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088 ヨツヤの正体


 次の日、俺はいそいそとメイドさんの住む家に向かった。


 一人でだ。


 シャネルに一緒に行こうと言ったらこう言われた。


『物好きねえ。夕方にでも行けばいいんじゃないの? なにもこんな昼間から』


 おっしゃえる通りである。


『でもさ、やっぱりこういうのは人がいるだけで安心感があるだろ?』


 あのメイドさんは一人で不安を抱え込んでいるかもしれない。


『そりゃあそうでしょうけどね。なあに、もしかして好きになっちゃったの?』


『バカ言うなよ』


『だとしたらおか焼きしちゃうわ』


『おか焼き……?』


『や・き・も・ち!』


 そんなに気にすることだろうか。俺に浮気心なんてこれっぽっちも――というと、嘘になるが――まあ、ほとんどない。だからこそシャネルも誘ったのだ。


『一緒に行かないか?』


『私はパス。日中はショッピングでもしてるわ』


『そうか、じゃあ夕方くらいに来いよ』


『シンクこそ、一人で行って夕方まで時間が持つの? 女の子と二人っきりって気まずいんじゃない?』


『ぐぬぬ、できらあっ!』


 とまあ、こんな感じの会話があって。


 いまは外。


 たしかに言われてみれば俺だけのこのことメイドさんの家に行って、シャネルがくる夕方まで会話が持つものだろうか?


