呼び名、刹那
3日、とか言いながら華麗に遅れてしまいました。先月から驚くべき悪運の連続で、とにかく時間に追われているのです。すみません。
久しぶりに呼ばれたが、まぁまぁ面白い家だな。相当ひどい、この家主、かなりやるな。にしてもコンロやシンクが可愛そうだ。綺麗にした暁には料理を作ってやるか。
そうだな、さば味噌とかいいかな。
「神代さん、なぜ電器屋さんによるんですか」
「なんでって、掃除機のパックを買わなきゃだから」
式谷さんは、何を言っているのかわからない、といった感じで首を傾げる。
遡ることものの15分前。龍海も含めて3人で、同じクラスの岸 翔祐のゴミ屋敷と貸した部屋を掃除していたのだが、掃除するには色々と物資が不足していたため僕と式谷さんの2人で、翔祐の家からすぐの駅前商店街買い出しに来た。
「家電屋に売ってるんだ、もしかして知らなかった」
「そ、そうでしたか、私、家事もしますし買い物にも行くんですけど」
式谷さんは顔を赤く染めて、わかりやすく恥ずかしがっている。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、考えてみれば、滅多に切れない上に、家では基本注文して届くような品がどこに売ってあるかなんて知らなくてもおかしくはない。そんなことないか?
* * * * * *
「龍海くん、で良かったよね」
「あぁ、横山龍海だ」
「そうか」
式谷さんと実が買い出しに行ってしまい、ここには俺と彼の二人きりだ。そもそも全く面識のなかった実が連れてきた友達、とても気まずい。
「ごめんな掃除なんてさせちまって、俺も家事覚えなきゃなぁ」
「別にいい、実に呼ばれたから来た。久しぶりに腕がなる汚さだ。それに、買い出しの分も使用した道具の分も、金は出してもらうから安心しろ」
お金を出すのは全く問題ないし、考えてみれば当然のことだけど、気まずい。
無視されていないのが救いだ、俺が話しかければ返答はしてくる。だからある意味、会話のキャッチボールには困らない。だがキャッチボールが短い。俺が投げて、投げ返されたら終わってしまう。
どうしようか、誰に対してもオープンに接するのは本当はコミュニケーション力が高くないからなんだけど。
俺が思うに、無言の状況を恐れない人こそ、本当にコミュニケーション力がある人間なんだ。俺みたいな一般的な人間はそれを我慢できないわけだ。
「実とは中学が同じなのか?」
「小学校も同じだった」
もう仲良くなれるまで我武者羅に話しかけよう。
「実って、どんなやつなんだ」
「何故そんなことを聞く」
「なんでって」
「聞かずとも、今から同じ教室で過ごすんだろ」
当然なんだろうけど、意外だった。今まで俺が投げかけた問いに対してロボットの様に答えていたのに、答えてくれなかった。
と思いきや突然
「変なやつだ、ほかの変なやつのことを変と思わないやつだ。みんなの中心、一緒にいて損は無い、仲良くしろ」
「は、はい」
なんか命令された、いやまぁ親しみやすそうだし仲良くはしたいけど。
* * * * * *
「これで生活用品は買い終わりましたでしょうか」
「あぁうん、あとは食材だね、龍海に買って来いって命令されちゃったよ」
神代さんはそう言って笑います。
「あれ、みのる?」
後ろから神代さんが声をかけられます。私にも聞き覚えのある声です。
「あ!優來ちゃんも」
「よお咲良、何やってんだ」
振り返ると、そこにいたのは篠崎 咲良さんでした。
「私はドライヤーが壊れたから買いに来たのよ、それよりあんた達こそなにやってんの、まさかデートじゃないでしょうね」
「ち、違います!」
思わず即座に否定してしまいました。
「色々あってさ、龍海に買い出し頼まれたんだよ」
即否定して、私が神代さんのことを嫌っていると誤解されてなければいいのですが。
「え、龍海、なんで咲良ちゃんも、どゆこと」
「えぇと、掃除をするのに、神代さん」
「ひったくりぃぃい」
え?!
