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魔人公爵  作者: エドレア
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 アルミエラ暦1076年────。


 覇を求めんとする群雄が割拠するこのガレア大陸において、魔物という存在は如何なる階層の人々を問わず悩ませてきた。

 土地、名声、金、宗教、人種差別。様々な理由で幾度もの血潮に大地が濡れ、乾く暇も無いばかりに戦乱が繰り返される時勢ではあるが明確に決着が着いたことはない。決まって魔物が邪魔をするからだ。

 知能は人類よりも劣るものの、強大な体格を持ちそして個体ごとに差はあれど人類には到底再現できない摩訶不思議な魔法を放つ存在。人間やエルフ、ドワーフなど人類側も魔法を使うが体系化されたそれとは違い独自性が強いところが悩みの種だった。基本的に彼らは自然に生きる動物であり、こちらから無理に手出ししなければ脅威になることはまず無い。しかし、例外的に血の匂いに敏感なのか戦場に現れては敵味方関係無く暴れて被害をもたらしていく。戦争することと魔物への対処は同義の事柄である。


「全く、ままならんものよ」


 そのような事を頭の中で反芻した男────エルスディア王国国王、ジャン・ハトヒエル・エルスディアは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

 エルスディア王国は戦乱渦巻く世の中において、比較的平和な国である。それは一重に、軍が強壮だとか優れた兵器があるからという理由ではなく狙われるだけの旨味が無い弱小国家だからというものだ。

 エルスディア王国の立地は簡単に言えば天然の要塞である。南西以外を険しく連なる山脈に囲まれ、開けた南西は海に面している。基本的に人も物も含めて移動は船に頼った交流だ。しかしながら沖には未知の海棲魔物が多数生息しており突破は不可能とされている。加えて国土が狭く広い畑を持てない関係で、人口に対する食料自給率がどうあっても100%越えることが無い。めぼしい特産品も無いこの国はただ一点、物流の中継地という一点のみで列強諸国から国としての存在を許されていた。

 ある意味では幸せであり、ある意味では不幸でもある。


「余は貴様を唯一無二の臣下として信用しているが、今の話は流石に信じ難い」

「重々承知しております。しかしながら陛下、この首に誓って嘘を申し上げた事はございませぬ」

「まぁ…今のは確認のようなものだ。少なくともおまえが余を謀るつもりが無いということだけが分かれば十分」

「左様でございましたか」

「とはいえだ、事実であるならより慎重を期さねばならん。()()()()()()宿()()()()()()()()など対応を間違えれば神聖国に目を付けられ、潰されかねんのだからな」










 聖アルミエラ教は今日に至るまで多くの社会基盤を築いてきた一大宗教である。

 女神アルミエラを唯一神とし、それ以外の宗教を一切認めない排他的な宗教だが信仰する者は多い。過去には人間以外の人類を認めない宗教もあったがアルミエラ教にはそんな教えも無く、極めて抽象的に人類皆兄弟である事を教えの第一に掲げてきた。

 しかしながらそんなアルミエラ教でも絶対悪と断ずる物がある。────魔物の存在だ。

 アルミエラ教の起こりとしては女神アルミエラが一人の人間に神託を授けたところから始まる。当時の魔物は今よりずっと凶暴で、人々は気紛れに振り撒かれる彼らの暴威に怯えていた。そんな鬱屈した世の中を救うためにアルミエラは聖なる白い魔法をその人間に授けたのだ。他のどんな人間でも再現できないそれは魔物への特攻性能を持ち、その神々しさから聖魔法と名付けられるに至った。現在では子孫とされる者がそれを受け継ぎ一つの国家としてガレア大陸列強の一つにその名を連ねている。

 この"白"という色が重要なのだ。アルミエラ教において聖魔法を表すその色は当然ながら神聖視されている。宗教的な意味合いで様々な祭事に用いられるそれは、いたずらに纏うことを許されない代物である。当然ながら髪を染め上げ白髪にすることなんて罰当たりどころの話ではないのだ。


 そんな事をエルスディア王国騎士団副団長、トマリ・マクニエルは目の前の人とも魔物とも付かない存在に語った。表情こそ平静を保ってはいるが内心ではここからいの一番に逃げ出したい一心である。後方に控えた部下は表情を取り繕うことすら叶わぬようで蒼い顔をガタガタと震えさせていた。


「それは、私に対して何の意味がある?」

「…貴殿の処遇に関する事ではあります」


 ふむ、と思案顔の女性。彼が対峙しているその女は傍から見れば絶世の美女であった。

 白髪に赤目。通常では存在し得ない組み合わせである。赤目といえば姿形が共通していない魔物達の特徴の中で唯一共通する特徴でもある。白い簡素なワンピースを着ておりそれだけ見ればさる貴族の令嬢と見えなくもないが、背負った黒い巨剣がそのアンバランスさに拍車をかけていた。


「私がなぜここにいるか、伝承か何かで分かってはいるだろう?どんな処遇だろうとここから動くことは無いぞ」


 本来相容れないはずの色合いをした女───曰く、"魔人"と伝えられる超越者は興味無さげにそう呟いたのだった。










 アカン。

 久しぶりに人間に出会えて最初に思ったのがこれだ。なんかめっちゃ怯えられてる。

 よくあるテンプレ転生物のように異世界へチート転生出来たはいいが自称女神とやらに「強くしすぎたから最低限魔力の制御が出来るまで山から出ちゃダメよ?」とよく分からん制約を縛りつけられ早数百年。

