009 フミナの屋敷
屋敷の中に入ると、なんとなくだがフミナが俺たちを誘った理由が理解できた。
「なんだかね、がらんどうね」
「そうだな」
広い屋敷だった。それこそ部屋なんていくつあるのか見当もつかないほどの。けれどその屋敷の中には使用人の一人もおらず、どこか空虚な寂しさだけがあった。
俺たちは客間をあてがわれた。最初、部屋は二部屋あった。だがシャネルが俺と同じ部屋が良いと言ったので一部屋だけになった。
シャネルが言ったのだ。別に俺は何も言っていない。彼女から、そう言ったのだ!
……やっぱりあれだろうか、俺のこと好きなのだろうか。
そのシャネルはベッドの反発力を手で確認している。思ったよりも沈みこむようでちょっと嬉しそうだ。
「あのさ、シャネル」
背後から声をかける。
「なあに?」
「部屋、同じので良いって言った理由ってさ……」
俺のこと、好きだから? そう聞こうとした。
でもその前にくい気味で、
「――そうね」
と、答えられてしまった。
「やっぱり?」
「いくらお友達とはいえ、さすがに昨日今日会った相手を頭から信用するのは危ないわ。やっぱりここは固まって行動しましょう」
「……シャネル、お前、やっぱり性格悪いぞ」
「なんと言われても結構よ」
「そのわりに俺のことは最初から信用してたよな」俺はなんでもなさそうに言葉を続ける。「そ、それってさ、俺のこと好きだから?」
無理だった。声が裏返った。
シャネルは振り返り、俺を見つめる。
その目は宝石のように奇麗だった。シャネルの目は透き通ったサファイアブルーだ。見ているだけで虜になってしまいそうなくらい。
美しい目が、扇情的に曲がった。
「はいはい、そうよ」
でもその言葉は冗談のようだった。
「バカにしてるだろ」と、俺は言う。
「だって貴方は命の恩人だから。それは信用するわ。でもフミナは違うわ。お友達ではあるけど最初は私たちの命を狙ってきた。そのことは忘れちゃダメ」
「でもなあ……考え過ぎだと思うけど。だってフミナが俺たちを誘った理由なんて明らかじゃないか」
俺は部屋の扉を明ける。廊下が見えた。その廊下ではスケルトンが一体、メイド服を着て窓を拭いている。不気味だ。
「これだぜ、これ」
屋敷には生きた使用人は一人もいない。その全てがスケルトンだ。
「まあ確かに。ようするに人恋しかったわけね」
「俺としてはそんな警戒しすぎてフミナを悲しませるようなことはしたくなかったがな」
しょうがないでしょ、とでも言うようにシャネルは手を振った。
もしかしたら、俺は思い違いをしていたのかもしれない。この世界が世紀末的なのではなく、シャネルの生まれ育った環境がそうだったのかもしれない。だから彼女はこんなに疑り深い性格になったのだ。
俺はシャネルの暮らしていた村のことを知らない。なぜなら俺が村に行ったとき、そこに住んでいた人はシャネルを除いて全員殺されていたからだ。あそこがどのような村だったのか、俺は知らないのだ。
「それにしてもシンク、このベッドすごいわよ」
「どれだけベッド気になるんだよ」
「だってふかふかだわ」
シャネルは嬉しそうにベッドに座ったかと思った次の瞬間には、コテンと横になった。
「寝るのか?」
「ちょっと目を閉じるだけよ」
これは何か……? あれか? 誘っているのか。
据え膳なのか? 食べちゃって良いのか?