私の言葉は女性の叫び声に遮られました。
どうやら通りの奥の方から聞こえるようです。
まて、捕まえろ
キャー
誰か警察に
通りにいた人々が皆騒ぎ出します。
どうやらこちらに向かってくるようです。
「神代さん!」
「どうした?」
神代さんは何事もないかのように平然としています。いや、マイペース過ぎます。ですがよく見ると咲良さんも驚いたり向こうを見つめていたりしますが、周りの人達と違い落ち着いています。
「捕まえないんですか?」
「無理だよ、多分刃物振り回してるんじゃない、人が避けていってるし、僕素手だし」
神代さんはそう言いながら、ポケットから携帯電話を取り出し、慣れた手つきで素早く操作して耳に当てます。
「神代さん!ひったくりが」
ひったくりが目の前を通り過ぎて行ってしまいました。本当に刃物を振り回していました。
「龍海、ひったくり、刹那」
相手は龍海さんのようですが、それだけ言って電話をしまってしまいました。
「式谷さんは咲良といて」
神代さんは言いながら持っていた荷物を私に渡します。そして道の端に詰めてくる人を掻き分けながら走って行ってしまいました。
気づけば、何故だが私も意外と落ち着いています。何故でしょう、周りに神代さんや咲良さんがいることで、落ち着いていられるのでしょうか。
「咲良さん!神代さんは素手でどうする気なんですか!危険です!」
前言撤回です、全く落ち着いていませんでした。
「大丈夫よ、龍海呼んでたでしょ」
ひったくりの足が遅くて助かった。全速力で追いかければ、余裕で追いつけるし追い越せる。
「待てよひったくり」
ひったくりの前に出て両手を広げたら、思った通り止まってくれた。
「どけ、刺すぞ」
指す気が無いわけじゃないだろうが、いきなり前に出てきたヤツを刺すのは躊躇ってくれたようだ。本気で人を殺す気なんてない奴は、瞬間的に躊躇してしまう。
「ちょっと待て、よく聞いてくれ」
久しぶりに見るなぁこの状況、やっぱり包丁怖い。恐怖で体が動かなくなりそうだ。
「今ならまだ引き返せる、ひったくりした上に刃物を振り回したりして、警察に行ったらどうなるか」
「うるせぇ、じゃあ逃げ切るしかねぇだろ」
なんでそうなるのかな、というか逃げ切れるわけないし、なんでそんなことも分からないんだか。
どいでもいいけど、僕の忠告を聞かなかったことは後悔してもらうよ。
次の瞬間、どこからともなく銃の弾丸のようなものが飛んできて、ひったくりの刃物を持っている方の腕に命中した。
来た。
さぁ実力行使を始めようか。
「今のがですか!?」
「そうそう、たつみはあれが得意なのよ」
やっと神代さんに追いついたと思ったら、その瞬間上の方から弾丸のようなものが降り注ぎ、神代さんと対峙していたひったくりの腕にクリーンヒットします。
「いってぇ、なんだ今の、何しやがった」
「安心しろ、柔らかい玉使ってっから怪我はしないよ」
「よく聞いとけよひったくり、最大限の憎しみと最低限の正義をもって、今から悪を殲滅する」
そう言うと、次に右手を高く上にあげました。
神代さんはその高くあげた右手の指を鳴らし、高い音が響き渡ります。
合わせるようにひったくりが神代さんに向けて走り始めます。
その刹那、いつの間にか全開に開いていた神代さんの手のひらに、なにか棒のようなものが飛んできました。
神代さんはそれをキャッチして、振りかざしました。あれは警棒でしょうか。
先程の弾丸と違って、大きいものだったので、飛んできた方向が見えました。
「あれは、横山さんですか」
「多分、ていうか毎度毎度なんであんな所にいるのあいつ」
岸さんのマンションから数軒隣のマンションの階段に、横山さんはいます。
何故あんな場所にいるのでしょう?いつの間に移動したのでしょうか。
ひったくりはもうなんの躊躇もありません。神代さんを完全に的と捉えて、自分が逃げ切るために倒しに行きます。
しかし、それをよんでいたように、神代さんは警棒で勢いよくひったくりの腕を叩きつけます。
ひったくりは思わず刃物を落として腕をつかみ呻きながら倒れ込みます。
「あぁあ、そんな物騒なもの振り回さなきゃ、痛い目見ずに済んだのにね」
神代さんは落ちた刃物を拾いあげようとします。
「グファ、、ゔぁゴホッ」
神代さんが拾い上げる前に、ひったくりが神代さんに懇親の一撃を食らわせました。
窮鼠が猫を噛んだ瞬間、神代さんは腹を抑えながら交代し、そして形勢が逆転しました。
「神代さん!」
しかし、神代さんの心配をするよりも先に、ひったくりは焦りながら刃物を拾い上げ、こちらに向かって来ます!
