第十一話『守る力、意志、覚悟』
ゼロと火の鳥の戦闘は半ば強制的に中断された。
理由は言わずもがな、忍と魔獣の子供こと『焔鷲』の契約である。
「いや、なんかすまんな…」
『キュオ…』
ついさっきまで殺し合いをしてたはずのゼロと火の鳥は何とも言えない空気の中、ゼロの方が謝罪していた。
その謝罪に火の鳥も何か言いたそうだったが、短く返答したのみだった。
ちなみに互いに空中から地面に着地している。
『申し訳ありません、母よ』
「ごめんなさい…」
そんな両者の間に挟まれる形で忍と焔鷲が縮こまる。
「まぁ、謝ったところで契約の解除なんか出来ないんだがな…(まぁ、生きてても契約を破棄する方法がないって訳じゃないが…)」
ゼロはそんなことを考えながらもどうしたもんかと言葉を漏らす。
『キュオ、キュオ』
『はい、はい…わかりました、母よ。僕も巣立つ時がきたということですね。弟妹のことは心配ですが、僕も外の世界で頑張ります』
『キュオ…』
その間にも火の鳥と焔鷲は何やら会話しており、火の鳥が焔鷲に顔を近付け、焔鷲の顔を一撫でしていた。
「なんか、向こうは別れを済ませた感があるんだが…」
「巣立ちって言ってたね?」
「はぁ…まぁ、しゃあないか…」
ゼロと忍がそんな会話をしていると…
『では、母よ。僕は巣立ちます。どうか母や弟妹達も健やかに…』
『キュオ…』
火の鳥に別れの言葉を告げた焔鷲は忍の元へと飛んできた。
「ごめんね、こんな形で巣立ちさせちゃって…」
『いえ、いいのです。僕もいずれは巣立ち、自分の縄張りなりなんなりを見つけないといけませんでしたし、時期が些か早まったと思えば問題ありません』
忍がそう謝ると、忍の右腕に留まった焔鷲はそのように返していた。
「よく出来た奴だ」
ゼロが感心したように呟くと…
『どこかの誰かとは大違いだな』
「えぇ、本当に」
天狼と白雪がゼロを見ながらそう言う。
「なんだよ?」
その視線に気づき、ゼロがそちらを向くと…
「いえ…」
『何でもない』
天狼と白雪がスッと目を逸らす。
「ふんっ…まぁいいさ。そろそろ出るか」
「うん」
こうして洞窟探検は終わりを告げ、忍は新たな契約獣と契約を果たし、一行は山越えの続きをするのであった。
………
……
…
それから数週間、一行は北の山を越えて『フィアラル王国』の王都『フィアリム』へと向かっていた。
その道中のこと。
「う~ん…」
忍は今、ゼロからの課題に頭を悩ませていた。
現在、忍には魔・気・霊・妖・龍の内、龍以外の力が扱えるようになってしまっていた。
そのため、ゼロは今の内から忍に自分オリジナルの使い方を模索するように課題を出していた。
自分で考えることで自由な発想を持ち、想像力を豊かにするといった思惑もある。
この想像力が肝であり、何事にもイメージを明確にさせることで術式の発動速度を迅速にさせる効果があるという。
これはリデアラント帝国の五気研究チームからも公開されている情報であり、各大陸にも広く知れ渡っている事実である。
どのような事態に陥ったとしてもどのような行動を取るべきか、というのを考えられるようになり、臨機応変な対応も可能となる。
そして、常に最悪の展開を考えることで、どうすればその被害を最小限に、且つ最大限の戦果を挙げられるのか、ということにも繋がるとゼロは考えている。
口には出さないが、ゼロも忍のトラブル体質のことを不安に思い、常に自分がいる訳ではないことも加味して自力で脱するようになってほしいとも考えていたりする。
教えることは山ほどあるが、忍の場合はオリジナルの技を一つ考えさせ、それを軸にした戦法を研磨させた方がいいかもしれないとも考えていた。
それだけ忍の技能吸収能力は常軌を逸していた。
そして、今…忍は魔・気・霊・妖の力でどんなオリジナルの技を編み出すかを考えている。
「なかなか思いつきませんか?」
そんな忍の元に明香音がやってくる。
場所は街道から少し外れた平原で、忍と明香音を視界に収めれる場所にゼロ達も休憩を取っていた。
「うん…自分なりにって言われても、どんな風にすればいいのかわからなくて…」
「自分なりに…」
明香音も父親である瞬弐に『自分なりの道を進め』というニュアンスのことを言われているので、あまり他人事とは思えなかった。
