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091 ヨツヤの死


 そして次の日の夕方。


 俺はシャネルと一緒に東通りにあるヨツヤ老人の家に向かった。シャネルが手をつなぎたいだなんて頭の中がお花畑みたいなことを言っていたが華麗にスルーした。


 だって恥ずかしいもの。


 で、これで3日連続なので見慣れた家へ。


 するとどうだろうか。なんだか雰囲気がおかしい。


 どこがどうとは言えないが、家そのものが暗く沈み込んでいるように感じられた。


「なにかしら?」


「さあ……?」


 嫌な感じがした。


 だからと言って逃げるわけにはいかない。――俺も成長したものだ。


 ドアをノックする。


 しかし返事はない。


「どうしましょう?」と、シャネル。


「あ、これ開いてるぞ」


 試しにノブを回したらドアが開いた。


「入るしかないわね」


「だな」


 中に入ってみる。


 居間には誰もいない。


 物言えぬ人形だけがこちらを見ている――。


「奥、かしら?」


 たしかに、見れば奥の部屋。つまりはヨツヤ老人が眠っていたあの部屋の扉が少し開いていた。


 そっと近づく。


 いちおうノックしてみる。


 だけどやっぱり返事がないので俺は扉を開けてみた。


 すると、嫌な臭いがした。水口を殺してからというもの『女神の寵愛~嗅覚~』のせいで鼻が良くなっていた。それは言ってしえば良さ過ぎるというもので、最近では強いニオイが苦手になっている。香水とか、ダメ。


 でもいま感じたのはそういうのとは少し違う。


 ……生物が腐ったような臭いだった。


 でもたぶんこれはそうとう鼻が良くなければ分からないだろう。


 いったいどういうことだろう?


 部屋にはヨツヤ老人とメイドさんが。ヨツヤ老人は眠っているのだろうか、動かない。そしてメイドさんはそんなヨツヤ老人の体を抱きしめるようにしてベッドに向かっていた。


 まさか、変な空気のところに入っちゃったかな?


 でもそういう甘い雰囲気じゃなさそうだ……。


「ごめんください、かってに入ったわ」


 シャネルがそう言うと、メイドさんが顔をあげた。


 ――あっ。


 その瞬間に気づく。メイドさんは泣いていたのだ。


「ど、どうしたんですか」


 思わず敬語で聞いてしまう。


 メイドさんは悲しそうに首を横に振った。


「ご主人様が……動かなくなって」


「ちょっとどいてくださる?」


 シャネルがメイドさんをどかし、脈をとる。


 深刻そうな顔だ。


「お、おいシャネル?」


「かなり時間が経ってる……いつから?」


「あ、朝からです」


「もうダメね。死んでるわ」


「え、どういうことだよ?」


 死んでる? まさかヨツヤ老人が?


「教会には連絡したの?」


 シャネルはなんでもなさそうに聞く。


 いやいや、ちょっと待ってくれよ。


「ま、まだです……」


「そうね。身内が死んだのだもの、ショックよね」というシャネルはまったくの他人事だ。「いいわ、私が教会に行ってくる。彼、別に邪神だとかを信仰してたわけじゃないんでしょ?」


「元気なころは毎週教会でディアタナ様にお祈りしていました」


「けっこうなことじゃない。シンクはどうする、一緒に教会まで行く?」


「ちょっと待ってくれよ、ヨツヤが死んでるんだぞ!」


「そうよ? どうしたのシンク。なんだか変よ」


「変?」


 いや、変なのはシャネルの方だろ。人が死んでいるんだぞ?


 それにヨツヤ老人だぞ? まがりなりにも俺の同級生で、そりゃあ話したことも対してなかったけど少なくとも俺のことをイジメてはいなくて。たぶん記憶に残りにくいほどに地味だったけど、やっぱり良いやつだった気もして……。


 そんなヨツヤ老人が、死んでいるんだぞ?