「優來ちゃん下がって」
咲良さんに強く押されて、私はバランスを崩しながら突き放されます。
「咲良さん!」
「キャッ」
「動くな小僧、誰だか知らねぇがイキリやがって」
咲良さんが、咲良さんが捕まってしまいました。
「てめぇ、可哀想に思ってりゃつけ上がりやがって、人質取るなんてとんだクズだな!」
「黙れ、立場がわかってないのか」
ひったくりの刃物が、咲良さんの首元ギリギリに添えられています。
どうしましょう、形勢逆転、咲良さんが一大事です。
神代さんも身動きが取れません。私では、どうにも
咲良さんは、私を守ってくれたのに、私は何もできません。
「そうだ、大人しくしろ、警察が来る前に俺は去るぜ」
ひったくりは、刃物を神代さんの方に突き出しながら言います、
その瞬間、またもや形勢が逆転しました。
「なんだっ」
いきなり、最初の時よりも速い弾丸が飛んできて、ひったくりの手から刃物を弾き飛ばしました。
「油断したなゴミクズ野郎」
ひったくりは慌てて刃物を拾い上げます。
「咲良さん!」
それによって咲良さんが解放されます。
「咲良さん、すみません、私のせいで、ごめんなさい」
思わず咲良さんの胸に飛び込んでしまいます。
「ちょ、泣かないの優來ちゃん、私は大丈夫だよ」
咲良さんはそう言って頭を撫でてくれます。
「なっ、割れてる」
「残念、今のは直接攻撃を目的としてないからな、普通に硬い玉使ってんだよ」
神代さんの方を見ると、ひったくりの手に握られている刃物の刃先が欠けています。
「恐怖、冷静さ、思考力、行動力、あと武器と仲間、戦闘中に一つでも欠けたら終わりだよ」
「クソガキがぁぁぁぁ」
ひったくりは叫びながら割れた刃物で、神代さんに襲い掛かります。
さっき見た展開です。
神代さんは容赦なくひったくりの腕を叩きつけ、さらに今回は
「学べよ、同じミスをするとか有り得ないぞゴミクズ」
以前見た冷徹な顔でひったくりの腹を蹴りあげます。
「女性に凶器をむけるようなやつはこの街にはいらない」
「やめろ、やめてく」
「トゥートゥルトゥートゥル」
神代さんが倒れ込むひったくりの顔面を切りつけようとした時、懐かしい一昔前の電子音が響きわたりました。
「了解」
神代さんは、それだけ言って携帯をしまうと、こっちに向かってきます。
もう怖い顔はしていません。
「神代さん」
「咲良!ごめん、傷ないか、大丈夫か、怖くなかったか、変なところ触られてないか、俺のせいだ、ごめん」
神代さんは一目散に咲良さんに抱きついて、怒涛のスピードで咲良さんを心配がります、私を無視して…
でもまぁ、仕方もないですよね、お二人は幼馴染なんですし、もしかしたら、わたしが知らないだけで、とても親密なご関係なのかもしれませんし。
「大丈夫慣れたわよもう、さっきまであんなにカッコつけてたのになによその顔は、て言うか、優來ちゃんもいるんだけど」
「えっ!いいえ、私のことはいいですよ、咲良さんに護られましたから」
すると神代さんが私の方に向き直り
「式谷さんも、ごめんなさい、僕がへましたせいで怖い思いさせてしまった」と、深々と頭を下げられます。
「いいえそんなこと、神代さんのせいじゃないですし、ちゃんと最後は咲良さんを守ってくれました」
「いや、守ったのは僕じゃない、龍海だよ」
そう言ってマンションの方を見る神代さんの目線の先には、もう誰もいません。
「横山さんって、一体」
「人呼んで連合軍の道具係、普段はアイテムだけどね、物騒だし」
神代さんはあの怖い顔でも、先程までの申し訳なさそうな顔でもなく、とても誇らしげな表情で横山さんのことを語ります。
