懺悔室の神父さん Ⅲ
懺悔とは、過去の過ちに気が付いた者が神仏に告白する行為。
この小さな港町で、私は四十年以上、人々の懺悔を聞いてきた。可愛い懺悔から世界を巻き込むトンデモ懺悔まで、様々な物を。
そして本日、また一人……私の元へと懺悔にくる人間が。
「では……迷える子羊よ。己の罪を告白なさい」
私はお決まりのセリフを。すると薄い壁で隔たれた隣の空間から、深い溜息が聞こえてきた。
「神父様……私はとんでもない事をしてしまいました……」
ちなみに、今懺悔を始めた人物は燕尾服の老人。私と同じくらいの年齢で、とある貴族に代々執事として仕えているという。この港町に燕尾服で来られた時には驚いたが、老人の印象は……どこか寂し気だと感じた。まるで妻に先立たれた夫のような……。
そんな老人執事はとんでもない事をしてしまったという。
私は少し間を置き、老人を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で詳細を尋ねる。
「一体……どうされたのですか?」
「……実は、私には孫が居るのですが……今年で十八になる男の子の孫です」
思わず背筋が震える。今年で十八。まさかとは思うが……あの適当な神様が生み出した転生者では……。
「その孫は昔から頭が良く、わずか九歳で……我が主に執事長として認められたのです」
「……その執事長と言うのは、本来ならばどの程度の年齢で任せられる物なのですか?」
「そうですな……私の場合は父が亡くなって、やっと認められましたから……五十かそこらでした」
成程。もう確実だ。その孫は……確実に適当な神様によって生み出された転生者だ。
しかし才能溢れる孫に恵まれたのだ。それはそれでいい気もする。転生者と言っても、皆が皆……あの姫君のようにトンデモな存在ではないのだ。
「それで……そのお孫さんに何か問題でも?」
「えぇ……頭のいい孫ですが、妙に女々しいというか……見た目もどちらかと言うと女性に近いのです。あぁ、その前に……私の息子についてもお話せねばなりません」
息子……つまりはその孫の父親と言う事か。先程の話からすると、本来執事長となるべきは……その息子の方だろう。しかしその息子を飛び越え、孫が執事長として認められてしまった。ここまで来ると話も見えてくる。つまりこの老人の息子は、自分の息子の才能に嫉妬したのだ。それで何か問題が起きたのだろう。いつの世も、息子の才能を認めたがらない人間はまま居る。
「私の息子は執事にはあまり向いてませんでした。しかし昔から将来は魔工師になると言っていたので、私はそれでいいとも思っていました。ですが代々受け継がれた血に抗えず、息子も執事として生きる事になったのです。嫁を迎え、子供も生まれ……息子は夢を諦めましたが、それなりに幸せに暮らしていました」
しかし……その息子は転生者だったという事か。
「息子の子供……私の孫ですが、その子はわずか五歳で執事として働くようになり、勉強熱心ですぐに頭角を現しました。最初は息子も喜んでいました。それはそうでしょう、自分の息子が優秀だったのですから。しかし、優秀すぎたのです。すぐに我が主にも気にいられ、わずか九歳で執事長として認められる程に」
「それで……息子さんが、そのお孫さんの才能に嫉妬したと……」
「おっしゃる通りです。息子は面白くなかったのでしょう。息子は自分の子の才能に嫉妬し……陰湿な嫌がらせを始めたのです」
わずか九歳の自分の子供に嫌がらせ……。それは器が知れるという物だ……と、言いたい所だが転生者の存在を知る私からしてみれば、仕方のない事なのかもしれない。
「なんと息子は……孫を娘として扱い始めたのです。燕尾服では無くメイド服を着せ、下着まで女物に。そして更には、夫となる同年代の男児を許嫁として迎えました」
……あ? いやいやいやいや、そんな嫌がらせは可能なのか? 絶対周りは不審がるだろう。というか、執事として仕えている主が許す筈がない。
「……その嫌がらせに対し、貴方の主は何と?」
「もう滅茶苦茶喜んでました。喜びのあまり、息子へ特別ボーナスが支払われる程に」
……なんか話が見えなくなってきた。
「それで……どうなったのです?」
「息子はその特別ボーナスを受け取るや否や、妻と一緒に旅へ……もう恐らく帰ってこないでしょう。最近届いた文には、ザスタリス王国の魔工技師として成功したとかなんとか……」
な、なるほど。
まあ、かつての夢が叶って円満という事か。しかし肝心の……懺悔の内容が見えてこない。
この老人は最初、とんでもない事をしてしまったと言っていた。一体何を……
「それで……貴方は何か、とんでもない事をしてしまったと仰いましたが……何を?」
「……それは……あぁ、神父様……罪深き私を……神は許してくれるでしょうか」
まあ、大丈夫だろう。というか、あの適当な神様は……大抵の罪よりトンデモない罪犯してるからな。
「実は……我が主は大層、孫の事を気に入ってしまい、自分の後妻にすると言い出したのです。孫は今年で十八になり、息子の嫌がらせのせいで……その辺のお嬢様より余程美しく育ってしまいました。というか、我が主は今年で八十近くになる老人も老人です。そんな爺に孫を後妻として認めるなど、到底できません」
「それはそうでしょう……もしや、貴方は……」
まさか、この老人は……その主を殺めてしまったのか?
