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093 葬式、花、涙


 葬式はパリィ郊外の墓地でしめやかに行われた。


 参列者は俺が想像していたよりもずっと多くて、中には貴族らしい人の姿もあった。それだけヨツヤ老人の作った人形がみんなに愛されていたということだ。


 俺はこの葬式のために朝から喪服を買いにいった。シャネルの場合はいつものゴスロリの中から地味なものを選べば良かっただけだが俺はそうはいかない。


 ちゃんとしたスーツを着た。この異世界にだってスーツくらいあるのだ。まさかビジネスの場で着ている人はいないけど。


 やっぱり不思議な気分だ。


 いままで着たことなんてないスーツをこんな異世界で初めて着ることになるだなんて。


「似合ってるわよ」


 とシャネルは言ってくれたけどそうだろうか? 自分じゃ分からなかった。


「女神ディアタナよ、彼に慈悲を――」


 教会の神父が埋葬にあたりなにやらおごそかなことを言っている。


 これから土葬するようだ。


 人の数が多くてヨツヤ老人の入った棺桶は見えなかった。


「晴れて良かったわ」と、シャネルは小さな声でつぶやく。


「そうだな」


 空は葬式には不釣り合いなほどの晴天だった。


 でも雨が降っているよりもマシなことは確かだ。


「彼は我々のよき友人であり――」


 友人。


 そうだろうか?


 知り合い、というには俺はヨツヤ老人に好意をもっていたように思える。ならばやっぱり友人というべきか。


 友人が死んだ、それは悲しいことだ。


 でも涙はでなかった。


 泣ければたぶん悲しい気持ちもいくらか楽になるだろうに。晴れているせいだ。そのせいで涙がでないんだ。これで雨が降っていたら泣くことだってできたかもしれないのに、と俺は思った。


 神父のありがたい話が終わった。


「はい、シンク」


 シャネルが白い花を渡してくる。


「なに、これ?」


「投げ入れるのよ。ほら、行きましょう」


 なにやら人々が土葬のために開けられた穴に集まっている。


 俺はシャネルに手を引かれていく。誰もが相手に遠慮しており、なにかをやり終えた人から墓穴を離れていく。列こそないものの順番はそれなりにあるようだ。


 俺とシャネルは墓穴に近づいた。


 なるほど、この穴の中に花を投げ込むわけか。


 花に埋め尽くされた墓穴はきれいだった。棺桶はもう見えない。深い穴いっぱいの花は死者への手向けとして十分だろう。


 シャネルが花を投げ込む。


 俺もそれを真似る。


 花は音もなくたくさんのそれに混じって、俺の投げ入れたものがどれなのかはすぐに分からなくなった。


 喪主であるメイドさんが俺たちを見て微笑んだ。


「ありがとうございます」


 そう、小さな声で言ったのがかろうじて聞こえた。


 俺たちは次の人に順番を譲る。


 これであとは土をかぶせておしまいだ。墓はたぶんこのあと建てるのだろう。


「おい、榎本」


 声をかけられてそちらを見るとミナヅキだった。


「よお。いつもどおり辛気臭い顔だな」


「そりゃあお互いさまだ。もっとも級友の葬式で笑うやつなんていねえがな」


「まったくだ」


 シャネルはなぜか俺から離れていった。まるで「私はこっちにいるから、どうぞ自由に話してね」とでも言わんばかりだ。


 こういうとき気が利くんだ、シャネルは。


「死んじまったな」と、ミナヅキは言う。


「本当にね」


「なんだかよ、俺さ。まだ信じられない気分なんだよ」


「ミナヅキもか? ……俺もだよ」


 そりゃそうだ。


 でもこういう思いってきっと誰もがいつかはするんだ。それが17歳でってのは早いほうかもしれないけど。


 でも人が死ぬってそういうことで、残された人はいつだって唐突に突き放されたような気分になるのだ。


「俺もいつかああなるのかって思うと嫌になるぜ」


「まったくだ」


「そういやお前、これからどうするんだ?」


「帰って寝る」


「あの娘とか? そりゃあ良い」


「うるせえな」


 こちとら童貞だ。


「というのは冗談だ。そういう意味じゃなくて、これからの人生だよ」


「なんだよいきなり」


「復讐、したんだろ? 水口に。あいつも死んだんだって」


「さあね」


 まさか俺が殺したなんて言えるわけがない。


「他のやつらも殺すのか?」


 俺はなにも答えない。でも答えは俺の中で決まっていた。


「次はルオの国に行く」


「ルオ?」


 そのために資金も稼いだのだ。明日にでもギルドに成功報酬を貰いに行く。


「たぶん俺、このまま続けるよ」


「……そうか」


 ミナヅキはまだなにか言いたいようだったが、俺はじゃあなと手を上げてシャネルの方へと逃げ

た。


 言いたいことなんてだいたい分かっている。


 どうせ人が人を殺していい理由なんてどこにもないとか、そんなことを言いたいのだろう。いくらイジメを受けていたとはいえ、人を殺すなんて異常だと。


 だからどうした?


「仲良さそうね」


 と、俺に輪をかけて異常な女が言う。


「そうかな」


「ええ。シンク楽しそうだわ。なによりよ」


「別に楽しくもないけど」


 俺たちは墓地をあとにする。


 そしてパリィの街を歩いていく。家に帰るのだ。なんだか疲れてるし、このまま帰って本当に寝てしまおう。シャネルと一緒に寝るかは……不明だが。


「それにしても、私が正解だったわね」


「なにが?」


「あのメイドさんよ。どうしてヨツヤっていう老人と一緒にいたのか」


「ああ……」


 たしか最初の日にそんな話しをした。


 俺は金のためと言った。


 シャネルは愛のためと言った。


「愛情だったでしょ?」


「どうだろうか」


 ただ人形として一緒にいただけじゃないのか?


「もう、鈍いのね。なんで分からないのかしら。あのメイドさんは老人のことが好きだったのよ。そうじゃなきゃ亡くなったときにあんなに泣かないでしょ」


「そういうもんか?」


「そういうものです」


 ま、女の子であるシャネルが言うのだからそうなのだろう。


 俺はふと気になって聞いてみる。


「なあシャネル、お前はもし俺が死んだら泣いてくれるのか?」


「さあ、どうかしら」


「なんだそれ」


 酷いやつめ。


 俺はちょっとだけ腹をたてた。


 でもそんな俺のことを見て、シャネルはからかうように笑った。


「うふふ。嘘よ。泣くわよ、この世界が涙で沈むほどにね」


「オーバーなやつだな」


 でも安心した。


「で、シンクは? 私が死んだら?」


「さあ、どうだろうな」


 恥ずかしくてそんなこと言えない。もちろん泣くけど。


 でもそれよりもさ――。


「泣いてくれないの?」


「泣きたくない」


「えー」


「だからさ、俺より先に死ぬなよ」


 俺は言って瞬間早足になる。


 後ろからシャネルがついてくる。


 見て無くても分かる、シャネルはいま嬉しそうな顔をしている。


「分かったわ」と、そんな声が耳元で風のように聞こえた。くすぐったかった。


短編【人形師】終わりです

ここまで読んでいただいてありがとうございました

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