「ライフルか何か持ってるんですか」
「違うよ」
笑われてしまいました、勿論馬鹿にされている訳では無いとわかりますが。
「あれはスリングショット、俗に言うパチンコだよ、龍海あれが大得意でさ、百発百中だよ」
やはり本当に、天才ぞろいの伝説の一派、そして、そんな人達の先頭に立ち街の平和を守る伝説、私の目の前にその人はいました。
「あんた射程範囲に入るために、直ぐに追いかけなかったんでしょ」
「そうなんですか」
「そうだよ、だって僕、1人じゃ何も出来ないからさ」
神代さんは謙虚にもそうおっしゃいます。しかし、確かに、人と協力して得られる力は、1人の時とは比べ物になりません。
「そいえばみのる、間違ってたわよアレ」
「何が?」
「最低限の憎しみと最大限の正義じゃなかった、逆でしょ」
「そうだったかな、あはは、まぁいいでしょ、そんなのどうでもさ」
また2人で話しています。ついこないだ神代さんと知り合った私には、神代さんの昔の話などには参加できません。
「そんなことよりそろそろ翔祐の家に戻ろう、実はこんなに濃くても事件発生から5分程度しか経ってないんだよね。ほら、あそこに遅れてやってきたパトカーもいるし、面倒ごとはゴメンだよ」
見ると確かにパトカーが数台サイレンを鳴らしながら迫ってきています。
今日は道路も混んでいましたし、この通りには交番もないので仕方ないかもしれませんが、神代さんや龍海さんが居なければ、大変なことになっていたかもしれません。
「待ってください神代さん、龍海さんはどれほど目がいいのですか」
急いでその場を離れる神代さんを追いかけながら問います。
「龍海?2.5とかじゃなかったかな」
* * * * * *
「美味しい、やっぱり龍海の料理は美味しいわねぇ、なんで私よりうまいのよ」
「咲良、女子力で負けてるんじゃないのか」
「うっさいわね」
時間は過ぎ、時計は既に6時をさしています。
何度見ても凄いです、あんなに汚かった部屋が、今やゴミひとつありません。しかも結局私達は咲良さんも加えた4人で、一部屋のみを片付けて、あとは全て龍海さんが終わらせてしまいました。
洗濯機、お風呂場ベランダ、トイレ、隅々まで汚れを落としてしまいました。ですが、どこよりも驚くべきは、ピカピカになったキッチンです。
新品のように輝きを取り戻したコンロは、どうしたのですかと聞いたら、横山さんは「重曹」とだけ答えてくれました。
それにしても
「横山さん、とっても美味しいです」
あんなことがあったあとなのに、何事もなかったかのように過ごしています。
最初は神代さん達に驚かされましたが、よく考えてみれば私も同じようにしていました。
咲良さんも身を隠すように岸さんの家に着いてきて、一緒に掃除を終えると、横山さんが全員分の晩御飯を作ってくれました。
結局私達は買い物を終えることが出来なかったので、後になって横山さんが買いに行きました。
帰ってくると何故か鯖を持っていたので驚きましたが、まさかさば味噌だったとは。
「びっくりしたよ、龍海くん急に飛び出していくんだもん」
岸さんが核心を突いてきます。
「いやぁ僕としたことが財布を忘れてしまうとはね」
慣れたように、神代さんは答えます。
多分、咲良さんも横山さんも慣れているのでしょう。私たちが知らないところで、人を助けて悪を裁いて、その事を誰にもバレないように嘘をついて。
例えそれが同じクラスの仲間だとしても、絶対に真実は言わない。多分私も、あの時助けられていなかったなら、神代さん達のことは知らなかったでしょう、咲良さんとも横山さんとも知り合わなかったかもしれません。
「気をつけろ、最悪の場合、死ぬぞ」
