第十二話『"紅神"の秘密』
王都『フィアリム』。
真上から見て円状の外壁に囲われた中央大陸随一の大都市。
円状の外壁の中にはさらに二重の城壁が築かれており、中心地の区画から王城、学園、市街地という風に三つの区画に分かれている。
中心区画である王城には王族の住まいがあり、その東側に王国騎士団の本部や宿舎、西側に宮廷契約者の本部と宿舎、北には古代遺物研究機関、南には訓練場がそれぞれ置かれている。
中間区画は近年になって増設された区画で、通称『学園区画』と呼ばれている。
この学園区画は東の騎士学区、北の研究学区、西の契約学区、南の基礎学区の四つの学区に分かれており、6歳から12歳までは基礎学区で各種基礎知識や道徳、運動などを学び、その6年の間の生活過程に応じて他の三学区へと進むことになる。
騎士学区や研究学区はそれぞれ騎士や学者になりたい者が進む学区であるが、残る契約学区は契約獣との契約が必須事項で、通常の座学の他にも契約した契約獣との連携や実戦訓練などを行ったりする。
ちなみにこの学園区画は基本的に全寮制になっている。
外周区画は市街地で、北東から北西にかけての北側は貴族街、残りの半分以上は平民街や市場となっている。
この外周区画の外側に外壁があり、東西南北、北東、北西、南東、南西の計八つの地点に都市に入るための門が設置されている。
その内の一つ、北西の門にゼロ一行の姿があった。
「しかしなぁ…」
ゼロが後ろを軽く見ると…
「うぅ…腕が疲れるよ、焔鷲」
『申し訳ありません、主よ』
『我に乗られても困るが、いつまでも主の腕というのも問題だな』
「私とは相性がよくありませんしね」
「私が変わる?」
焔鷲の留まる位置についてどうするか考えていた。
「緊張感なさすぎだろ…」
そんな忍達の様子に頭を少し抱えながらゼロは王都へと入るための順番を待つ。
そんなゼロの心配をよそに、ついにゼロ達の番となる。
「止まれ」
門の検兵がゼロ達を呼び止める。
「(さてと…こっからが問題だな)」
ゼロはここで厄介事を起こすと後々面倒になると考え、穏便に事を済ませようと頭を使っている。
「大人と子供の男女が一名ずつ、それと大型犬と鳥か?」
『誰が犬か! 我は狼だ!』
が、そのゼロの苦労も天狼の一言で瓦解する。
どうにも狼としての誇りを傷つけたとし、天狼が『グルルルル…!』と検兵を威嚇している。
ゼロが「あちゃ~」と言わんばかりに額に手を当てて空を仰ぎ見る。
「あわわ、天狼。落ち着いて!」
明香音に焔鷲を任せ、忍が天狼を宥めに入る。
『主よ。しかし…!』
「ここで問題を起こしたら中に入れないかもでしょ? 怒る気持ちはわからなくもないけど、今は抑えて。ね?」
『…………御意』
忍の説得に不承不承といった具合ながらも威嚇をやめる天狼だった。
「ふむ、契約獣だったか。だが、お前が契約者ではないのか?」
検兵がゼロに尋ねる。
「(しゃあないか…)生憎と、俺に契約紋なんてないっしょ?」
「ふむ…」
ゼロの言葉に検兵の目に魔法陣が浮かび、ゼロの体を上から下まで観察する。
「(こいつも契約者か。が、俺の隠蔽能力を舐めんなよ?)」
そんな考えを抱きながらしばらく検兵の視線に晒されるゼロは自然体で待った。
「……いいだろう。では、そちらの子供がその契約獣の契約者か?」
検兵がゼロから視線を外し、忍を見ながらそのように尋ねると…
「あぁ、そうだ」
ゼロも素直に答える。
「契約獣はその一匹だけか?」
「それは…」
ゼロが検兵の質問に答えようとすると…
「私も我が君の契約獣です」
『僕もです』
後ろに控えていた白雪と、明香音の腕に留まっていた焔鷲が発言していた。
「私は人間です」
一応、明香音がそのように発言する。
「なに…? どういうことだ?」
「(馬鹿正直に答えんなよな…)あぁ、契約獣は全部で3体。全部、こいつが契約してる」
仕方ないとばかりにゼロが忍を親指で指差し、そのように答える。
「なっ!? こんな子供が3体もの契約獣の契約者だと!?」
「忍はもう10歳だ。そのくらい珍しい、っちゃ珍しいが、契約に歳は関係ないだろ?」
