届かぬ努力
「神代よぉ、ここ教えてくれよ」
澤田 幻太郎、理系の癖して得意教科は日本史、理系アッパーであるうちのクラスで唯一日本史選択だ。
「それはさ、θを何倍かしてしまえば、簡単な値に変わるはずだよ」
僕の高校生活も、早くも2年生の5月半ばまで来てしまっていた。
「なるほど、なのか?ダメだ、ん?!いやわかったぞ!あってんのかなぁ」
このクラスに来てからもう1ヶ月以上たったわけで、僕もいい加減なれ、いや溶け込んできたとは思うんだけど。
正直変に目立たないように、1年生の間はとにかく大人しくしていたんだが、結局、どんなふうに振る舞えばいいのかは、未だわかっていない。
「翔祐は数学できたっけ」
「あぁ、微妙かな、出来ないことも無いけど、英語ほどではない」
岸 翔祐、元ゴミ屋敷の家主。あれからは綺麗にしているようだが、たまに心配になる。聞いた話だと、小学校の頃に一時期オーストラリアに住んでいたらしく英語が得意だそうだ。
一人暮らししている理由も納得出来る。
にしても、あれから1ヶ月が早かった。1年間でかなり感じたけど、時間が過ぎるのがこのごろ早い。何事もなく平和に1ヶ月、一瞬の出来事と言わんばかりのスピードで過ぎ去って行った。
特に目立つこともしておらず、万引き中学生を止めた程度しかしていない。にしてもなんで万引きなんてするんだか、よっぽどお腹が減っていたのか、食パンを盗もうとしていた。罪と罰のバランスが取れていなさすぎる。
「まぁ俺なんかより、式谷さんに期待してくれよ、うちのエースだからよ」
「嬉しいですけど、人任せにしないでください岸さん、あなたも頑張るんです」
今週末、 県内の高校で一斉模試がある。勿論目標はトップ、でなければ五等星は倒せない。
アイツらを全員倒して、僕がリーダーだと証明する。
この1年、とにかくもがき苦しみながら勉強してきた。勝つために。
「ご、ごめん。じゃあさ実、幻太郎、式谷さんも、放課後図書館で勉強しようぜ」
「いいな、いこうよ神代」
* * * * * *
「南方、週末模試だってよ」
「えぇ、だるいなぁ。俺、模試嫌いなんだよ」
面倒臭い、なんで休日を潰されなきゃいけないんだ、平日にやれよ。
どうせやっても意味ないしな。
* * * * * *
「実さんは、なんで理系を選んだんですか」
「何故って、まぁ、なんとなくだよ。これからの社会理系の方が必要とされるし、理系の方が頭いいみたいな風潮あるし、別にどっちでもよかったんだけどさ」
嘘、これは虚言だ。
本当はどうでもいい、別に理系の方が賢いなどと思っていない、必要とされるから理系、なわけあるか。
この学校に来たのも、理系を選んだのも、全部あいつが
金曜夜。遅くまで図書館で勉強した帰り道。
幸か不幸か、偶然か必然か、
目の前に、
「お久」
「何やってんだ」
「お前こそなにやってんの」
「別に」
「じゃぁ、明日も学校だから」
「まてよ、、」
周囲に騒音など一切なく、だが間合いを呼んだかのように、邪魔するように、救うように。
「痴漢」
「ほら、助けにいけよ、伝説」
ほんの一瞬。だが俺の中では数秒にわたって、目の前の男に、南方 涼晴に眼力を集中させてから、走り去った。
「おい痴漢、最低限の憎しみと、最大限の正義を持って、今から悪を殲滅する」
* * * * * *
「よし、最低限の基礎力と、最大限の応用力を持って、模試であいつを凌駕する。」
「気合い入ってんなあいつ」
「キャラ変わってねぇか神代」
「神代さん、頑張りましょう!」
一教科目、英語
これは戦争だ、模試という共通の相手を潰し合い、誰が1番獲物を獲得したか。
敵が俺たちに合わせるわけがない、当然己の武器や実力で倒せないこともある。
だが、少しでも、皮を剥ぎ、少しでもダメージを与えて、いずれ倒せるようになるまでは
「神代、こいつビクともしねぇぞ」
「てか、無駄に難しい単語使いすぎなんだよ。2年になってレベル上げやがったな」
その通りだ全く、僕も英語はさして得意じゃないのに。
「幻太郎、長文飛ばして英作にいけ、この間僕の参考書で勉強しただろ、お手本のような作文が出てる」
「翔祐、お前なら、この長文は読み解けるはずだ。難しい単語や文法に惑わされるな、ただ読んで内容を理解すればいい」
かく言う僕は読めてない
あれ?式谷いつの間にか駆除完了してる!?