 いやだなあ、やっぱりやめようかなぁ……。


 そもそもどうして俺、一人で出てきちゃったんだろうな。


 まるで何かに突き動かされるように俺はアパートを出てきた。


 なにか……つまり俺の第六感というべきか。勘が俺に行けとささやくのだ。


 なにもメイドさんのことだけが気になっているわけではあるまい。ヨツヤという、昨日は姿を視ることのできなかった主人。そちらも気になっている。


 そもそも、今回の件は謎だらけなのだ。


 いきなり幻創種だとかいう男が家にやってくる? そして命をとっていこうとする。そういうのってあんまり筋が通ってないような気がするのだ。


 たぶんだけど、ヨツヤという男はなにかを知っている。


 そのなにかを俺も知らないことには、この依頼をこなすことはできない。そんな気がするのだ。


「こんにちは、来ちゃいました。うーん、違うな」


 俺は歩きながら家についたときのことをシミュレーションする。


「来ちゃったって、面倒くさい性格の彼女じゃあるまいし。こんにちは、お守りします。いやいや、これは唐突だな。それにキザだ」


 どうしたものか……。


 ぶつぶつと言いながら、気がつけば東通りの家についてしまった。


 ここらへんは住宅が密集しており、カフェやブテックはないようだ。その分、こんな昼間だと人は少ない。


 こういのをよく閑静な住宅街なんていうけれど。まあその言葉のとおりだ。


 出たとこ勝負で家の呼び鈴を鳴らす。


 呼び鈴なんていっても電子音のなるチャイムじゃない。扉のところに金属の輪っかのようなものがあり、それをどんどんとドアに押し付ける原始的なものだ。


「はい、ドチラサマです?」


 なんだか妙な発音で言われた。


「あ、あの。榎本です」


「エノモトさん……?」


 警戒されているのか扉は開けられない。


 よく考えたら俺たち昨日、名乗ってなかったわ。


「あの、ほら。冒険者の榎本です。幻創種を倒す依頼を受けた」


「ああ、エノモトさんというんですか。いまお開けします」


 扉が開けられた。


「どうも」


 と、俺は挨拶する。


 メイドさんはにっこりと、どこかわざとらしく笑った。


「いらっしゃいませ、今日はお早いんですね。アラ? あの女性は?」


「シャネルはあとで来ます。はい」


 くそ、自分で言っててやっぱりこれおかしいよな。


 だって俺がいま来る必要なんてないんだもん。


「そうですか。どうぞ、中へ」


 でもメイドさんはなんの疑問ももたなかったようで。快く中へと入れてくれる。


「おじゃまします」


 この異世界にそんな言葉があるのかしらないが、いちおう言っておく。


 うーん、それにしても昼間に来ても不気味な家だぜ。なにせ家の中には人形がたくさん置かれているんだから。まあそれがここに住むヨツヤさんの仕事だったんだろうが。


 この家の構造は特殊だ。家を入って廊下もなくてまず居間があり、そこから扉が二つある。一つは昨日、ヨツヤ老人が寝ていたであろう場所。どれくらいの広さだろうか、たぶん家の外観から察する

に居間と同じくらい。そしてもう一つはどんな部屋なのか不明。もしかしたらメイドさんの部屋かもしれない。


「申し訳ございません、ご主人様はただいまお眠りになっておられます」


「そうですか、できれば話をしたかったんだけど」


 これは上手い言い訳だ。


 まさかなんで来たのか分からないなんて言えないし。キミに会いに来たんだよ、なんて思ってもない。本当だよ。


「できればこのまま眠らせておいてあげたいのですが……」


「そうですね」と、俺は頷く。


「もしよろしければ、それまでお待ちになってください。なにか飲みますか? コーヒーか、ルイの国から送られたお茶というものもありますが」


「お茶、ですか?」


 そりゃあ良い。


 異世界にきてこっち、お茶なんて一度も飲んでないからな。久しぶりに飲んでみたい。


「いま淹れますね」


 ここ、ドレンスでは暖炉は暖を取るためのものであると同時に、キッチンでもあった。そこで肉を焼いたり、コーヒーを淹れたりするのだ。


 俺とシャネルの場合は、シャネルが火属性の魔法を使えるから暖炉のない部屋を借りたのだが、普通はアパートでも暖炉があるものだ。というかない家のほうが珍しいのだという。


「ここを、こうして……。あ、つきました」


 メイドさんはマッチで暖炉に火をつける。火は弱いのだが、少し熱く感じてしまう。


 ま、良いけど。


 それにしても、


「お茶ねえ……」


「エノモト様はお茶をめしあがられたことがありますか?」


「まあ何度かね」


「私はあまり慣れなくて、ご主人様は好きなんですが。なんでも故郷の味を思い出すとか」


 メイドさんは暖炉に向かいながら俺に話しかけてくる。


 大きなお尻がまるで誘うようにこっちを向いているが……。


 いかんいかん、エロいことを考えるべきじゃないぞ。そんななんだから童貞なんだ。自分で言ってて悲しくなる。


「さあ、できました」


「ありがとう」


「どうぞ、メシアガレ」


 カップにお茶が注がれた。どう見てもコーヒー用のティーポットとカップだけど、まあいいや。


 俺は一口飲もうとカップを口に近づける。


 けっこう強い匂いがした。いわゆる中国茶というやつだろうか。ペットボトルのお茶なんかとは根本的に違う。どちらかといえば紅茶に近いかもしれない。


 飲んでみる。


 うーん、味に深みがあるね!


「ふむ」


 とりあえずそれっぽい顔をしてみる。


「どうですか? お口にあいますでしょうか」


「うん。美味しいよ」


 これは本音だ。


 独特の渋みこそあるが、後味は甘くてまろやかだ。またちょっと口にふくむだけで鼻孔いっぱいに芳醇な香りがして、なんだかリラックスしてしまう。


 総評。なんだか高そうな味だ!


「良かったです、もっと飲みますか?」


「あ、いや。いまは良いです」


 なんだかこれ、たくさん飲んだらおしっこが近くなりそうだ。


「そうですか、飲みたくなったら遠慮しないで言ってくださいね」


 メイドさんはそういうと、その場に立ちどまる。


 おや? これはあれだな、会話が途切れたときの沈黙だ。


 気まずい……。


 とりあえず、お茶を一口。


 しかし会話はない。


 メイドさんも同じような気持ちなのか無表情だ。


 やっぱりダメだったか、ここですらすら会話ができるならそれ童貞じゃねえ!


