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第1話「リトルウィッチ」

「いけるか、リトルウィッチ?」


私は、小さな幼女に訊く。残酷な質問だとは考えないことにしていた。それでもふと、考えてしまうこの言葉の意味を、雑念として振り払った。


リトルウィッチのあるべき四肢は全て失われていて、代わりに機械が接続されている。それは大型戦闘スーツと直接に神経回路を繋いでいた。彼女の純粋で無垢な翡翠の瞳がこちらを見ている。だが、見えるはずがないのだ。聞こえるはずがないのだ。彼女は目も耳も失っているのだから。それどころか、あらゆる感覚を感じられない。風が肌を撫でるのも、暖かな日の光を感じることも、抱きしめられる愛も……。


しかし、リトルウィッチは答えた。戦闘スーツに接続されている間だけ、彼女は人間に帰れるからだ。


戦闘スーツが痙攣するように、あるいは世界に新しく産まれた感激で震えた。腕が動き、足が動き、そして何より世界を見て感じられるのだ。リトルウィッチは産まれなおした。


「大丈夫。大丈夫だよ、お父様」


お父様、か。白衣を羽織る自分が、そう言われると偽物であることが際立つ気がする。見せかけだけのお父様、白衣を着ているだけで博士になりきっているだけの男。だがーー成らなければいけないのだ。ならば、なるのだ……!


「リトルウィッチ、愛しの、そして最初の娘。戦いの刻がきた。ついにきたんだ。リトルウィッチ、戦えるか?」

「お父様と、お父様たちの考えは正直まだわからない。それでもね、私はお父様のためになりたいって思うんだ。戦う理由なんてーー」


リトルウィッチは立ちあがる。巨大な体がハンガーの天井を破壊した。トレーラーのコンテナを改造しただけの、しかし鋼鉄でできたそれは、濡れた紙よりも容易く引き裂かれ、リトルウィッチを外の空気に触れさせた。


「ーーこれから見つける!ヒーローをぶっ倒してくるよ!お前たちが救わなかった命が、悪にこそ救われているって見せつけてくる」


リトルウィッチは全身に取りつけられたイオンクラフトを使ってイオン風を発生させる。大気が分解される匂いが鼻につきながら、イオンの暴風が白衣をはためかせた。


「……」


娘が、リトルウィッチがいく。彼女は戦うだろう。死ぬまで戦うだろう。そしてそれは、『悪の側』としてだ。嘆かない、悲しまない、そう決めたのだから、そうあるべきなのだ。


私は仲間たちに合図をだす。リトルウィッチに刻が来たように、我々にも刻は来ているのだ。リトルウィッチが飛びたったものとは別の車両の一台である、指揮車両に踵を返した。指揮車両には大きな通信能力と、同時に多数の情報を処理する能力がある。戦闘のモニタリングを開始した。


モニターに映しだされているのは、ヒーローが、銀行強盗を警察の代わりに捕まえようとしている映像だ。私たちと強盗に関係はない。まったくの偶然だ。偶然ではあるが、最善のタイミングだった。


「アンラッキー博士、ヒーローとの接触まで1分ありません」

「落ち着け。訓練通りに、私たちの娘を補佐しろ。UAVの展開と電波ジャックは?」

「電波ジャック、想定よりも28%状況が低いです」

「原因は?」

「おそらく、銀行がドローン対策に投入したジャミング装置が原因と考えられますが、正確にはわかりません」

「よろしい。想定内だ。他の2両にもジャミングをさせる。諸君、10分だ。10分間、完全に通信を支配するぞ」


ヒーローは、まだ最近現れだしたばかりの駆けだしだ。フードにマスクで素性を隠しているだけの粗末な装備だが、身体能力は高い。自称ではクオンタムマンを名乗っている。肉体を量子レベルに分解、そして再構成する能力だ。


クオンタムマンは、強盗からライフル弾を浴びせかけられるが、肉体を量子分解することで回避する。そして強盗の目の前で再構成した拳で、強盗の覆面を被る顎を殴り宙に浮かせる。


強盗は重装備だ。警察の重武装チームは元より、軍隊にも対抗できそうな重装備だ。軍用の装輪装甲車両で銀行へ突っ込み、乗り込んでいた強盗は、全身を装甲スーツで固め、しかし動きが素早いところを見るに、なんらかのパワードスーツあるいは倍力機構まで付けているのだろう。頭部にはHMDの防弾ゴーグル。火器は背中の弾薬箱とチェーンリンクした軽機関銃だ。……重武装すぎる。軍隊の歩兵でもここまでは……。


