着いた時のことを考えて買わないとな」
見てても良かったが、夜には出航する船に乗らなければならないので子供の言い合いを中断させて次の目的の場所へと歩き出す。
「あ、おじさん、待ってよ」
「もぉ~!」
『移動か』
そんなゼロを追いかけるように忍、明香音、天狼が続く。
………
……
…
そうこうして保存食を少し多めに買い込み、リテュア行きの船へと乗り込むことになったのだが…。
「はぁ…この子が、この狼の契約者…」
乗組員のお兄さんが困ったように忍を見下ろす。
どうも乗船の際に忍が天狼の契約者というのが疑われてるらしい。
『貴様…我が主を疑うのか?』
「お前もお前で威嚇すな。兄さん、新人かい?」
これじゃあ、忍よりもゼロの方が主人に見えてしまいそうである。
「えぇ、最近雇ってもらえて…」
「なら仕方ねぇか。契約獣を見るのは初めてじゃねぇんだろ?」
「それは、はい。研修の時に先輩が対応してるのを見てましたし、先輩方の中には契約者もいますので」
新人の乗組員がそう言うと…
「じゃあ、よく見な。忍の顔にある契約紋は狼の意匠が色濃いだろう?」
「はい」
改めて忍の顔を見る新人の乗組員。
「他に契約獣もいないし、この中で契約紋を持ってるのは"忍だけ"だ」
「?」
ゼロの言葉に忍が不思議そうな反応を見せるが…
「そう、ですね」
新人の乗組員もゼロの言葉に頷く。
「つまり、そういうことさ。わかったら通してくれないか? こっちもちゃんと料金払ってるしな」
ゼロが隠れて忍の口を片手で塞いでいると…
「わかりました。では、船室番号は…」
新人の乗組員もゼロ達が宿泊する船室の番号を伝える。
「あんがとな。ほら、お前らも行くぞ」
船室番号を聞くと、ゼロを先頭に忍達も船内へと歩いていく。
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大陸間の移動は基本的に船である。
時間はそれなりに掛かるものの、大陸間での移動には欠かせない移動手段となっている。
運賃は金貨約一枚とそれなりの費用が掛かるが、大陸を渡るのだからそれでも安い方だと思う。
ちなみに契約獣を連れていると追加で銀貨数枚程度を支払うことになる。
但し、妖怪に関しては人の姿をしている場合に限り、人間と同じ額の運賃を請求されることもある。
また、海に生息する魔獣達のことも考え、大陸間を渡る船には最低でも契約獣と契約した乗組員が10名ほど詰めているのが一般的である。
但し、これはあくまでも目安であり、小型は1人か2人、中型は3~5人程度、大型が10人以上という具合になっている。
大陸間を渡る船は輸出入品などの物資を運ぶこともあるので、基本的には大型のことが多く、専属契約したか国家所属の契約獣と契約者が常駐している規則がある。
余談だが、現在はリデアラント帝国が古代文明の解析から飛行船などの研究もしており、遠くない未来において空の旅も夢ではない、としている。
が、安全面や空を飛ぶ魔獣達のことなども考えてまだまだ先の未来になるだろうとの見解が強い。
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指定された船室に着き、船室内で一息ついていると…
「ねぇ、おじさん」
「ん~、なんだ?」
「"おじさんにも契約紋ってある"よね?」
忍は不思議そうな顔でゼロに尋ねる。
「そりゃそうだが、"今は連れてない"しな。余計な混乱を防ぐ処世術ってやつだ。第一、契約紋なんて"俺の体に見えてない"だろ?」
そう言ってゼロが自らの服の袖を捲ると、そこには契約紋がなかった。
「あれ?」
一度だけゼロの契約紋を見たことのある忍も首を傾げる。
「クク、魔法で隠蔽してんだよ」
「へぇ~」
そんな会話の横で…
「…………………」
『…………………』
明香音と天狼がゼロを冷たい目で見ていた。
「なんだよ、お前ら…その冷たい目は?」
「いえ…」
『別に…』
そう言って明香音と天狼はスッと目を逸らす。
「まぁいいさ。船内だとあんま動けねぇしな…目立っても困るし…」
本来なら長い船旅の中で忍に気の扱い方を習得させようとも考えていたゼロだったが、忍の思わぬ才能でそれも出来なくなってしまっていた。
「まぁ、他の力ってのは気を扱えるようになれば、似た要領で契約紋を通してわかるもんだしな…(こいつの才能を加味すれば、それも数日中に習得するだろ。となると問題は、制御の仕方かな?)」