心臓ちゃんがドキドキしだした。おいおいおい、落ち着けよ俺。そして俺の息子。
ゆっくりとベッドに近づく。
そして、俺もベッドに腰を下ろした。
そして、そして……。
「夜ごはん、できましたよ」
そして部屋にフミナが部屋に入ってきやがった。
「あら、もうそんな時間?」シャネルが体を起こす。「お腹ペコペコよ」
シャネルはベッドから起き上がり、部屋を出ていこうとする。
「どうしたんですか、シンクさん?」
フミナが依然としてベッドに座っている俺に不思議そうに声をかける。
「いや……なんでもない」
コテン、と今度は俺が寝転がった。
別にいいんだけどね、まだ外が暗くなったばかり。夜なんてこれからだから。
「寝てないで早く行きましょうよ」
「はいはい」
よっこいしょ、と声に出して起き上がる。
ちなみに最後にものを食べたのは馬車の中だ。フミナが固いパンをくれた。それから何も食べていないので、シャネルの言う通りお腹はペコペコだった。
「食堂はこっちです」
「ちなみに料理って誰が作ったんだ?」
「スケルトンですよ」
当たり前じゃないですか、というふうに答えられた。なんとなくそれって嫌だなあ、と思ってしまう俺だが、せっかく料理を作ってもらった手前、文句も言えない。
長い廊下。
どうやらここはプル・シャロン家の屋敷ではなくフミナの屋敷らしい。貴族ってのはすごいもんだ、お金持ちってやつだな。でもフミナはこのだだっ広い屋敷にずっと一人で住んでいたらしい。言っちゃあ悪いが、そりゃあ暗めの性格にもなるよな。
「食堂なんて使うのは久しぶりです」
それはダンスパーティーでもできそうなくらいの広さの部屋だった。
何十人も並んで座れるようなテーブルがある。その上にはこれでもかというくらいに料理が山盛りに置かれている。明らかに三人で食べ切れる量じゃない!
「すげえ、これハリ○ポッターで見たやつだ!」
「は?」
シャネルが何だそれという顔をした。ま、もちろん知らないよね。でも本当にあの映画で見た食事シーンのようなテーブルと料理なのだ。違うのはこの部屋がとても明るくて、壁も白く清潔感があることくらいか。
久しぶりに使う割には掃除がきちんとされている。
「どうぞ、座って下さい」
上座を進められたので奥の方の席へ。部屋を見渡せるいかにも偉そうな席だ。
「豪気ね」と、シャネルは嬉しそうに言い、俺の右側に。
「うちのスケルトンの料理は絶品だから……たくさん食べて」フミナは左に。
なんでも良いけど奥の方が全部開いてるからすっごい広く見えるねこの部屋。
と、思っているとスケルトンがぞろぞろと入ってきた。執事やメイドの服を着ているが、その中身は骨。なんだか食欲なくすなあ。
「この世界を作りし女神ディアタナ様に感謝を込めて――」
フミナがなにやら呪文を唱える。
まさか魔術か? と、思ったが違うようだ。
「この世界を作りしディアタナ様に」
シャネルも言う。
どうやらこれは『いただきます』みたいなもんらしい。郷に入れば郷に従えなんて言葉もあるくらしだし、俺も言っておくことにする。
「この世界を作りし――」ディアタナ?「ディアタナに感謝を込めて」
ふむ、アイラルンじゃないんだよな。当然だけど。だってあいつ邪神らしいし。
シャネルと会ってからいつの間にか半月くらい時間が経っていたが、あれ以来アイラルンは俺の前に姿をあらわさない。まあ邪神とはいえ神様なんだから忙しいのかも知れないしな。たぶんこの世で暇な神様なんてニートの神様くらいだろう。いるのかな、ニート神?
「……じゃあ、食べましょう」
フミナの声は小さいから、落ち込んでいるんじゃないかと思ってしまう。でもこれが素なのだろう。
俺は手近にあったパンを手にとってみる。良い手触り。食べてみて、うん、美味しい。
「良いなこれ! 店で出せるレベルだぜ!」
フミナは照れたように笑った。
「そうね。あら、このお肉も美味しいわよ。ほらシンクも食べてみて」
「どれどれ……おお、確かに美味い!」
というかよく考えたらまともな食事をとったのも久しぶりだった。
「どんどん食べて……たくさんあるから」
「そこにあるそれ、取れる?」
遠くにあるよく分からないチーズのようなものを食べたいと思いそう言うと、すかさずスケルトンが皿をとってくれた。
ほうほう、手に届かない場所にあるものはこうして近くに持ってきてくれるのか。
なんだかこの至れり尽くせり感、王様にでもなった気分だ。
「美味しいわ、本当に。こんなに美味しかったら太っちゃうわ」
「もしかして俺たち、太らされて食べられるのか?」
「……そんなことはしない」
もう最高な気分だった。
異世界って言ったら勝手に料理がまずいイメージを持っていたが、そんなことはなかった。むしろ現代日本でも食べたことのいないほどの絶品料理ばかりだ。
ま、これを骨が作っているというのが玉に瑕だが。
こんな生活なら一生続いてくれても良いくらいだった。楽しいな異世界って。本当に、復讐のことなんて忘れちゃうくらいに――。