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絆の証は契約と共に  作者: 伊達 翼
幼年期放浪編
18/22

第十五話『偽りの事情と模擬戦』

 忍が地面に書いた苗字を見た朝陽は手に持っていた剣を鞘から引き抜くと、忍の顔へとその切っ先を向けていた。


「朝陽、ちゃん…?」


「気安く呼ばないで」


 困惑する忍に朝陽は冷たく鋭い視線を送る。


「アンタ、わかってるの? その名がどういう意味を持つのか…」


「???」


「(本当にわかってないの? ティエーレン出身なら普通に気付きそうなのに、あの明香音ってやつもグル? いや、それだったらもっと気を遣ってそうだから、あいつも知らない? でも一緒に旅してるって言ってたから知らないはずが…)」


 忍の不自然な反応に朝陽が色々と憶測を巡らせていると、ふと一緒にいた胡散臭い男の存在を思い出す。


「(あのおっさんが何か隠してる? それにさっきのこいつの話だと、家から出たことがない。つまり、一般常識に疎い? なら、知らないのも頷けるけど…この情報を隠して何の意味があるの? 第一、『紅神』なんて苗字は聞いたことがない)」


 朝陽は武家の人間。それ故に、主家に連なる苗字や主要な人物、家族構成、次期当主候補などの情報を覚えなければならない。その中には当然『紅神』という苗字はないし、それに関する情報もない。


「(『神』の字を使えるのは皇族のみ。まさか…? いや、流石に有り得ないか……でも、だったらなんで『紅神』なんて苗字を躊躇いなく使える? いくらこいつが無知だからと言っても、あたしみたいに違和感を持つ奴だっているはずなのに…)」


 朝陽が思考の海を彷徨ってる合間も剣を突きつけられている忍は動こうとはせず、逆に朝陽をジッと見つめていた。


「(あ~もう、ホントに訳わかんない! とりあえず…)」


 ジッと見つめてくる忍の眼を見て…


「「……………………」」


 互いに沈黙したまま、しばらくすると…


「お~い、忍。いつまで嬢ちゃんと戯れてんだ?」


 ゼロの声が聞こえてくる。


「っ!」


ザッ!


