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085 不思議な依頼


 その依頼の説明をシャネルに聞いたとき、俺は単純に面白そうだと思った。


「敵からの護衛。場所は東通りの家? そんな場所にモンスターでもいるのかしら。変な依頼ね。ただし武芸に優れたかたに限る。要戦闘スキル」


「良いじゃないか」


 場所は首都の冒険者ギルド。


「面倒そうよ。それよりも簡単そうな依頼はあるわ」


「でも良いじゃないか、要戦闘スキルだなんて。俺たち向けの依頼だと思わないか?」


「まあそうでしょうけど」


 別に冒険者といっても年がら年中戦ってばかりいるわけじゃないらしい。中には採取クエストなんかを専門とする冒険者もいるらしく、そういう人たち向けの依頼もある。


 とはいえ俺たちは戦闘が得意だ。


「でも問題は報酬だよな」


「まあまあってところね。あら? でもこの依頼、テールでの報酬も可って書いてあるわ」


「テール?」


「ルオの国のお金よ。良いんじゃないかしら、そこらへんの両替商に頼むよりもレートが良いわね。シンク、私もこの依頼は賛成よ」


 テールねえ。


 国が違えば通貨も違うってそりゃあ当たり前のことか。わかりやすいお金の単位だと良いけどさ。


「ちなみに1テールっていくらなのさ?」


「1フランらしいわ」


 やった、つまりは1テールで1円だ。こりゃあ良い。


「最高じゃないか」


 わかりやすい。


「どうもルオの国ではテールしかお金を使ってないらしいわ」


「むしろドレンスが多すぎるだろ、お金の単位が」


「そうかしら? 私は昔からそういうものだと思って生きてきたから不思議とも思わないけど」


 ま、そういうものか。


 人々が持っている偏見の塊を常識というなんて言葉を聞いたことがある。


「なんにせよ、そのルオではテールを使うから、この依頼は渡りに……渡りになんて言うんだったか?」


 わたり鳥?


「渡りに船。じゃあこの依頼、受けちゃうわね」


「おねがーい」


 俺は依頼書を読めるふりをして壁を眺める。


 ふむふむ。最近は依頼が多いなぁ。


 受付ではシャネルと受付嬢が話をしている。シャネルがこちらを指さした。ああ、はいはいというふうに受付嬢の女の人が笑顔になる。なにやら楽しそうに話している。


「なんの話してたの?」


 シャネルが戻ってきて、俺は聞いた。


「あの人と行きます、って言ってたのよ。私たちあんまり冒険者としてのレベルは高くないけれど、勇者の死んだドラゴン退治で生き残ったってそう説明してたの」


「へえー」


 そういや俺たちのランクってなんなのだ? 最初は「F」とかだった気がするが。でも俺ってよく考えたらあんまり依頼受けてないしなあ……。


「でもね、どうも受け付けの人は乗り気じゃないみたい。失礼しちゃうわね」


「それって俺たちじゃ無理って思われたってこと?」


「どうかしら。でもとりあえず依頼は受けさせてもらったわ。どうする? いまからすぐに東通りの家に行ってみる?」


「そうだな、善は急げというしな」


「やる気があるのは結構。じゃあ行きましょうか」


 というわけで俺たちは冒険者ギルドを出て依頼主の家まで行くことにする。


 東通りってのがどこかは当然俺も分からないのでそこはシャネル任せだ。


「にしてもさ、敵を倒すって話だろ? 敵ってなんだ?」


「さあ、分からないわ。ギルドのほうにも詳しい情報は入ってないらしいわよ」


「そんな怪しい依頼受けるなよな、ギルドも」


「ま、ギルドってそういう場所だから。町の人の何でも屋みたいな側面もあるのよ、冒険者には。ある意味正義の味方にも近いわよね。困った人を助ける、だなんて」


「そりゃあ良い」


 誰だって悪役よりも正義の主人公をやりたいものだ。


 そういえば昔、小さいころ。俺はいつもごっこ遊びで悪役をやらされていた。逆にいつも正義の味方をやっていた男は――どこにいるんだろうか? この異世界のどこかにいるはずなのだが。


「ギルドの話しじゃあ、一応相手はそれなりに信用のある人間らしいわよ。地位があるというか、有名人?」


「へえ」


 てこてこと歩く。


 今日はいい天気。パリィの空は青い。


 ギルドからけっこうな距離を歩いただろう。俺もシャネルも意外と体力はあるほうなので楽だよ。


「ああ、ここね」


 依頼主の家についた。


 こじんまりとした一軒家。小さな庭があり、きちんと手入れもされている。


「この場所に依頼人が?」


 そして、この場所に敵なんていう物騒なものが?