孫を後妻として迎えようとする、自分の主を。
「はい……私は……主に重しを付けてダーククロコダイルが住まう池へと沈めたのです」
うわぁ……予想以上にエグイ殺り方しおった……。
騎士団に通報した方がいいだろうか。し、しかし懺悔室で見聞きした内容を外に漏らすわけにも……。
「孫のため……と思い……いえ、孫を言い訳にしたに過ぎません。前々からパワハラも酷かったし……」
「ワニの巣に沈める前に誰かに相談すべきでしたな……まあ、過ぎた事を言っても仕方ありません」
「はい……神父様……」
さて、どうしよう。
まあ……ここは素直に自首するよう説得すべきだろう。
「ちなみに……殺ったのはいつの話ですか?」
「……ついさっきです……」
※
私は懺悔室から老人を引きずり出し、港町の漁師を連れて池まで案内させた。もしかしたら間に合うかもしれない。間に合わなかったとしても、まだ死んだ直後なら蘇生も可能な筈だ。たぶん。
「神父様……ダーククロコダイルは蒼炎等級の冒険者でも手こずる相手ですぜ……。漁師集めたところで……」
渋々、池まで付いてきた漁師の言葉は最もだ。しかしだからと言って……
「それに、重しつけて池に沈めたんだろ? もう溺れてるって」
「それはそうだが……なんとかならんか。網でワニをまとめて……とか……」
「中々無茶いうね、神父様。俺達が食われるだけだって」
っく……こんな時にバケモノ級の転生者が居れば……そう、サラスティア姫君のような……
「呼びました?」
「うほぉぁぁぁ!!」
その時、目の前に地味目なローブを羽織ったサラスティア姫君が!
「な、何故ここに?!」
「いえ、ちょっと忘れ物をして後藤に瞬間移動で送って貰ったんです。そしたら神父様が燕尾服の爺さん引きずってるのが見えたんで……何事かと」
ご、後藤? あぁ、たしか魔王の前世での名前だったな。しかしサラスティア姫君は港町から付いてきたのか。全然気づかんかった。
「こう見えてシーフのスキルも取ったんですよ。ところで少し話を盗み聞きしましたが……ようは、ワニ皆殺しにして誰かを助ければいいんですか?」
「ま、まあ……その通りですが……ワニ皆殺しは勘弁してあげてください。今回悪いのは人間側なんです、マジで」
「わかりました。任せてください」
そのままサラスティア姫君は着衣を脱ぎ捨て、下着姿に。私は年頃の漁師へ後ろを向け! と言いつつ、サラスティア姫君へと「申し訳ありません」と謝る。
「気にしないでください。神父様には感謝しているんです。神父様のアドバイス通り、アーライア姫君とウォーキングからダイエットを始めましたが……五キロも減ったんです」
「そ、それは……素晴らしい成果です」
あれは超適当に言ったんだが。
なんだか胸が締め付けられる。
「では行ってまいります。少し下がっていてください」
そのままサラスティア姫君は池に飛び込む。それから数秒後、悶絶したダーククロコダイルが陸へ次々と打ち上げられていく。相変わらずトンデモない。冒険者の中でも最上位の……金龍炎等級でも複数のダーククロコダイルと水中で戦うなど難しいだろう。
それから数分後、サラスティア姫君が意識を失った老人を担いで池の中から出てきた。なんと無傷だ。
「池の深い所に……沈んでいました……うぇ……。ワニはそこまで潜れなかったんでしょう……ゴホッ、ゲフッ!」
すると漁師の一人が驚愕する。ダーククロコダイルは相当深く潜れる筈だと。
まあ、この姫君なら何処までも潜れるだろう。元々トンデモないし……。
サラスティア姫君は老人を地面に寝かせ、そのまま……心臓を思い切り踏みつけた。
ってー! いやいやいやいやいや! ただでさえ老人なのに! もっと優しく蘇生を!