「不思議だよね。やりたかったことを夢見てたのに、いざそれが叶うと今まで考えてたことが上手く考えられなくなっちゃうんだね」
「…やりたかったことって?」
「契約までは考えてたけど…それ以外だと契約しても友達になりたいとか、そういうのだったから…」
「力のことまでは考えてなかったんだ」
「うん…」
忍は契約することを夢見て、それに伴う力の使い方を考えてはいなかったようだ。
しかし、今は力を持つ者としての教育をゼロを始め、天狼や白雪に教わり、明香音や焔鷲と共に学びつつある。
それが今後どのようになっていくかはまだわからない。
忍は未来の自分にどのような像を描いているのか…それもまだ定かではないのだ。
「明香音ちゃん、僕ね。守りたいんだ」
「守りたい?」
「うん。僕は、目の前で助けられる命があるなら、それを全力で守りたいんだ。前におじさんにも似たことを言ったら笑われたし、ちょっと怒られたけど…それでも、僕は目の前で苦しんでる人や契約獣やそうでない存在を見捨てたくないんだ…」
空を見上げながら忍はそう呟く。
忍の脳裏には天狼と出会った時の盗賊団や白雪と出会った時の妖怪達のことが思い出されていた。
「それは…険しい道なのでは?」
「うん。おじさんにも言われた」
明香音の言葉に忍も苦笑いを浮かべてその時のことを思い出す。
『いいか、忍。全てを守りたいなんてのは傲慢で独善的、そして幻想だ。例えばの話、極悪人をお前が助けたとしても、そいつは生き方を変えられると思うか? 変えられるなんてのは楽観的過ぎる。この場合、答えはほぼノーだ。万が一改心したとしてもそれはほんの一握りの者だけだ。第一、その極悪人がまた悪さしたら被害が広がるだけだろう? だったら最初から助けない方がいい。冷たいと思うか? そう思う内はお前もまだまだ甘ちゃんだ。だが、そうだな。全てを助けるんじゃなく、お前の目の前にいる命を助けるってのはどうだ? その方がお前の守りたいって夢を叶えられるかもしれないぞ? だけどな、それはそれで険しい道だ。それを為すためにはそれ相応の力と意志が必要となる。お前に、その覚悟はあるか?』
ゼロはそのように言って忍の願いを全て否定するのではなく、ゼロなりに考えて忍を良き方向へと導こうとしていた。
「守るための力、意志、覚悟…」
そして、思い出すのは初めて魔獣を狩った時のこと。
それを考えて明香音の方を見る。
「忍君?」
「……………………」
危うく明香音を見捨てそうになったことと、初めて出来た友達を守るために振るった力。
初めて生きるために魔獣を狩った時の感覚と恐怖。
それらを思い出しながら忍は明香音のことを見て決心した。
「……うん。僕、もっと強くなりたい。強くなって明香音ちゃんや皆を守れるようになりたいな」
「え?」
忍の言葉に明香音もきょとんと首を傾げる。
「お話、聞いてくれてありがとね。明香音ちゃん」
「い、いえ…私は聞いてただけですし…」
「それでもだよ。ありがとう」
ハニカミながら言う忍に明香音は少し居心地が悪そうに顔を逸らす。
「お~い、お前等。そろそろ行くぞ! あと、忍はフィアリムに着くまでに技を考えとけよ!」
そんな2人をゼロが呼ぶ。
「行こ、明香音ちゃん」
忍は立ち上がると、明香音に手を差し伸べる。
「…はい」
その手を握り、明香音も立ち上がると揃ってゼロ達の元へと走っていく。
………
……
…
それからさらに数日後。
フィアリムまで一歩手前の村に到着した一行は、そこで休息を取っていた。
ちなみにこの村の近くには森があり、魔獣被害も出ているらしい情報もあった。
「守る、守る…なら、やっぱり結界をベースにして…」
そんな森の中で忍が1人、オリジナル技を開発していた。
「えっと…結界で体を包み込んで…それで結界を出来るだけ薄く硬くして…」
眼を瞑り、頭の中で具体的なイメージを形にしていき、そこに…
「気で体の中を補強しつつ、魔と妖と一緒に結界へと取り込んでいき…」
霊で作られた結界に魔、気、妖の力を取り込ませていく。
「こうすれば、万遍なく力を使えるように…」
と考えていた忍だったが、この試みは思わぬ方向に発展を遂げる。
ボンッ!