「借金取りとかかしら」


「どうだろうか。とりあえず入ってみるか?」


「そうね」


 だが俺たちが呼び鈴を鳴らすよりも先に家のドアが開いた。


 中から出てきたのは……メイドさんだった。


「コンニチハ」


 メイドさんは無表情だ。発音もどこかおかしい。もしかしたら外人さんだろうか。異世界でもあんまり見ない青い髪をしている。


「この家に何か用でしょうか?」


 メイドさんは手にホウキを持っている。いまから掃除でもするつもりだったのだろうか。


 こんな小さな一軒家にメイドさんってのもおかしな話に思えるけど、異世界じゃ普通なのだろうか?


「ここ、ヨツヤさんの家ですか?」


 シャネルは優しく言う。


 俺は最近知ったのだが、シャネルは男の人と話すときはいつも無表情でつんけんしている。俺と最初に会ったときもそうだった。


 けれど女の子が相手だと一転して優しいのだ。


 女の子が好き、というよりも男嫌いなのだろう。


「ソウデス。あなた方は? ご主人様のお知り合いですか」


 どこか棒読みだ。


 そのままじっとまばたきもせずに俺たちを見つめるのだ、なんだか人形みたい。


「私たちは冒険者です。ギルドで依頼を受理してきました」


「ああ、ソウデシタカ。ですが申し訳ありません。ご主人様はいま現在お休みになられております」


「まだ昼間だぜ?」


 俺は思わず言ってしまう。


 メイドさんは悲しそうな顔をした。


「ご主人様はご病気なのです……ですので調子が悪く……」


「ああ、ごめんなさい。言いにくいことでしたか?」


「いえ、ご主人様の病気はここら辺の住んでいる人ならみなさん知っております。……それよりどうぞ中へ。立ち話もなんですから」


 メイドさんはまだ無表情。


「なんだか陰気臭い人ね」


 シャネルが小さな声で言ってくる。


「お前が言うのか?」


 実際、シャネルも大概である。


 とはいえ俺にはいつも笑顔だから良いけれど。


 中に入るといきなり居間があった。その居間でまず目についたのは人形だ。それも子供が遊ぶようなちゃちなものではなく、もっと精巧なもの。人形というよりもドールとでも言ったほうが良さそうだ。


 リアルな等身のものもあれば、アニメ調のビスクドールもある。


「あら、素敵ね」


 どうやらシャネルは気に入ったようだ。やっぱり、という感じ。でも俺からしたらちょっとリアルすぎて気持ちが悪い。


 不気味だ、夜に髪の毛とか伸びてそう。


「ありがとうございます。この家にあるものは全てご主人様の作品です」


「そうなの。ヨツヤ様は――?」


「人形師をしております。どうぞ、そこへお座りください」


 俺たちは言われたとおりに座る。


 すると棚の上の人形と目があった。うへ……。


「おおい…………。誰かきたのかい……?」


 奥の部屋からか細い声が聞こえてきた。


「ご主人様、冒険者のかたですよ」メイドさんは扉の奥に向かって言ってから、「すいません。少し待っていてもらえますか」俺たちに頭を下げた。


「ええ」とシャネル。


 メイドさんは奥の方の部屋へと移動する。


「ご主人様、どうぞお休みください」


 声が居間の方まで聞こえてくる。


「……ああ、すまない。ごほ、ごほ」


 咳をしている。いまにも死にそうな咳だ。


「いえ、お話は私がしておきますから。もう大丈夫ですよ、ご主人様。きっと冒険者のかたがなんとかしてくれます」


「……そうだと良いがね」


 その声はなにもかもを全て諦めきっているようだった。


 ねえねえ、とシャネルが俺の服の裾を引っ張る。


「なんだ?」


 俺は声を小さくしぼりこむ。


「どういう関係だと思う? あのメイドさんと、ご主人様って人」


 と、シャネル。


 この女は……下世話というと言葉は悪いよな。なんていうか、そういう恋バナが大好きなのだ。女の子らしいといえばそうなのだが。


「メイドなんだから身の回りの世話をしているだけだろ?」


「まさか、ここはドレンスよ」


「はい?」


 シャネルの返事がなんの答えにもなっていない気がする。


「ドレンスは恋とオシャレの国なんだから。たかがお金のために甲斐甲斐しく世話をするメイドがいるもんですか。きっと2人は愛し合っているのよ」


「まさか」


 だって隣の部屋から聞こえてくる男の声はあきらかに老人のものだった。


 対してメイドさんの方は若々しい、まだ20代に思える。


 これで2人が恋仲だとしたら……そうとうだぞ。いや、もしも自分がその立場だったら嬉しいと思うけどさ、いやでもありえるか普通?


 メイドさんがあちらの部屋から出てくる。


「失礼しました。それでは、ご説明をします」


 そう言って彼女は俺たちの対面に座る。


 その目はまったくまばたきをしなかった。


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