「ゲホッ! ゴッフォ!」
その時、勢いよく水を吐く老人!
なんと生きていた。素晴らしい生命力だ。
「ほぁ……ワシは……一体……はっ、そうじゃ! セバスチュアン! 奴だ! 奴が私を殺そうと……!」
セバスチュアン……そんな風に呼ばれていたのか、あの執事は。
私が引きずってきた老人執事、セバスチュアンは恐る恐る自分が殺ろうとした執事へと近づく。そのまま深々とお辞儀をしながら……
「申し訳ありませんでした……! 我が主よ! その歳で十八の孫を後妻に迎えるとか……ふざけんなよと思ってしまい……」
まあ、それは全くその通りだが、殺すのはやり過ぎだ。
他に道はある筈だ。
「誰が許すものかぁ! だれか! こやつをワニの餌に!」
その時、サラスティア姫君が首を傾げた。十八の孫と聞いて。
「神父様、そのお孫さんって……まさか……」
「……そのまさかです。恐らく……貴方と同じく転生者かと……」
するとサラスティア姫君は頷きつつ、陸に打ち上げられたダーククロコダイルの一匹を無理やり引っ張ってくる。心なしか……泣いてないか、ダーククロコダイル。
「食え」
なんとサラスティア姫君は、今自分が助けた老人を食えとワニへと命じた!
「ぎゃあぁぁ! な、なんで?! わ、ワシ悪くないし!」
「いや、なんとなく……神父様、どうしましょう。私としては、この爺さんが一番悪いように感じるのですが」
サラスティア姫君はどこまで知っているのだろうか。まるで全て見てきたかのようだ。
「ワ、ワシは何も悪くないぞ! 何もしてないし……な、なにもホントに……ホントに何もしてないし!」
おい、待て。
まさか……
「何かしたのですか? その……彼のお孫さんに」
私は懺悔に来た老人へと視線を送りながら、今にもダーククロコダイルに食われそうになっている爺へと尋問を開始する。サラスティア姫君もダーククロコダイルの鼻先へと座り、いつでも爺を食わせれるようにスタンバイ。
「な、なにも……何もしてないって言ってるだろ! っていうかアンタ一体誰……ってぎゃああああ!」
カプ、とダーククロコダイルが爺の小指を甘噛み。随分可愛いワニだ。既にサラスティア姫君にかなり懐いて……いや、忠実になっている。
「ずいばぜん……知り合いの魔導士に頼んで……モノホンの女子にしちゃいました……」
「な、なんですと?!」
何という事だ。あの適当な神様に転生させられ、そのあげくコチラの世界でも無理やり性別を変えられるなど……あってはならない。
その時、サラスティア姫君は空に手を翳し、そのまま黄金の剣を何処からか出現させる。
「神父様、私が切ってワニのご飯を作ります。いいですね」
「あ、いや……とりあえず、その転生者である彼の話を聞いてみてからでも……」
「お爺ちゃん! ご主人様!」
その時、いつのまにか私達の後方に一人のメイドが!
なんという展開だ。まさかこのメイドが例の孫か。
「お爺ちゃん! 一体何が……なんでこんな事に?!」
孫は祖父へと問い詰め、祖父は孫へと事態の説明をする。不当な扱いを受ける孫のために……いや、元々パワハラも酷かったと言ってたな。ともかく様々な理由で主人を殺そうとしたと。
「なんでそんな事……」
私は祖父のフォローを入れるわけでは無いが、孫へと無理やり女性にされて怒ってないのか? と尋ねる。すると孫は私へと行儀よくお辞儀しつつ
「神父様……実は……私はこの世界に来る前は女子高生だったのです。なのでぶっちゃっけ大して抵抗はありません。まあ、男の娘として過ごすのも楽しかったのですが……」
とりあえず満更でも無いと言う事か?