「むぅ…それはそうだが…」
検兵が忍にその目を向けると…
「…………信じられん…龍気以外を保持しているというのか?」
忍から僅かに流れる魔、霊、妖の力を見て信じられないといった表情で呟く。
「ま、成り行き上ね」
そう言って肩を竦めるゼロに対し…
「仕方あるまい。しばし、詰所で待たれよ」
検兵はそのように通達する。
「(詰所か…何言われるんだか…)わかりましたよ」
状況的に仕方ないとは言え、ゼロは事を荒立てないようにするため、素直に別の検兵の案内で忍達と共に詰所へと向かう。
「では、こちらで待っていただきます」
「はいはい、お仕事お疲れ様です」
詰所の待機室に通されたゼロ達はそのままそこで寛ぐことにする。
「お前等、馬鹿正直にも程があるだろ?」
詰所の椅子に座りながらゼロが天狼や白雪に苦言を呈する。
『貴様の契約獣などと思われたくなかった』
「右に同じく。というより、門前で偽りの証言など許されません」
「お前等なぁ~」
天狼と白雪の言葉にゼロもやれやれと頭を抱える。
それから詰所で待つこと約一時間程度。
「お待たせしました」
詰所に2人の男性が入ってくる。
「初めまして。フィアリム学園区画から派遣された『久遠院 誠人』です」
1人はうなじが隠れる程度に伸ばした黒髪と茶色の瞳を持ち、爽やかな感じの整った顔立ちに体格はわりと細身で少しばかりなよっとした印象を与える黒のハーフフレームの眼鏡を着用した男性…名は『久遠院 誠人』という…と…
「同じく『コウ・フレイシス』だよ。よろしくね」
もう1人は背中まで伸ばした翠色の髪を後ろで一纏めにして緋色の瞳を持ち、凛とした雰囲気の端正な顔立ちに体格はそこそこ鍛えているのか、わりと筋肉質である男性…名は『コウ・フレイシス』という…だった。
「(学園区画…この都市の中間にある教育機関か。ま、3体も契約獣を連れてりゃなぁ…)」
現段階での忍の特異性を考えれば当然の対応とも思えたゼロは、内心でやれやれと呟く。
「(ともかく、ここは…)どうも、初めまして。こいつらの保護者をしてる『ゼロ』ってもんだ」
「僕は『紅神 忍』です」
「『久瀬 明香音』です」
『我は"天狼"』
「私は『白雪』と申します」
『僕は"焔鷲"です』
ゼロが挨拶を返すと、忍達も続くように挨拶をしていた。
「これはご丁寧にどうも」
「名前の感じからしてティエーレン出身かい?」
誠人が頭を下げると、コウが名前のニュアンスを聞いて尋ねてくる。
「(さて、どこまで話していいものかな?)」
ゼロは目の前にいる2人にどこまで話していいものかと一瞬考える。
「ティエーレンにいる友人の頼みで子供達に世界を見せる旅の途中なんだ。忍と明香音はティエーレン出身でね。その途中で契約するから驚いたもんだよ」
しかし、すぐさま嘘ではないが、本当でもないような内容の話をする。
「ふむふむ。旅の途中であると…なら、この国への滞在期間などは?」
「特に決めてはないかな。とりあえず、契約獣同伴でもいいって宿屋を探してしばらく間借りさせてもらう予定だ」
その話を受け、誠人の質問にゼロはそう答える。
「契約獣が3体ともなると探すのも結構大変だと思うけどな~」
「そこなんだよな…」
コウのもっともな言葉にゼロも悩ましいといった感じで唸る。
「では、我が学園区画に入っていただくのはどうでしょうか?」
すると、誠人がそのように提案する。
「(ま、契約獣3体と契約してて、しかも子供。そりゃあ、学園に入れた方が色々と手っ取り早いのは確かだ。が、まだ"時期"じゃない。それに忍はティエーレンの出身というだけで、特に何処かの国に所属してる訳ではないし、各国の上層部は引き抜きにかかる可能性も否定は出来ん。だからこそ、今はまだ俺の手元で修行させなきゃならん。それに下手に学園区画に入ってティエーレン…特に天照の連中に勘付かれても厄介だしな…)」
ゼロもいずれは学園区画へと入れることは考えていたが、今はまだ"時期"ではないのと、色々な事情があって避けるべきだと判断していた。
