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第3話「救いの素質」

ヒーローとは社会の味方だ。ヴィランとは社会の敵だ。一般的にもこの二つはお互いに争っている。たまに共闘したりもするが、基本的にはとても相容れない。だからこそ、ヒーローとヴィランに分かれているわけだが、どちらも超常的な能力をもつ者では同じだ。


普通の人間ではないのだ。では、普通の人たちの社会を、なぜ、普通ではないヒーローやヴィランに好き勝手されなければいけない。そんな理由はどこにもない。ヒーローに求める必要はない。ヴィランに怯える必要はない。立ち向かい戦うことこそが、本当にやるべきことだったのだ。


少なくとも私はーーそう信じている。


人間が、自力で立ち上がれることをだ。今までそうであったのに、ヒーローが現れたから、ヴィランが現れたから、早々に捨てていいものではないはずだ。


幸せは、普通の人に任せよう。


それが私の目的だ。リトルウィッチにやってほしいことだ。ヒーローでもヴィランでもない、どこにでもいる人々が、立ち上がり戦える意思をもつことを。


「少年。人に頼む前にまず自分の足で立たなければいけませんよ」

「うっせー!ケチッ!クソジジィー!ペドフィリアー!!」


公園で少年ーー小学生で低学年くらいーーにスネを蹴られた。彼は馬鹿という言葉を連呼しながら、補助輪付きの自転車を漕ぎだし去っていった。


「お父様、あのクソガキ殺しますか」


リトルウィッチに拳を落とした。ほんの軽くだ。彼女は車椅子の上で身動き一つできないが、それでも痛みで眉間に皺がよる。痛覚も幸か不幸か回復させていた。軽くは叩いてはいないので、痛いのは当然だ。


「聡明な娘、今のは、あまりにふざけすぎている言葉だったぞ」

「……お許しを、お父様」


リトルウィッチは車椅子の上に座っている。手足がないのは人目を余計に引いてしまうということで、人形の手足が付けられている。見ためだけの飾りだ。彼女は歩けない、手を伸ばせない。やろうと思えば、新しい手足を用意できるが、彼女は視覚と聴覚だけを機械で補助している。見て、聞ける。それだけで満足なのだそうだ。


私は、リトルウィッチの車椅子を押した。動力付にもできるが、彼女を1人にはできない。拾ったのなら、死ぬその時まで面倒を見よう。リトルウィッチは娘なのだ。そこに嘘の心はなかった。


「一々気にかける相手ではない」


不満そうなリトルウィッチに、私は別の話題を振ることにした。女性が言葉にせず飲み込むときは、見て見ないフリをするべきではない、経験則だ。


「リトルウィッチ。ヒーローとヴィランの違いがわかるか?」

「はい、お父様。正義の味方か、正義の敵ですよね」

「リトルウィッチ、君はいつも正しい。正しいが、正しい答えばかりが答えではないよ、リトルウィッチ」

「お父様、どういうことでしょうか?」


私は例え話をした。


「狭義のヒーローは、最近になった増えた。ではヒーローと対になるヴィランはいつからいるのか。悪はそれまで潰えていたのか。あるいはヒーローではないものが、悪を討てず暗黒の時代が、ヒーローが生まれるまで続いていたのだろうか」


私は首を振った。


「特別なヒーローは必要ないのだ。どこにでも悪はいて、どこにでも善がいる。そこにわざわざ、狭義のヒーローや狭義のヴィランを入れる必要はないのだ」


私は言った。


「そして今ーー世界はヒーローを支持し、ヴィランを憎み、そして自らの手と足の振り場を失っている」


リトルウィッチの車椅子を押した。ここは磯風で体が冷えすぎる。


「立てるのに立たないこと、力があるのに力を使わないことは、やる悪よりもやらない善のほうが邪悪だ」


だから、と私はどこまでも平らに話す。


「ーー人々が立たなければいけない。立つための用意をしよう」

「私みたいな、ですか」

「そうだ。リトルウィッチ、君はどこまでも普通で、そして誰よりも劣っている。君が立てるとき、他の誰もが立てることの証明だ」


車椅子のグリップを握る手に力がこもった。クオンタムマンと戦わせた。ネフィリムのゴ族とも戦わせた。力のなかった、いやむしろ誰よりも弱者であるはずの『守護対象』を最前線に投入したのだ。


そこに一切の後悔はない。


「ヒーローは全ての人間を救う。だが救われるだけであれば、ヒーローである必要がない。世界を平和にしたいのであれば、悪を討つのではなく、人々に立ち向かわせる団結こそが必要だ。ヒーローにそれはない。それはなかった。彼らはヴィランを倒すだけの手段でしかない」


ならばこそ、人が切り開くのだと、改めて教えなければならない。かつての先人がそうしてきたように、これからの者がそうするであるように。そしてそれは私でなくてもよいのだ。


「お父様はむつかしいことばかりを話しますよね」


くすり、とリトルウィッチは笑う。上手く微笑みを作れず、頰がひきつっているようにしか見えなかった。


「リトルウィッチの体の再生も進めないとな。戦ってくれている正当な対価だ」

「聞いたときは驚きましたよ?この体でも再生できるなんて。でも希望をもてました。この体だと、赤ちゃんを産むことも、赤ちゃんを抱きしめることもありませんから」

「赤ん坊が欲しいのか?」

「お父様、知らないのですか?女の子はみんな、人形遊びから赤ちゃんとの接し方を学んでいくんです。あるいは、うんちですか」


私は眉間に皺を寄せてしまった。


「うんちと何の関係がある」

「幼子がうんちを連呼する理由に、我が子だと思っているという説があるのです」

「うんちがか……」

「うんちが、です」


本当か信じきれなかった。だが少なくとも、リトルウィッチが信じるものだろう。彼女が嘘をついたときは、直後に必ず「冗談です」か「ジョークです」と言われるからだ。


「それでは私は、世のうんちも立ち上がらせなければいけないな」

「うんち帝国ですか」

「……この話はやめよう。年頃の乙女が排泄物を連呼するものではない」

「あら、お父様に乙女なんて言われると、その、照れてしまいますね」


車椅子のタイヤが回るたびに、きー、きー、と音を鳴らした。油でもさしてやるか。リトルウィッチの車椅子の整備も私の仕事だ。


「もしーー」


リトルウィッチから口を開く。珍しいな。私は耳を傾けた。


「ーー自由に歩けるようになって、表情を作れて、クレープを私の手でとれて、この口で美味しいものを食べられて、そしてその味がわかるようになったり、そんな普通くらいの感覚をもてたらーー」


前提が多いな。


「ーー一緒にどこか旅行に連れていってください。場所はどこでも……ただ、歩いたりして疲れなくて、肌で感じる空気が気持ちの良いところがいいです」


返事は決まっていた。長い道になるのだ。リトルウィッチなら、私よりも先に戻れるだろう。そのときには、最後まで面倒を見る。


「月でいいか?」

「お父様はときどき意地悪です。そういうところは嫌いです」

ざっくりと、これで完結にさせました。言いたいことがあった、それを実行させてしまっている。あとは、戦い続けるだけですから。

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