「え、死ぬ?」
前言撤回です、横山さん、まったく隠せていません。いいえ、一応隠してるようですが、遠慮なく事実をおりまぜた会話を始めます。
「いやいや、財布くらいで死なないよ」
神代さんが間を詰めてフォローします、焦った顔です、冷や汗かいてます。
「いや、あれはお前の油断が招いたミス、俺が遅れていれば篠崎が危険だった。そうなればお前も死ぬ」
「え!なんで、なんで実の財布で篠崎さんが危険なの!?」
「人質に取られていた」
神代さんは全力で作り笑いをしていますが、焦りが隠せていません。
にしても、急に来た篠崎さんを家に入れ、普通に対応している岸さんも只者ではありません。
「いやあまぁとにかく助かったよ龍海、Thank you」
神代さんが横山さんの妨害をするように起きな声を出します。
「え、実、一体何が」
「なんだろうなぁ、僕もわからないんだ、龍海なんの事だよ。ていうか、なんで咲良と僕が一心同体みたいに扱われてるんだ?」
もう神代さんの話し方が3流俳優以下です。
立ち上がってわざとらしく大きく身振りをし、大声で話しますが、わざとらしすぎます。
「ちょっとなによその言い方、なんで私が嫌がられなきゃいけないのよ。好きであんたの家の隣に住んでるんじゃないのよ」
咲良さんも立ち上がります。
「別に嫌がってなんて」
神代さんが頑張って割り込ませた否定の言葉も一瞬で溶かされてしまいます。
「うるさいわね、大体人の事他人みたいに」
「すみませんでしたその件に関しましては全面的に僕が悪いです許してください」
こんどは神代さんが咲良さんの言葉を遮るように早口で謝罪します。
「そんなに謝らないでいいよ神代くん、別に私気にしてないよ」
「え、ちょっ、なにその他人行儀、やめて咲良」
「すみません、出来れば篠崎って呼んでもらってもいいですか。私あんまり知らない人に名前で呼ばれるの慣れてないんです」
「やめて咲良!」
* * * * * *
「ゴメンね優來ちゃん、私ドライヤーまだ買ってなかったから。龍海と神代くんもさようなら」
「え、一緒に行くよ、家隣なんだしさ」
神代さんはあれからずっと咲良さんに他人行儀にされています。神代さんは必死になって止めていますが、無視されています...
「ごめんって咲良お願い許してください、これかなり堪えるからさ」
もう今にも泣きだしそうです。流石に神代さんが可哀想なのでそろそろやめてあげて欲しいです。
「じゃあな」
「おう」
それからすぐ横山さんも帰っていかれました。
何故でしょう!二人きりになってしまいって、何だかとても緊張します。
昼間は大したことありませんでした、なのに何故でしょうか。
無駄にお洒落しすぎたからでしょうか、太陽が沈んでしまったからでしょうか。
待ってください、私こんな格好で二人きりだと、確かに咲良さんの言う通りデートしてるように
「式谷さん?」
「ひっ、ど、どうしました神代さん」
「もしかして具合悪い?」
「いいえ、大丈夫です。」
大丈夫です、大丈夫ですが、何でしょうか。
今日もずっと輪の外にいたというか、神代さんが3人が話している時いや、咲良さんと二人で話している時に、私は参加できません。
やっと二人になって会話ができても、何だか壁を感じてしまいます。
「すみません神代さん、その、私の事
式谷さんと呼ばず、その、もっと親しみを込めて呼んでください」
な、なんでこんなに恥ずかしいんでしょう。言っていて穴に入りたくなってしまいました。
「確かにね、仲良い相手に他人行儀にされたら泣きたくなるしね。じゃあさ式谷さ、じゃなくて」
神代さんは立ち止まって私と目を合わせてから