2教科目、数学
「神代助けてくれ、確率に埋もれた」
「翔祐行くぞ、幻太郎、お前は全部数えてこい」
「実さん!もう倒したんですか」
「式谷、それ奇跡的に30度だから内積使って面積出るよ」
「え!でもこれ円の問題で」
「いいのいいの、解けりゃいいんだから」
3教科目、国語
分からない、意味不明、
死んだ父親の写真を母親が悲しそうに見つめていたのを思い出した祐介が康子をを抱きしめた、時の感情なんて知るかよ!
漢文だ漢文
「あれ翔祐、早いな」
「澤田に貰った銃弾打ち込んだら古文丸裸だよ」
「物騒だな、式谷を見ろ、薙刀1本で優雅に舞ってるよ」
止め、そう言われた時、やり切った感はあった。
でもまぁ、元々、勝てる気はしてなかったし。
勝つ気はある、努力もする。やった、した。
それでも、いざ問題を解くと毎回、勝てるビジョンが見えなくなる。
やつは、五等星最強南方涼晴は、僕が10分で解く問題を5分で解く。僕が解けない問題をいとも簡単に解く。
実力が違う。次元が違う。才能が、違う。
* * * * * *
「あの、実さん、どうでしたか」
「良かった顔に見える」
実さんの目は、絶望のそこにいるような、でもそれに慣れ切ってしまい、闇をも当然としているような、死んだ目をしていました。
「それは、その、」
「別にいいよ、いつもの事だし、負けるのも何回目だろな、笑えてくるよ」
蘇ったかと思えば、あの目です。
とっても怖い、実さんの、この目を見ると、動けなくなってしまいます。1度襲われかければ当然ですが、そうでなくても、多分。
「優來」
「ひぇっ?!は、はい」
いきなり、下の名前で、呼ばれたら誰でも驚きます!!実さんの口が、その後もゆっくりと音を発します。
何を言われるのでしょうか。
私も、実さんが元気を出してくれるのなら、多少恥ずかしくても、頑張れる、はずです。
「付き合って」
「はい!!」
「そうですよねぇ」
「どうした式谷、何故模試の結果を見た時よりも悲愴な表情なんだ」
この人は最悪です。
何が悪いって、一切悪びれていません。気づいてすらいません。こう見えて馬鹿です。
「実さん、国語が1番悪かったんじゃないんですか」
「何故わかる」
「日本語下手くそですから」
「…さらっと傷つくこと言うな、ごめん、なんか気に触ること言ったんだと思う。ちょっとイライラしてたから、僕、本当にごめん」
いつもはひたすらいい人に見える実さんですけど、こういう時には憎たらしく見えてしまいます。とりあえず謝られても許せるわけないじゃないですか。
「許しま、せん。」
「なんで」
実さんが、嫁が実家に帰ろうとしている時の旦那の悲惨な表情をしています。
なんだか、悪い気がしません。
「嫌です。そんなことよりどこに付き合えばいいんですか」
学校帰りに電車に乗せられて、『行きたい場所があるから、ちょっと付き合ってくれ』と言われました。
学校を2人で出る時、私がどれだけ緊張していたのか、どれだけドキドキしていたのかあなたに分かりますか!神代実さん。
電車を降りてしばらく歩かされました。ハイキングのように、小高い丘の上まで
「実さん、ここは」
「港山中、僕の母校」
「勝手に入っていいんですか」
「いいよ、卒業生だし、通り道っていえば問題ないよ。」
実さんは、普通に校門をくぐり、奥へと進んでいきます。
「待ってください」
私の中学よりも、遥かに大きい校舎を横目に、グラウンドの奥へと進みます。
立ち止まると、そこには二階建ての建物がありました。
「グラウンド使ってる運動部の部室兼倉庫、豪華二階建て、おいで」
建物の裏に回ると、前方にあった二階へと上る階段ではなく、屋上へと繋がる梯子がありました。
「ちょっと待ってください」
実さんは私を置いて梯子をそそくさ登って行ってしまいます。
「実さん、少しは待ってくださいよ、」