 いや、年の数えようが無いから数百年というのは体感だが時々かち合う人間が何度か世代交代進んでるっぽいから間違いではないだろう。多分。

 最初の数年は、変に山にこもる人がいるという程度の認識で割りと普通に交流出来てたと思う。しかし、恐らくエルフと思われる耳長の集団がよく分からん難癖付けてきた上にこっちに危害を加えてその対応を誤ったのが運のツキ。始めは適当に剣を振り回して威嚇する程度に留めておこうと思ったのに相手が呪文唱えて魔法っぽい事してきたからこっちもテンション上がって似たような事出来ないかなと魔力を適当にぶっ放したら蜘蛛の子散らすように逃げやがった。更にその光景が伝聞で人間たちにも伝わったらしくめでたく私は化け物扱いである。とりあえず魔力攻撃はご法度と学習した。南無。

 余計に困るのが私の話し方だ。あの自称クソ女神、「見た目と中身のギャップって素敵じゃない?」とか抜かして強制的に私の口調を固定しやがった。同じ理由で男だった私をTSさせるあたりあの自称女神、大分こじらせてる。話が脱線しかけたがこの高圧的な、如何にもと言った厨二臭い口調のせいで伝えたい事にフィルターがかかるのだ。勘違い誘発剤である。そしていつぞやに付いた異名が「天座す魔人」だ。これまた厨二臭くて気恥ずかしい思いだ。なんだ「天」って。確かにこの山エベレスト並みに高いと思うけど。

 本当なら山から出たいのだが転生してきた直後にこの山に放り出された私はちょっと外見るくらいなら、と軽い気持ちで麓に行こうとしたところ突然の激痛に意識を失い気付いたら山の頂上まで飛ばされていた。十中八九あのクソ女神の仕業である。やつの言う通り魔力制御が及第点に達するまで外の世界はお預けなのだろう。

 まぁ、そんなこんなで時が経ち唐突に現れたイケメン騎士とその子分。どうやら麓の村人たちが頑張って私の存在を眉唾だと隠してたっぽいがイケメン騎士は引っ掛からなかったらしくしっかり調査してくれた上で会いにきてくれたらしい。流石イケメン。中身までイケメンか。仕事出来るイケメンっていいよねって思ったけど何か語った内容が危うい。アルミエラ教ってなんだよ、知らねーよ。私はどうやら二律背反みたいな存在っぽいがどのみち山から降りられないんだから意味無いでしょ────。


 ────今のあなたなら問題無いわよ?


「…は?」










 北の山脈に潜むとされる"魔人"について調査せよ。

 騎士としての実力を示したいトマリ・マクニエルにとってこれは断れる任務ではなかった。そも、王命であるなら断りようが無いのだが。

 トマリはマクニエル伯爵家の三男である。長男は家を継ぐ事が当然だし次男も城の役人として職が決まっていたためにトマリの立場は微妙な物であった。いつまでも家の脛を齧ってはいられないのは当然でとりあえず食い扶持に困らない生活を求めた結果、騎士として仕官するに至りそこそこの家の後ろ楯と人当たりの良さで副団長としての立場を獲得した。

 しかしながらこの国において騎士というのは微妙な立場である。貿易を中心に国益を稼ぐこの国は下手な兵力を持つと列強諸国を刺激する恐れがあるため持っている兵力は精々港の警邏隊程度の物。特別、実力者でもないトマリが副団長という地位に付けたのはこういう環境による物だった。最も、騎士団長である彼の上司は度々この国に見合わないと噂される実力者なのだが。

 とにかくどこへ行っても微妙な立ち位置ばかりになるトマリは適当な手柄を欲していた。歴史に名を残す英雄へ、なんてのはどうでもいい。そんな青さは団長と相対した時に一瞬でへし折られた。

 今はとにかく"自分"を誰かに認めてほしい。トマリの胸中はそれでいっぱいだった。

 しかしながら自分は早まったかもしれない、とトマリは魔人と出会ってそう思う。自分より格上の人間、というのは騎士団長も含めて知ってはいるがこんな感情を感じさせない存在ではなかった。彼らはまだ王国の騎士として、部下としてトマリを見ていたが()()()違う。…完全に誰も見ていなかった。

 やもすれば彼女の逆鱗に触れてしまったかもしれない。拒絶の言葉を向けられたトマリは慌てて弁明しようとし───。


「…そういうことか」

「ッ!?」

「前言を撤回するようで悪いが山を降りても問題無い」

「そ、そうですか」

「要するにそちらの王に会えばいいのだろう?」

「そうです。陛下が貴殿に謁見するように呼び掛けておりまして、その───」

「話したいならそちらが出向いてこい、と言いたいが国王がそう簡単に動けるはず無いものな。うん」

「おお…。では王都に向かって頂けると?」

「そのつもりだが条件がある」

「…条件ですか。どのような?」

「私は外の世界をろくに知らん。よって体の良い説明役が欲しい」

「それでしたら、こちらで侍従を設けますので────」

「貴様だ」

「はい?」

「貴様が良いと言っている。名は…特に知らんがとりあえず私の物になれ」


 トマリは予感する。自分は詰んだ、と。

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