孫は主人を恨んでいる様子は無さそうだ。
さて、ならばこの場をどう収めようか。
ぶっちゃけ意味が分からん事になっている。ちょっと整理してみよう。
まず、祖父は主人を恨んでいる。その理由は孫を後妻にしたり無理やり性別を変えたり……
そして孫は主人を恨んではいない。転生前は女子だった事から、元の性別になっただけだと言ってくれている。しかしその本心は分からない。男の子として過ごすのも楽しいと言っていたくらいだし。
そして主人は……孫を後妻にしたあげく、性別を変えたりやりたい放題だ。
よし、主人が一番悪いと言う事にしておくか。正直面倒だ。
「あー……私は神では無いので裁く事は裁く事は出来ません。しかし二人の主人である貴方は少々横暴過ぎる気もします。ここは二人の意志を尊重する事をお勧めしますよ。またワニの池に沈められる事になれば……」
主人は未だにダーククロコダイルに小指を甘噛みされていた。そのまま涙ながらにコクコク頷いてくる。そこで初めてサラスティア姫君はダーククロコダイルに「よし」と言い、主人の小指を開放させる。
「も、もういい。二人とも好きにすればいい……ワシ、もう帰る……」
そのままトボトボと帰路につく主人。池に沈められて死にかけていたというのに徒歩で帰る気か。まあ元気そうでなによりだ。そして残された孫と祖父は……
「お爺ちゃん……実は私……転生者って言って、この世界に生まれる前は別の世界で暮らしてたの。そこでは私は女の子で……」
「……そうか、転生者か。今世界中で噂になってるアレか。まさかお前もそうだったなんて……」
約三千人の転生者。あの適当な神様によって世界に生み出された者達。しかしこの孫は比較的普通そうだ。サラスティア姫君や、あの魔王のように滅茶苦茶な存在では無いようだ。
「でも、この世界での家族はお爺ちゃんだから……ちゃんと私が老後の面倒も見るから!」
「いや……お前はお前で好きに行きなさい。それより……この世界はどうだ? 前に居た世界がどんなところか知らないが、この世界はお前にとって……どう映っているんだ?」
孫は少し寂し気な顔をしつつも、笑顔で祖父の言葉に答えた。
「前の世界でいきなり死んじゃったのはアレだけど……こっちの世界も楽しいよ。見た事の無い生き物が沢山居るし……実は私、前の世界では動物化学科っていう勉強してて……実は執事より動物の世話が好きだったり……」
「そうか……なら、そうするといい。私の世話など考えなくていい。新しい就職先は……そうだな、神父様にでも相談するさ」
なんかサラっと職業案内を申し込まれた。まあいいか。港町は今大きくなりつつある。どこも引く手数多だろう。
その時、サラスティア姫君は何やら閃いたようで……
「キミキミ、じゃあダーククロコダイルのテイミング権あげる。とりあえずコイツラ全部指示に従うから」
「……へ? あ、貴方も転生者ですか?!」
「如何にも。俺は進学科の川瀬、現在はトルカスタ王国第三王女、サラスティアだ」
「サラスティアって……あの悪女と名高い……? まあ、なんとなく転生者なんだろうなーとは思ってましたけど……。ぁ、私は動物化学科の百瀬です。現在はグランドレア公国のメイド、アルサです」
サラスティア姫君は手の平をアルサへと掲げると、そのまま青色に輝く玉を出現させる。
「これを体内に入れとけば、ここに居るダーククロコダイルは皆指示に従うから。ちなみにこの数をテイミングしたのはこの世界で俺が初だと思う」
また滅茶苦茶な……
「あ、ありがとうございます……ありがたく頂戴いたします。この子達の世話は私がちゃんとしますので!」
「礼には及ばぬ。では俺はこれで」
※
それから数日後、この港町に妙な用心棒が誕生した。数十匹のダーククロコダイルを意のままに操るシスター。その噂は他の集落や町へも広がり、この港町はその辺の国々よりも余程鉄壁の守りだと人々が集まってきている。
ちなみにそのシスターとは、あの孫だ。私の教会を拠点にし、現在彼女はシスターとして町を警備している。何故にシスターが町を警備するのかは分からないが、恐らく彼女が居た世界ではそうだったのだろう。
また人騒がせな転生者が増えた気もしないでもないが、今この港町はかつて無いほど賑わっていた。
私の静かな生活は……しばらくの間はお預けという事か。