「悲しいならその人と一緒に泣いてなさい。こういうのさっさと教会にいかないとうるさいのよね、お葬式のこととかもあるし」


 シャネルはいつもと変わらない軽快な足取りで部屋を出ていく。


 知ってはいたが、やっぱりシャネルは異常だった。狂っている。


 シャネルが出ていくと、メイドさんはまた泣き出した。


「ううっ……ご主人様……そんな……」


「死んだ、のか?」


 俺はヨツヤ老人の死に顔に話しかける。当然言葉はかえってこない。


 シャネルは俺をおかしいといった。


 たしかにそうだ、俺はいままで人を何人か殺してきた。それはたいてい仕方のないことばかりだったが、少なくとも2人。月元と水口は俺の意思で殺した。


 その俺が、どうして老衰で死んだ男を見てこんなにもショックを受けているのだろうか。


 メイドさんはしくしくと泣いている。


 彼女は昨日、自分には感情はないと言っていた。


 だが目の前にいるメイドさんはあきらかに感情を持っていた。


 当然だ、ヨツヤ老人はこのメイドを完璧な人形だといったのだ。完璧な人形が感情を欠落させているわけがないじゃないか。


 もしもいままで感情がなかったのならば、それは上手く感情をだすことができなかっただけなのだ。


 皮肉なことだ。


 たぶんその感情を一番見たがっていたヨツヤ老人が死んで、そのショックのせいでメイドさんは感情というものを理解したのだ。


 なんて無情なのだろうか……。


「俺、外に出てるから」


 いたたまれなくなって俺はそういう。


 この空気には耐えられなかった。


 それにたぶん、2人きりにしたほうがヨツヤ老人も嬉しいだろうから。


 家の外に出るといつの間にか暗くなっていた。さっきまで夕方だったのに。


 俺はため息をつく。


 心の中がもやもやする。ワインでも飲みたい気分だった。


 家の玄関の前に座る。ここだけ他より一段高くなっているので座りやすかった。


 どうして自分が落ち込んでいるのかも分からないまま嫌な気持ちを抱えていた。


 ふと気がつけば隣にアイラルンの姿があった。


 俺と同じようにして玄関の前に座っている。違うのはちんまりと膝を抱えているところだ。


「なんだよ」


「いえ、ただ朋輩が落ち込んでいるようでしたので」


「うるさいな」


 だけどあっち行けよとは言えなかった。


「いつもでしたらシャネルさんの出番でしょうけど、今回は特別ですわ。わたくしがこうして手ずから慰めてあげます」


 まったく慰めにならない尊大な様子でアイラルンは言う。


 こいつもなー美人だから許せるだけなんだよなぁ。


「なんかさ、不思議なんだよな」


「なにがでしょうか?」


「だっていまのいままで人を殺してもなんとも思わなかったんだぜ。それなのにさ、いきなりこんな。友達とも言えないやつが死んだだけなのにさ。なーんで俺、落ち込んでるのかな?」


「それは朋輩が優しい人だからですわ」


「なあアイラルン、お前やっぱり俺の気持ちみたいなもんいじってるだろ?」


 俺はアイラルンをじっと見つめる。


 アイラルンは本当のことを言おうか嘘をつこうか一緒だけ迷って、けっきょくは本当のことを俺に教えてくれた。


「お察しの通りですわ」


「やっぱりな」


「最初は朋輩の罪悪感や殺人への嫌悪感などをまったくなくそうと思っておりました。しかし朋輩に言われて10分の1程度にしましたわ」


「10分の1ねえ……」


「でも今回のことは盲点でした。まさかたまたま知り合いが死ぬとは。そういった場合の感情はまったくいじっておりません。どうですか、悲しいですか?」


「悲しいさ」


 あのメイドさんのように泣くほどではないけれど。


 でもやっぱり悲しい。


 それに戸惑ってもいる。人が死ぬってこんなふうなのか? なんだか胸にぽっかりと穴が開いたような……。


「朋輩は優しいお方です。ですからそのままの精神では絶対にこの世界で生きていくことはできな

かったでしょう。嘘をついていたのは、騙していたのは謝りますわ。すみませんでした」


「いや……いいよ」


 たぶんアイラルンの言うとおりだ。


 人が死んだだけでこんな感情になる俺が、まさか人を殺せるはずがなかった。


「お詫びと言ってはなんですが朋輩、どうやらあの幻創種に手を焼いているようですね」


「……ああ、そうなんだ」


 ヨツヤ老人が死んだということは、あの男は魂をとりたてにくる。今度こそどうにかしなくてはならない。


「あれは憎きディアタナが創り出したもの。朋輩たちのいるこの世界とは、実は少しだけ違う法則で動いているのです」


「だから攻撃もあたらない、と」


「しかし方法はありますよ、それも朋輩が使える」


「なんだそれ?」


「グローリィ・スラッシュです。あれもまたこの世界の法則とは別にあるものですわ。ディアタナが創り出した勇者にのみ使える必殺技。なんであろうと消滅させる力がある。そういうふうに創られております」


「勇者は幻創種と戦うこともあるからか?」


「そういうわけです」


「なんだよ、この世界ってそのディアタナってやつの手のひらの上だな。まったく全部が」


「ま、だいたいそうですわ」


「なんか腹たつな」


「同感ですわ、朋輩」


 ふう、とため息をつく。


 そして俺は立ち上がった。落ち込むのはやめにしよう。それよりも前を見るべきだ。


「ヨツヤの依頼、あいつは死んだけど完遂しなくちゃな」


「偉いですわ、朋輩。うまくできたら頭を撫でてあげますわよ」


「それはシャネルにやってもらう」


「むう……少し妬けますわね」


「そういうなよ、朋輩」


 俺はおどけて言う。


 アイラルンは少し笑った。


 そして時間は動き出した。


 俺は背中から剣の鞘をおろした。そしてじっとその時を待った。


 しばらくすると街角からゆっくりと影のような男が近づいてき。


 俺は立ち上がる。


 シャネルはまだ帰ってきていない、といっても彼女がいてやることはないのだが。


 俺はその男と対峙する。


「命はつきましたか?」


 男が暗い調子で言ったが、俺はそれに対して剣を抜くことで答えた――。


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