「せっかくの申し出ですが、旅の途中ということもあるので断らせていただきますよ。それに俺はあくまでも保護者代理。旅が終われば、こいつらも親の元へとちゃんと届けないとなんで。まぁ、その時になってこいつらが学園区画に入りたいと願うなら口添えはしますがね」
そのゼロの言葉に…
「……そうですか。わかりました」
「勿体ないねぇ~。でもま、仕方ないか」
誠人もコウもそれなら仕方ないと了承する。
「じゃあ、俺達はそろそろ行っても?」
荷物を背負い、ゼロが詰所から出ようとする。
「えぇ、問題ありません。よい旅を…」
「この辺は貴族街だから気を付けてね~」
「ご忠告どうも。ほら、行くぞ」
「は~い」
「わかりました」
『……………………』
「失礼します」
『では…』
誠人とコウに頭を下げてから詰所を出るゼロ一行。
その背を見送った誠人とコウは…
「よかったのかい? 見送っちゃって」
「何か珍しい古代遺物を持っているならともかく、契約獣には興味ないな」
「そうかい。だけど、惜しいのは確かなんだよね…あの歳で3体と契約。もしかしたら逸材かもね?」
「知らん」
さっきとは打って変わって興味なさげにしている誠人にコウが話し掛けている。
「まぁ、マークした方がいいとは思うけど…なんか嫌な予感がするのよな。特にあっちの保護者代理って人がな」
「……………………」
「胡散臭さもあったけど、それよりも得体が知れないっていうのかな。ヤバい気配がしたんだよな」
「………………戻るぞ」
「あ、誠人っちってば、人の話くらい聞いてくれよ~」
いい加減面倒になったのか、誠人がさっさと移動を開始するのをコウが追いかける。
「("べにがみ"……思い違いであればいいが、あの響きからすると……いや、気のせいか。仮にそうだとしても本来なら"有り得ない"しな)」
ただ、誠人は誠人で思うところがったらしいが、気のせいだと割り切っていた。
そして、詰所を後にしたゼロ一行は…
「(さてと…ひとまずは王都に入ることには成功したが…どうすっかな…)」
貴族街の道を南下しながらもゼロは今後の予定を考えていた。
「(忍のことだし、ここでも一波乱ありそうな予感はあるにはある。が、それを言っちゃ身も蓋もない。とは言え、ここは王都。ここの騎士団とはあまり関わり合いたくねぇしなぁ…)」
大陸毎に事情が変わる理由でもあるのか、ゼロはフィアラル王国の騎士団とは関わりたくなさそうである。
「(まぁいい。もしもの時はもしもの時だ。いざとなれば雲隠れすりゃいいしな)」
自分で自分に言い聞かせるように内心で考えつつ、前を歩く忍達を見る。
「(さてはて、どうなるのかね?)」
………
……
…
その日の夕刻。
「いやぁ、やっと寝床を確保出来たな」
王都南西地区の宿屋の一室でゼロがベッドに腰掛けながら呟いていた。
『まさか、ここまで宿探しが難航するとは…』
『僕達の存在がそんなに主達の負担になるなんて…』
「致し方ありません。いくら契約獣の存在が公になったとは言え、未だ人間達の中には私達に対する恐怖などの感情があるのでしょう」
窓際に陣取っている契約獣達がそのような会話をしている。
「で、お子様達は?」
ここにいない忍と明香音に関してゼロが首を傾げていると…
「隣の部屋で休んでいただいています。長旅でしたので、疲れが溜まっていたのでしょう。ここに着いた後は寝てます」
白雪がそのように答えていた。
「二部屋確保出来ただけでも幸いか…」
ゼロがそのように呟く。
この宿は外周区画の南西地区の裏路地にあった少し寂れた宿だが、格安で寝泊りができ、女将さんと旦那さんと娘さんの3人で切り盛りしている。契約獣に対しては特に偏見は持っていないようなので、契約獣連れだろうが何だろうが客は客として受け入れるスタイルらしい。ちなみにこの宿屋の一階は食事処もあり、裏手には水浴び用の井戸もあるのなど、わりと優良物件である。
『それで? 我等を呼び出した用向きはなんだ?』
天狼がゼロに尋ねる。忍と明香音を寝かせたまま3体を呼び出した理由だ。