 その声を聞き、朝陽が反射的に地面に書かれた『紅神』の字を足で消す。その直後、ゼロを筆頭に明香音、天狼、白雪、焔鷲が裏庭へとやってくる。


「って、おいおい…随分と穏やかじゃねぇな」


 当然、朝陽が忍に剣を突きつけてる姿が目に映るわけであって…


『貴様…!』


 即座に天狼が動こうとするが…


「天狼。大丈夫だから手出ししないで」


 忍が天狼に向けて制止するように伝える。


『し、しかし…!』


「いいから。白雪さんと焔鷲も、ね?」


「……かしこまりました」


『……御意です』


 次いで動こうとしてた白雪と焔鷲にも釘を刺すと…


「ちょうどいいわ。おっさんに聞きたいことがあるんだけど?」


「はて、俺に聞きたいこと?」


 朝陽はそのままの状態で、ゼロにさっき浮かんだ疑問を投げつけることにした。


「えぇ…こいつの"苗字"についてよ」


「ふむ? あぁ、ってことは、忍は字を書いちまった訳か。そういや、書くなって言うの忘れてたわ。こりゃ、失敗失敗」


 状況を把握したゼロが今更なことに気付いてケラケラと笑い出す。


「(『べにがみ』の字…そういえば、今まで見たことなかったっけ…)」


 一緒に旅をしてきた明香音も、違和感は覚えていたものの、それを聞いてはもう何か引き返せないという直感があったために特に追求はしなかったが…。


「(でも、こんな状況だし…"あの事"も考えると……どう考えても嫌な予感しかしない…)」


 以前、明香音はゼロと瞬弐の会話を直に聞いているのだ。それを覚えていて、しかもこの状況…嫌な予感しか思い浮かばないといった表情で、明香音はゼロを見上げる。


「まぁ、これは俺の落ち度でもあるからな。いいだろう。但し、結界は張らせてもらうぞ?」


「好きにしたら?」


「じゃあ、遠慮なく」


 ゼロを中心に裏庭全体を覆う直方体型の白い結界が張られる。


「遮音と侵入防止、気配遮断、ついでに外から見えないようにもした。まぁ、裏庭に沿って結界を張ったから基本的に見えないだろ」


「(結界って…確か、霊力を用いた障壁の類だっけ? このおっさんも何者よ?)」


 一瞬で結界を張るゼロに対して警戒するような眼で見る朝陽。


「さて…忍の苗字についてだったか。最終確認だが、本当に知りたいのか? これを聞いたら後戻りは許されないぞ?」


「もったいぶらずにさっさと言いなさいよ」


「怖いもの知らずだね。と、あっちには忠告したが…明香音も聞くか?」


 朝陽の態度に肩を竦めながら明香音にも確認を取る。


「ここまで来て私だけ聞かないなんて…流石に無理ですよ。私も正直、気になってたから…」


「そうかい。なら、ぶっちゃけるが…」


「「「……………………」」」


 子供3人がゼロの言葉を静かに待つ。契約獣達の方は既にゼロから説明を受けているので問題ないが、ゼロが忍の事情をどこまで話すのか気になっていた。


「忍の苗字…"紅"の"神様"と書いて"紅神"」


「っ!?」


 その言葉を聞き、明香音が驚きのあまりゼロと忍を交互に見る。


「ティエーレンにおいて"神"の字を持つことが許されるのは皇族のみ。しかし、"紅神"なんて苗字の皇族なんていない」


「えぇ、その通りよ」


「うん。こればかりは聞いたことがないよ」


「そうなんだ…」


 ゼロの説明に朝陽と明香音は頷くが、忍は初めて知ったかのように呟く。


「が、何事にも例外ってのはある。歴史の中で闇に葬られた皇族の家系なんてごまんといる。その中にたまたま"紅神"なんて苗字があって、その子孫が影ながら細々と生き長らえていることだってあるんだよ」


「それが、こいつだっての?」


「あぁ。少なくとも"べにがみ"、なんて聞くだけなら"紅"に"上"とも聞こえるからな。字さえ見せなきゃ生きてけるってもんさ」


「まぁ、確かに…私も聞くまで知らなかったし…」


「なんか釈然としないわね…」


 ゼロの説明に明香音と朝陽が訝しげにしていると…


「だから、僕は家から出してもらえなかったの?」


「まぁ、お前のことだから騒動の種になりかねんしな。そこはもうちょっと教育してからだったんだろうが…その前に旅に同行して見聞を広めるよう頼まれたんでな」


「そうだったんだ…」


 忍の素直な反応に…


「(そう考えると…納得出来るような、出来ないような?)」


「(胡散臭いけど…おおよその筋は通ってる、か?)」


 明香音と朝陽も微妙に納得し始めてしまう。それを後ろで見ていた契約獣達は…


『(よくもまぁ、こんな嘘がペラペラと出てくるものだ…)』


「(もはや詐欺師ですね…)」


『(う~ん…)』


 誰も表情には出さなかったが、3体とも微妙な反応を内心で示していた。


「という訳で、忍。これから苗字を書くような機会があったら、とりあえず"神"を"上"と書いておきなさい。無用な騒動を引き起こさないためにもな」


「うん。わかったよ、おじさん」


 いい具合にまとめた感を出しながらゼロは朝陽を見ると一言。


「で、だ。一応、薄いとは言え、皇族の血筋様なんだから、そろそろその剣を引っ込めてくれないか?」


「っ……そうね。悪かったわ…」


 ゼロの言葉に朝陽は忍に突きつけていた剣を引っ込めると、そのまま鞘へと戻して謝罪もしていた。


「ま、このことは他言無用で頼むよ。余計な騒動の種は武家の人間としても望むことじゃないだろ?」


「……そうね。今日のことは誰にも言わないわ」


「そうかい。そいつぁ、よかった」


 朝陽の答えにゼロも満足そうに頷いていると…


「でも、朝陽ちゃんとこれっきりなのは、なんだか寂しいな…」


 忍が何やら呟いていた。


「ふむ…」


 その言葉を聞き…


「じゃあよ。お互い、せっかくなんだから組み手でもしないか?」


 ゼロがそんな提案をしてきた。


「……は?」


「いつも訓練相手が俺か明香音じゃ味気ないしな。たまには他の奴とも組み手をやってもいいかと思ってな。それに相手は武家の娘だ。相手にとって不足なしってもんだろ?」


「いや、なにを勝手に…」


 ゼロの提案に否定気味な朝陽だったが…


「組み手相手くらい、別にいいだろ? それに、意外と得られるモノも多いと思うが?」


「どういう意味よ?」


「ま、それは自分で確かめたらいいんじゃないか?」


「………」


 その一言で少しばかり考える素振りを見せる。


「どうだ? 悪い話じゃないはずだが?」


「……いいわ。そいつがどれだけ出来るか知らないけど、怪我しても文句は言わないでよ?」


「交渉成立だな」


 ニヤリと笑ったゼロの立ち会いの下、忍と朝陽による組み手…というよりも模擬戦が行われようとしていた。


「結界はこのまま維持しといてやるから、2人共存分に暴れるといい」


 向かい合う忍と朝陽に向けてゼロがそのように言う。


「よろしくお願いします」


「……よろしく」


 丁寧に頭を下げる忍に対し、朝陽は一言返すだけで既に臨戦態勢だ。


「じゃあ、始めろ」


「っ!」


 ゼロの一言を聞いた瞬間、先手必勝とばかりに朝陽が抜刀の要領で剣を振るって忍に斬りかかる。


「わっ!?」


 その斬り込みを忍はバク転の要領で回避すると…


「霊鎧装!」


 後方に着地すると同時に霊力の膜を全身に覆い、忍も臨戦態勢に移行する。


「(今のを避けるか…なら!)」


 左手に鞘、右手に剣を持ったまま、即座に忍を追撃する朝陽。


「(動きがおじさんとも明香音ちゃんとも違う…!)」


 剣による斬撃を霊鎧装で受け流しながら、ゼロとも明香音とも違う動きをする朝陽に忍は驚いていた。相手をする人が違えば、その動きも異なるのは当然のことなのだが、初めて見る剣を持った相手をすることに、少なからず歓喜を覚えているようだ。