登り終えると、そこには、風になびかれて、とても涼し気な、見てるこっちも気持ちが良くなるような表情をした実さんがいました。
「わぁぁ!綺麗です」
立ち上がると、それはとにかく美しい海が広がっていました。
まだ梅雨も来ておらず、もう夕方というのに、まるで夏のように海は光を反射してキラキラと輝きを放ち、周囲の町をもキラキラと見せてくれます。
実さんがあんな表情になるのも納得で、止むことのない心地のいい潮風は、五感全てに表し用のない快楽を与えます。
一生このまま、そんなふうに思える素敵な場所で
「いい場所だろ」
「そうですね、いや、その、許しません」
つい心を緩めてしまいました。ダメですよ、この人は少し鈍感なところがあります。伝説じゃないんですか。
「駄目かぁ、まあ人に許してもらうのなんて、簡単なわけないよな」
「さすがになんか言ってくださいよ、聞こえてますかぁ?式谷さーーん」
「今海の声を聞いているので、神代さんに構ってられません」
「台詞、ちょっと痛々しいよ…まぁ忙しいなら仕方もない」
絶え間なく、風が私の元へとやってきて、ほんの一瞬で去っていく。
風は絶え間なくやってきて、僕の周りを通り過ぎる。
式谷の髪は靡きながら、恒星の光を反射する。見えてる海と同じように。
だから、いつもよりも元気が出やすい。景色だけじゃなく、連れてきてよかった。
「あれ?みのる、ゆらちゃん」
え?
「あ!咲良さん!どうしてここに、って、あれ、その人」
咲良さんの後ろに、見慣れない、いいえ、1度見た事のある高身長の男性が立っていました。
「久しぶりだな神代、あと式谷優來」
「お、お久しぶりです」
「お久しぶり村雨、こんな場所で会うとは奇遇だな。何しに来たんだ」
「私たちだって負け組よ、あんたと同じく、そっちのバカも偉くここに来たがってね。というか、私にも挨拶しなさいよ」
咲良さんが実さんの方に駆け寄ります。
結果、私の目の前にはその男の人だけ取り残されているのですが、
「黙れ篠崎、別に俺は来たがってなどいない。篠崎が来たがってたから着いてきただけだ」
「あれ?ちょっとまて、お久しぶりって、式谷、村雨のこと知ってるの」
「いえ、前に実さんを家まで運んでくださった」
「ああぁぁ!あれあんただったの?」
「え、お前だったの」
咲良さんが物凄い大声で叫びます。
「悪いか。というより、その時の分は貸しだぞ神代。」
「あぁはいはい返しますよ返しますよ」
やっぱり、実さんのお友達はみなさん変わっているようです。実さんもとても仲良さそうにしているのですが、独特の距離感で話していて、私からは奇妙に見えてしまいます。
「それで、どうだ負け犬気分は」
「いつも通りだよ、まぁ何回なっても慣れないんだけどな」
「当然だ。負けても何も感じないようでは、次に勝利する確率など毛頭ない。形容しがたい感情は、できれば味わいたくはないものだ。」
実さんと村雨さんは、そんな感じでずっと話しています。
「咲良さん、村雨さんってどんな人なんですか?」
「あいつ?村雨 清秀、うちの一番、五等星の2番手。医者の息子で顔もよく、まあいい物件。でも訳あり物件なのは、見ればわかるか」
咲良さんは溜息をつきながらそう言います。
「あはははぁ」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
そう言って、皆で校舎側まで戻った。
「私だって努力してます!」
「違う!いいか、王貞治も言ってるんだ。『努力は必ず報われるもの。もし報われない努力があるなら、それはまだ努力とはいえない』、お前のは努力とは言わないんだよ!努力は決して恥ずかしくない、サボってる暇があったら少しは努力しろ」
物凄くうるさい。鳴き声混じりの女の子の声と、大人の男の怒鳴り声が響き渡る。
「なんですか」
「あれは吹奏楽部だ、どうやら叱られているようだな」