「優來」
「ぁぁ、、、、は、はい」
恥ずかしすぎます恥ずかしすぎます恥ずかしすぎます。
私は思わずしゃがみ込んで顔を隠してしまいます。
「え!ごめん、調子に乗った?」
「いいえ、大丈夫です、もう一回、お願いします」
落ち着け私、頑張るのです。
「あ、うん。 優來 」
「ひゃい」
ダメです。顔が暑くて、どんな表情なのか、恥ずかし過ぎて顔を見れません。
あまりにも恥ずかしすぎて、私、おかしくなりそうです。これ以上呼ばれたら、もう
「ごめんなさい神代さん、その、恥ずかしいので、ちゃんを付けて」
何を言ってるんですか私は、ちゃん付けなんて余計に恥ずかしいです。
「ごめん、じゃあ、優來ちゃん」
「ひゃっ、はい…」
無理です、ビックリして変な声が出てしまいます。これも無理です。
「すみません、それも、恥ずかしいです」
こんなんでは神代さんに呆れられてしまいます。
「じゃあ 式谷」
「え、」
あれ、恥ずかしくありません、でも、さん付けされる時よりも、何倍も親しみを感じます。苗字を呼び捨てされて、全く嫌ではありません。
「式谷じゃ、ダメかな?」
「いいえ、もう一回!」
「式谷」
「はい!」
* * * * * *
なんだろう、式谷さん、いや式谷、とても嬉しそうだ。
すっごく笑顔になってくれてた、まぁ喜んでもらえてよかった。
確かにずっとさん付けって言うのもなんだけど、でも、式谷って呼ぶのもなんか、いや慣れれば問題ないだろうか。
「式谷」
「はい!」
だめだ恥ずかしい、恥ずかしすぎる恥ずかしすぎる。
いや、だが式谷さん、じゃなくて式谷は嬉しそうだし、とっても笑顔だし、本当に目の前に天使がまいおりたかのような笑顔だ。
きっと飢餓で苦しんでいた中世ヨーロッパの人々が目の前にいたら、女神様といってすがりつくだろう。
とにかく、しっかりしろ僕、そうだ、僕としたことがなにを戸惑っている。
あの伝説の神代実が一体何を、いや、僕自体はそんな高尚な人間じゃないのだが。
「いや、呼んでみたかっただけで、ごめん」
よく考えてみれば、1年間死んだも同然の生活をして、その前は馬鹿みたいに苦しんでいた。
その前だって、龍海たち以外に友達って、あまりいなかったしな。
人と仲良くなるのって、意外と大変なんだな。
式谷なんて、呼び捨てできるような女の子、咲良を除けばそうはいない。
「そういえば、僕も神代さんって呼ばれてるよね」
「あ!そうでした、すみません、でも、私誰にでもさん付けしてしまって」
確かに咲良にもさん付けするくらいだしな、たまにいるよな。
「じゃぁさ、良ければ下の名前で呼んでよ」
「は、はい…実さん」
式谷は一度俯いたかと思うと、ゆっくりと顔を上げながら僕の名前を呼んだ。
「は、はい!」
やばいな、これ恥ずかしい、顔を合わせられない。
不味いな、両者沈黙、これ以上両者が話さないと、次話し出すのが辛くなる。
なにか、なんでもいいから適当なことを言うべきだ。
「式谷、僕だけじゃなくて、龍海とかも下の名前で読んでみたらどうだ。正直横山さんって呼ばれててもピンと来ないし」
よくある事だけど、昔から仲がいい友人を例えば龍海を龍海といつから呼んでいるとか、初めて話した時は何時だとか、覚えてない。
子供の頃はなんて呼ぼうと恥ずかしくないし、何をお願いしようとはばかられることが無い。だが、大きくなって、今は違う、名前の呼び方一つで関係が代わり、お願いひとつが頼めない。
今でも十分子供だろうが、そのくらい悩むくらいには大人になってしまったのだろう。
1月半ばが多忙を極めているという・・・
2週間後になります。