「なに、別に大したことじゃない。忍と明香音をいずれはこの国の学園区画に編入させようと思ってな。で、お前達にはその時のために、忍についてちと話をしておこうってな」
『? ですが、その申し出は断ったはずでは?』
ゼロの言葉に詰所での出来事を思い返して焔鷲が首を傾げる。
「今は"時期"じゃないんだ。忍の身のためにもな」
『どういうことだ?』
ゼロの言わんとしていることが察せられず、天狼も警戒するような目でゼロを見る。
「知っての通り、忍は俺が預かってる身だ。当然ながらあいつにも両親がいる」
「当たり前のことですね」
『そうだな』
『はい』
何を当然なことを、と言いたげな表情でゼロを見る3体。
「そんな呆れ顔を向けるな。話を続けるが、問題はその"血統"だ」
『"血統"、だと?』
「あぁ。話は少し逸れるが…ティエーレンにおいて"神"の字を持つことが許されるのは天照にいる皇族のみ。その意味が、分かるか?」
『「!?」』
『?』
ゼロの発言に天狼と白雪は何かに気付いたようだが、焔鷲は首を傾げたままだ。
『待て! 主の名は確か…』
「べに、がみ…」
「そう。紅の神と書いて、『紅神』。本来なら有り得ない名だ」
天狼と白雪の言葉にゼロは軽く頷く。
「有り得ない?」
「この『紅神』ってのは忍の父親であり、俺の親友、竜也が勝手に名乗った名だ。当然、ティエーレンの皇族達は容認しちゃいない。が、竜也はそう名乗る資格がある」
『資格がある、とは?』
焔鷲の疑問に…
「そこがまた厄介な問題でな。忍の母親である汐乃。これがティエーレンの皇族の中でも発言力の高い『神崎』家ってとこの令嬢でな。さらに竜也の家…『紅』家は神崎を守る役割を持った剣の一族でもある。家系図を遡れば、恐らく大元は同じ家に辿り着くだろう。つまり、同じ祖先を持った家同士の婚姻関係、とも取れるんだが…あの2人、関係を家に猛反対されたんで駆け落ちしててな。勘当同然の扱いだったんだよ」
ゼロはそう答えていた。
『待て、"だった"とはなんだ? では、今は?』
「さてな。お家事情で何かあったんだろ。勘当同然だった奴等を戻すくらいだしな」
「それなら喜ばしいことなのでは?」
「普通ならな。だが、そこは皇族だぞ? 裏で何を企んでるのか知れたもんじゃねぇよ。だからこそ、竜也は忍を俺に預けたんだろうな」
『何故です?』
「そりゃお前…自由に生きてほしいからだ。あいつらは忍に自由に生きてほしかったんだ。皇族としての使命なんかよりも自由に伸び伸びと育ってほしい、ってな」
『「『……………………』」』
ゼロの言葉に天狼も、白雪も、焔鷲も言葉が続かなかった。
「ま、そういうわけで…現状ではティエーレンの皇族連中に知られるわけもいかないから学園区画への編入は見送った訳だ。せめて忍が15歳以上になってからじゃねぇとこれらの事情は話したくはないな」
そう言ってゼロはベッドに寝転ぶ。
「お前達もそのつもりでいてくれ。忍のことは他言無用だ。明香音にもな…」
『……いいだろう。それが主のためならば今は追及はせぬ。だが、いずれは…』
「えぇ、我が君に話してください。あなたの言葉で…」
天狼と白雪がゼロにそう言って厳しい視線を向ける。
「あぁ、そのつもりさ…(その時になって…俺がまだ傍にいれば、な…)」
ゼロもそう答えるが、内心では何やら不穏な考えを抱いていた。
『焔鷲。お前もいいな?』
『は、はい。でも、僕はどうしたら…?』
「我が君にはいつも通りに接してください。それが一番いいでしょうから」
『わかりました』
生まれた年数が違うだけあって焔鷲は天狼と白雪の言うことを素直に聞くのだった。
そうしてゼロと忍の契約獣達の密談は終わった。白雪は話が終わると、すぐに隣の部屋へと戻っていった。2人のことが心配だったのだろう。幸い、2人は眠ったままだったので、密談を聞かれた様子はなかったが…果たして、いつまでこのことを黙っていればいいのか…。白雪はそれが不安だったそうだ。
その後、一行は忍と明香音が起きるのを待って遅めの夕食を1階で取ると、ゼロとゼロ以外とで部屋に戻り、一夜を明かすのだった。