何やら音を立てて忍の体を覆っていた結界の力が急激に膨れ上がって爆発していた。
「っ!?」
何が起きたのかわからず、爆発の中心で呆然とする忍は目を開けて周りの状況を見る。
見れば、忍を中心に爆発の余波で木々が多少揺れていた。
「な、なにが…?」
疑問の尽きない忍だったが…
「失敗、したのかな?」
それだけはわかったようだ。
「つ、次は失敗しないように…力を結界で閉じ込めて…」
さっきのイメージに上乗せするかのように結界をもう一枚追加し、結界と結界の間で力を循環させるようなイメージを作る。
すると…
ドンッ!!
「うわわ!?」
上着が吹き飛び、濃密なオーラのようなものが忍の体を包み込んでいた。
「え、えっと…なんだかイメージしてたのと違うけど…これなら…」
そう呟いて軽く体を動かしてみると…
「わっ!?」
思った以上に体の言うことが利かず、空回りしていた。
「うぅ…こんなはずじゃ…」
というよりも出力が大き過ぎて今の忍では持て余しているようにも見えた。
「でも、これが僕なりに考えた…力の使い方だし…」
そう、忍は力を"一つ一つ別々に使う"のではなく、"一纏めにしたら使い勝手が良くなるのでは?"と考えていた。
子供ながらの発想だが、その着眼点は悪くないと言える。
そもそもの話。
五気全てを扱えるものなど、世界には数える程度しかいない。
ゼロもその1人だが、基本的にその事実を隠しており、公にはしていない。
本人曰く『色々と面倒だから』とのこと。
忍のような子供が五気の内、龍気以外を扱えているというのもある種、例外中の例外とも言えた。
それ故に忍は力を一纏めにする方法を考えていた。
一見、無謀にも思える方法だが、実は五気使いの多くは力を一纏めにして使っていることが多い。
やり方に多少の差異はあれど、概ね五気使いは力を集約する術を身に付けている。
だったら何故、その技術が公になっていないのか?
五つの力が纏まるということは二つでも三つでも一纏めに出来るということにも繋がる。
それがどういう訳か広まっていない。
理由は単純とも言えるし、複雑とも言える。
それはこの技術を使っているのが、"五気使いだけ"という事実である。
五気使いは数が少なく、自らの手札を公開することがないからだ。
さらに現在確認されている五気使いの多くは国家に所属しておらず、それぞれが自由気ままな生活を送っている。
五気使いとは、その強大な力を持つが故に国家に所属することを嫌う節があり、独自の発言権を有している場合もある。
ゼロの場合は…よくわからない部分もあるが…。
そして、今回偶然とはいえ、忍は四つの力を集約してその身に纏うということを為し得てしまった。
「あ、そうだ。この技に名前も付けなくちゃ…」
そんな重大なことにも気付かず、呑気に忍は技名を考え始める。
「う~ん…理想は瞬きの間に動けて、煌めく力を振るう。だから…『瞬煌』、かな?」
そんな風に技名も考えたところで…
「それがお前の答えか…?」
いつから見ていたのか、唐突に現れたゼロが忍に声を掛ける。
「あ、おじさん」
「(四つの力を束ねたか…こいつの習得能力なら時間の問題だと思っていたが、こうも速いと末恐ろしくなる。もし、これで龍気も身に付けたら…どれほどの逸材になるか…)」
忍の状態を見ながらゼロはそのように考えていた。
「(だが、それも基礎が出来てこそだ。これを主体にするとなると、周囲の目が気になるとこだが…)」
五気使いの1人として、この事態を看過すべきかどうか…ゼロは少し悩んでいた。
「(幸い、まだ完全にはコントロールは出来てないようだし…)忍。まずは霊力だけで体を覆ってみてはどうだ?」
「霊力だけで?」
「そうだ。別に一回で成功させる必要なんてないんだ。まずは慣れることから始めてもいいだろ?」
「慣れることから…」
「あぁ、そうだ…(悪いな、忍。だが、これもお前のためだ)」
今後のためにもゼロは忍の力を力を秘匿することを選んでいた。
その後、忍は瞬煌を一時的に封印し、霊力の結界のみにランクダウンさせた『霊鎧装』という技で瞬煌を使うための慣らしを行っていくこととなった。
そうして明香音達の元へと戻ると、ついでとばかりに明香音と焔鷲と一緒に魔導学問についての教授をゼロから受けていた。
明香音の場合は今後契約することがあれば役に立つだろうが、現状では知識として得るだけだ。
そして、一行はフィアラムを統治するフィアラル王国の王都『フィアリム』へと向かうのだった。