だがクオンタムマンは、なんら問題としている素振りも見せずに強盗を次々と戦闘不能としていく。軽機関銃から吐きだされるライフル弾に恐怖の欠片も湧かないらしい。


装甲車両を出ていた強盗は瞬く間に駆逐され、制圧された。残るは装甲車両の乗員だが、彼らは直接クオンタムマンを轢殺したいようだ。何百馬力、何十トンの質量がクオンタムマンを襲ったが、クオンタムマンはもう一度体を分解して消えた。ーーおそらくは装甲車両の中で実体化したのだろう。装甲車両の中で絶叫が木霊したのち、ハッチから逃げようとした強盗が、内側へと引きずりこまれ、出てくることはなかった。


「リトルウィッチ触接します」

「始まるぞ。ーー今日今この瞬間より、リトルウィッチ計画は始動する」


強盗を完全に制圧したクオンタムマンは、強盗によって人質にされていた銀行員や客から歓声を浴びていた。栄光の勝利。平和の希望。市民たちの英雄。ヒーローだ。


ヒーローであるクオンタムマンは、人助けを終えて、満漢の拍手と感謝を背に去ろうと量子化して、去ろうとしてーー


「リトルウィッチ、接触しました」


ーー叩き落とされた。


「見つけたぞヒーロー、さようならだヒーロー、殺すぞヒーロー」


巨大なリトルウィッチが、鋼鉄の剛腕でクオンタムマンを叩き潰した。衝撃波が形成され、周囲の硝子窓が余波で粉砕された。まだだ、ヒーローはその程度では死なない、折れない。


リトルウィッチの拳と文明で舗装された道路に挟み込まれたクオンタムマンは、しかしそれでも2本の足で立ち、潰されることなく受けとめていた。


「けっこうなご挨拶だ。体の調子が悪いんだけど、おたくのだろう仕業ーー

「ーーふん!」


腕部変形、イオンクラフトの出力が瞬間的に上昇し、拳にさらなる加重をかけた。サンダーフィスト展開、ロッド状のパーツが展開してリトルウィッチの拳に雷が宿る。それは戦車でさえも、正面から撃破可能な衝撃力だ。


雷がほとばしる。あらゆるものが白に染めあげられ、一瞬の静寂……


「マイクカット!」


……そして雷鳴が轟いた。聞くもの全ての鼓膜を破壊するほどの、大気の衝撃波だ。金属さえも溶かす電力と、内臓をミキサーにかける空気の衝撃波の合わせ技がクオンタムマンを襲ったのだ。


クオンタムマンは生き残っていた。間一髪で、短距離だが量子テレポートに成功して躱したのだ。


「お、おっかねぇ……」

「やはりヒーロー、やはり殺す!」

「僕ちゃん、そんなに恨みを買うようなことしたっけ?ヒーローで人助けしかしたことないよ。ヴィランと間違えてない?」

「間違い?間違いだって!?」


リトルウィッチの火器システムが起動した。81mmオートモーター、多目的誘導砲弾がクオンタムマンに飛翔する。エアバーストしては数百の破片を撒き散らした。クオンタムマンは原始的な手段である2本の足でもって走る、走って逃げる。クオンタムマンが逃げるほどに、銀行を包囲していた警察車両や、そうでなくても一般車両や近隣の店を破片が引き裂いていった。


「卑怯だぞ!」


クオンタムマンが警察の、よく防弾処置が施されてトレーラーに身を隠したが、それは瞬く間に車体を削りとられ、窓から折れて高さが半分にまで詰められた。


「変更、多目的対戦車榴弾」


リトルウィッチが81mmオートモーターの弾を変えた。新たに撃ちだされた砲弾は、破片を撒くのではなく、着弾と同時に爆発の衝撃波で崩壊した金属板がまるで流体のように振る舞い強力な貫徹力をもつ棒となってーークオンタムマンが隠れるトレーラーを完全に撃ち抜いた。


「やばっ」


リトルウィッチのセンサーがクオンタムマンを正確にトレースする。


クオンタムマンは調査のかぎり、触れたものしか量子変換できない。テレポート能力のように、自在に物を転移はできない。触れられると一撃必殺の量子変換で破壊されるが所詮、その能力を制御しているのは生身の脳でしかない。


「スキルが思うようにいかねー」


リトルウィッチは畳み掛ける。特殊燃料を磁気ポンプで高速放射した。ヘルナパーム。気化したヘルナパームは自然発火し、周囲一帯を青い炎で焼き尽くした。熱だけであらゆるものを溶断していく。金属も硝子も一切の区別なく半ば蒸発させ、そうでなければ黒い煤と消し炭の塊に変えてしまった。


勝ったかはわからない。だが、時間切れだ。


「リトルウィッチ、引き揚げるぞ」

「お父様!もう少しだけお時間をくださいませ。ヒーローの首を、確認だけ、確認する時間をください」

「リトルウィッチ」

「…………はい。いえ、わかりました。わがままを言ってもうしわけありません」


リトルウィッチが撤収するのを確認した。残されたのは、破壊され、焼き尽くされ、平和だったものの残骸だけだ。


私は誰でもないものに向かって話しかけていた。

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