「(凄い…! これが剣を持った人の動き…!)」


「(何なの、こいつ!? 人と戦ってるっていうのに、嬉しそうに笑ってる!?)」


 忍としては新しく切磋琢磨出来る人と出会えて嬉しいのだろうが、朝陽からしたら戦闘中に笑ってるのだから少し気味が悪かったらしい。


「(温度差が凄ぇな…)」


 ゼロはゼロで2人の様子を見て何となくそれぞれの心情を察していた。


「行くよ、朝陽ちゃん!」


「ちっ!」


 確かに温度差を感じる。


「『獣牙(じゅうが)』!」


 忍は両手部分の霊鎧装の上から魔力を固定化させ、爪状の武器を生成する。


「なっ!?」


ギィンッ!!


 朝陽の繰り出す剣の突きを忍は爪で逸らす。


「このっ!」


 すると、朝陽は即座に剣を引き戻し、忍の腹を蹴ってバク宙するように後退すると同時に左手に持った鞘を忍に投げ放つ。


「ふっ!」


 投げ放たれた鞘を忍は右の爪で弾く。だが、朝陽は着地と同時に既に動いており、円を描くように忍の右側へと回り込んでいた。


「(もらった…!)」


 そして、そこからさらに加速して下から斬り上げるように剣を振るう。


「っ!」


 忍は反射的に伸ばしていた右腕をそのまま振り続け、上体を捻るようにして跳び上がる。そうすることで空中で逆さまになりつつ横回転しながら両腕を交差することで朝陽の斬撃を防ぐ。


「ちっ!」


 剣と霊鎧装から生じた火花が散る中、舌打ちした朝陽はそのまま腕を振り上げた勢いを殺さず、身体を捻って忍と同じく跳び上がると、忍に向かって左足で後ろ向きの飛び蹴りをかまそうとする。


「ほぉ、思い切りが良いな」


 2人の戦闘を観察していたゼロが感嘆の声を上げる。


「はっ!」


 交差していた腕を広げるようにして朝陽の飛び蹴りを右腕で受け止める。


ドォンッ!!


 互いの打撃が相殺され、それぞれが少し距離を取るようにして地面に着地する。


「(五気の内、四つの力を持つ忍とここまで互角に渡り合うたぁ、大したもんだ。しかも剣と体術でそれを為してるんだから恐れ入る。おそらくは気も使ってるんだろうが…如何せん、力の密度が違うからな。そこを技術と野生の勘的なもんで補ってるのか? こりゃ将来が面白そうな逸材じゃねぇか)」


 思いの外、ゼロの朝陽に対する評価が高いように思える。


「(こりゃあ、忍と明香音が学生入りした時が楽しみだぜ…)」


 人によって邪悪とも取れる笑みを浮かべながら、ゼロは未だ続く2人の戦闘を見ていた。


『(こやつ…悪い顔をしておる…)』


「(はぁ…心配です…)」


『(主も相手の方も凄い…)』


 天狼と白雪はゼロの表情を見て嫌なものを見た的な表情をしていたが、焔鷲の方は純粋に忍と朝陽の戦闘を目をキラキラさせて見ていた。


「……………………」


 ちなみに明香音は物凄く複雑そうな表情で戦闘を見ていた。


「(私だってあれくらい出来るし………でも…今度、もうちょっと頑張ってみよう…)」


 秘めてる力の密度が異なろうと、朝陽はそれを感じさせない戦いぶりを見せた。それに触発されるように明香音もまたそんなこと気にならないくらい強くなろうと考えていた。


 朝陽との出会いは良い意味で、忍と明香音の世界を広げてくれた。




 その後、朝陽は門限ギリギリまで忍と戦ってしまい…


「これで勝ったとか思わないでよね! あたしの本気はまだまだあんなもんじゃないんだから!」


 と言い放って武器屋を慌てて出て行ったのだった。どうも学園区画の門限近くまで時間を忘れてぶっ通しで忍と戦っていたらしい。


 ちなみに当の忍はというと…


「うん、またね~」


 呑気な声で朝陽を見送っていた。


「オヤジさん。また、裏庭を借りるかもだが…」


「まぁいいってことよ。あんな楽しそうな嬢ちゃんも初めて見たしな」


「そうかい。助かるよ」


 ゼロと武器屋の店主もそんな会話をしていた。フィアリムでの滞在期間中にやることが一つ増えたようだ。約束こそしなかったが、武器屋に通う理由が出来たかもしれないのだった。

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