ゼロは改めて忍育成の方針を決めていると…
「(ついでだし、この娘っこにも気の扱い方を教えておくか……瞬弐辺りからもう教えられてそうな気もするが…)」
ついでとばかりに明香音も鍛えようと画策するのだった。
「あ、そうだ。お前ら…船内では必ず三人一緒に行動しろよ? 俺が側にいる時はともかく、お前ら…特に忍と天狼は一緒じゃないと色々と面倒なことになるからな」
すると思い出したようにゼロはそう指示を出していた。
「面倒なこと?」
「どこぞのバカな輩がちょっかいを掛けてくるかもしんねぇからな。そういうのは無視しろ、無視。明香音もその辺は気を付けて見てやれ」
忍が尋ねると、ゼロは簡潔にそう言い、明香音にも気を付けるように言い含める。
「いいか、お前ら…今から言うことをよく覚えておけ。魔獣達と契約したからって言ってそれがイコール偉い、ってのは大間違いだ。わかるな? 俺達は契約獣から力を貸してもらってる身であり、魔獣達もまた契約することで比較的安全に人の世界に溶け込めるようになってるんだ。つまり、互いが互いを補い合ってるようなもんだ。それをどう勘違いしたのか…契約したからって自分の力だと思い上がって好き放題やりたい放題する輩も世界にはいる。これは俺が世界を渡り歩いてきたからこそ言える事実だ。ま、そういう輩には相応の末路があるが…それはお前らが知ることじゃないから捨て置け。で、重要なのは契約をしたからには契約した相手の信頼を裏切らないようにすることだ。どんな相手にでも……まぁ、ほんっとうにどうしようもねぇ奴は除外するが……とにかく相手を蔑ろにするような大人にはなるなってことだ。それは人も魔獣達も変わらない、と俺は考えている」
「「…………………」」
『…………………』
ゼロの主観が大部分を占めてはいたが、ゼロの語る真面目な話に忍達は真剣な表情で聞いていた。
それは契約獣となった天狼も例外ではなかった。
「この先、また新しい出会いがあるかもしれないし、別れも体験するだろう。大人になっていくってのはそういうことの繰り返しだ。お前達の成長につれて色々な出来事もあるだろう。だがな…その中でも決して忘れてはならないでほしいこともある。それが"絆"だ。誰とでもいい…親兄弟、友人、恋人、契約獣…様々な存在との絆を大事にしてほしいんだよ。それがいつか挫けそうな時、もしくはそうなってしまいそうな時にきっと役立つ。ちゃんと結んだ絆は、嘘をつかないからな。だが…」
ゼロは少しだけ仄暗い表情を見せると…
「中にはその絆を踏みにじるような奴とも相対することもあるかもしれない。そういう奴ってのは…大抵、自分とは相容れないものだからな。だが、拳を交わさないとわからないことも確かにあるのも事実なんだよ」
そのように語っていた。
それはまるで自分の昔話でもするかのように…。
「だからこそ、俺はお前らに俺の持てる技術を叩き込む。今の忍には気と霊力の制御の仕方に加えて霊術や結界術に関することを、明香音には気の扱い方をな。お前らがこれからの旅の先々で契約でもしたら、また修行内容を変えないとだがな」
そう言ってゼロはいつもの表情に戻って忍と明香音の頭をワシワシと撫でる。
すると…
ボオオォォォ…!!!
いつの間にか時間が経っていたらしく、窓の外は夜になっていて出発の汽笛が鳴り響く。
「遂に出発だ。しばらくは故郷に帰れないものと思えよ」
こうしてゼロ達の船旅が始まった。
船旅の最中は主に船室内での力の制御技術の向上に重点を置いていた。
ゼロの読み通り、忍は数日で霊力の出力の仕方をマスターし、今ではそれらの制御技術を高める方向へとシフトしていた。
狭い船内での制御の仕方の練習は忍も最初は難航していたが、徐々にコツを掴んでいったのか、今はゼロの補助無しで制御を可能とする程までになっていた。
その忍の上達振りにゼロはもう驚き疲れた様子だったらしい。
一方の明香音の場合は実家での下準備もあってか、気の扱い方を習得した。
但し、忍に比べたら船旅も後半のリテュアに入港する直前頃での習得になってしまったが、それでも気を習得する者としては早い方だとゼロは認識している。
しかも忍と同年代でだから才能もあるのではないかとも考えている。
本格的な気の訓練はリテュアでの宿が決まってからやるとお達しがあった。
そして、舞台は…極寒の大陸へと移る。
そこではどのような出会いが待っているのか…?