 いったいこの沈黙はいつまで続くのだろうか。シャネルがくる夕方までまさかこのままなのだろうか。


 そんなふうに不安になったそのとき、家の呼び鈴が鳴った。


「また誰か来ました」


「シャネルかな?」


 そうだと良いな、と思いながら言う。


「どうでしょうか。もうしわけございませんが、出てみます」


「別に謝ることじゃないでしょ」


 メイドさんが扉の方へと行く。


 そういやこの人、なんて名前なんだろうか。


「どちら様でしょうか?」


「ミナヅキです」


 ん?


 なんだか知った名前が聞こえたぞ。それに声も聞いたことがある。


「ああ、ミナヅキ様でしたか。どうぞ」


 扉が開けられる。


「お世話になっております。いつもより少し時間は早いのですが往診にうかがいました」


 ダンディなロマンスグレーの男が入ってくる。きっちりした敬語とあいまって、なんだか上品さがただよっている。


 さすがは治療師。つまりは医者なことだけはある。偏見だろうか?


「もうしわけございません、ただいまお客様がお見えになっておりまして……」


「よぉ」と、俺は椅子に座りながら片手をあげる。


「……なんだ、榎本じゃないか。何してるんだ、こんな場所で」


「アラ? 知り合いでしたカ?」


「まあ、いちおう」


「ヨツヤに会いに来たのか?」


 ミナヅキがそう聞いてくる。


「そうだけど……なんで?」


 なんで分かったんだ?


 ミナヅキの質問はなんだかおかしい気がした。俺がここにいる理由を推理するならば、それは冒険者としてここにいるというものしかないはずで。だとしたら聞き方は『依頼かなにかできたのか?』

とか、そういうのになるはずだ。


 それがいきなりヨツヤ老人の名前が出てくるということは……まさか……。


「お前ら、仲が良かったのか?」


「あのさ……もしかしてヨツヤの正体って俺たちと同じ?」


 俺はすぐさま察した。


 名前もねえ、ヨツヤサツキだっけ? 日本人っぽいと思ってたんだよな。


「なんだ、知らないでここにいたのか? だとしたら、お前……さてはまた厄介事か」


「そうだよ、厄介事だよ。冒険者としているんだ、依頼があってな」


「そうか。俺には関係のないことだ」


「そういうなよ。そういやミナヅキ、幻創種って知ってるか?」


「そりゃあ知ってはいるが……見たことなんてないぞ。それがどうした?」


「いや、別に」


 もしかしたら昨日の男の倒しかたとか知ってるんじゃないかと思ったが、ダメそうだ。ミナヅキは博識っぽいし行けるかと思ったんだけどな。


「もうしわけございません、ミナヅキ様。ご主人様は現在眠っておりまして」


「ああ、そうなんですか」


「なあ、お前が来てるってことはヨツヤのやつはなんか病気なのか?」


 それにしてもヨツヤってどんなやつだったか。


「人間、歳も取れば体中病気さ。これで死んだら大往生、老衰だよ」


 なんてこと言ってやがんだこいつ。


 しかしメイドさんは気にする様子もなく無表情だ。というか感情の欠片も感じさせない。大丈夫か、このメイドさん?


「……おおい、誰か来ているのか」


 隣の部屋から声がした。


 どうやらヨツヤ老人が起きたようだ。


「ああ、ご主人様。冒険者のエノモトさんと治療師のミナヅキ様が」


「榎本くん?」


 行くぞ、とミナヅキが立ち上がる。


 扉の向こう側にいるのが学友であるということがなんだか信じられない。だって声聞いたらあきらかに老人なんだぜ?


 なんだか見たくない気もする。


 しかし扉は開け放たれたのだった。



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