「中学校にも吹奏楽部があるんですか、珍しいですね」と、式谷は言うけども、僕ら三人はあって当たり前の中学校で共に3年間過ごしているので共感できない。
「だからサボってません、少し休憩していただけです」
部活動はやっぱり大変だな、僕もやってたんだけどな。懐かしい。
「勝手に休憩するやつがあるか」
少女は自分より遥かに大きい成人の男に怒鳴られて、十分と言っていいほど恐怖している。それでも、言い淀むことなく真剣な表情で訴える。
それは当然、真実と判断できる。
「王貞治を汚すなよ」
「えぁ?なんだ君は、うちの生徒じゃないな、勝手に校舎に入るんじゃない」
ごめんなさい、でもね、僕、どっちかと言ったら、今は少女側なんだよ。
「うるさい、あんたこそ勝手に僕の母校に足を踏み入れないでくれるかな」
「なんだ、卒業生か。それにしてもなんだその口の利き方は、目上の人間に対して、いや、今は彼女と話をしているんだ、早く帰りなさい」
「何やってんの帰るわよみのる」
突然消えた僕を連れ戻しに、咲良が駆け寄ってきた。
「ごめん、邪魔しないで咲良。ねぇ君、そんなアホの言うこと気にしなくてもいいよ。いい?誰でも努力はする、頑張っても結果が出ない時は、少し努力が足りなかったか、ちょっとばかし運が悪かっただけだよ」
「さっきからなんなんだお前は!いいか、今は私が説教をしているんだ、見てわかるだろ。どこの馬鹿高校だ、まともなやつなら口を挟んできたりしないだろ。努力しない人間が努力を語るな。馬鹿なことを言う暇があったら、早く家に帰って少しでも勉強しろ」
周りから変人呼ばわりされる理由も、わからんではない。でもね、僕からしたら、この顔も知らない少女は、素敵な3年間を同じ中学で過ごす立派な後輩だ。
「いいか、あなたは僕じゃない。僕はあなたじゃないし、彼女でもない。君はそのアホじゃないし、僕じゃない。自分のことは自分が一番よくわかってる。人の努力なんて見えなくて当然だ。大切なのはそれを理解すること、彼女がどれだけ努力したかなんて、僕にもあなたにもわからないでしょ」
僕は年上が偉いとかそんな考え方は持たないけど、少しだけ長く生きた人間は、それだけ失敗も成功も多く経験している。
頑張って生きている後輩には、いい人生を送って欲しいから、残された学校生活を無駄にして欲しくないから、だから、僕の経験を伝えたい。
「俺に説教しているつもりか?」
「違いますよ。そこにいる彼女に、大事な僕の後輩に、間違っても諦めたりしないように大事なことを教えているんです」
「いいですか、死ぬほど努力しても叶わない目標だってある。1番落ち込むのは本人だ。そんな時に努力してないなんて言う奴があるか。人の努力は推し量れない。誰でも努力家で、全員が全員認められるわけじゃない。何度負けても挑むんだよ、次元が違っても、努力が足りなくても、自分が頑張ったと思うなら、また頑張れるはずだから」
「神代は別に、王貞治は否定していない。結局言いたい事は皆同じなのだ。ちなみにだが、女子中学生と成人男性を同列に見るのは危険ですよ。彼女が疲れたと言っているのは身体の休めというサインだ。吹奏楽は運動部以上に息をする。ようするに過呼吸になりかけてるわけです。少しオーバーにやりすぎているのでは。休憩をもう少し増やした方が、結果的には練習効率は良くなりますよ」
村雨が僕の隣に来てから、僕にも先生にも王貞治にも、そして少女にもフォローを入れる。
運がいいことに、僕には見方がいた。仲間がいた。とてもとても頼れる仲間たちがいた。今も、多分居る。
やっぱ優秀だな。
幼い頃から家庭内で得た知識により、大体の症状ならば目視で確認できる。中学の頃より医者の素質を発揮して、倒れた僕や病気の人を介抱していた。
流石、連合軍の衛生兵、村雨清秀だな。
あれ、何週間たったんだろう。
誠に申し訳ございまでした。