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084 エピローグ


 昼頃だった。


 星の広場に馬車が入ってきた。何人かの人が一気に乗れる、こんにちのバスのような感じの馬車だ。こういうタイプの馬車をここらへんでは一般に駅馬車と呼ぶそうな。


 パリィを出発して、途中で何度か停まり明後日にはテルロンの港町に着くそうだ。


 そこから二人は海を渡り外国へと旅立っていく。


 二人というのは当然ローマとミラノちゃんだ。


「じゃあな、お前ら。本当になにからなにまでありがとうな」


 ローマがそう言う。


「これ餞別よ、受け取って」


 シャネルがローマにコインを渡す。金貨だ。


「こんなに……いいのか?」


「ええ。貴女たちのおかげでシンクの目的も達成できたのだし」


 シャネルは朝方、返り血まみれの俺を出迎えてくれた。その顔は微笑んでおり、俺を祝福しているようでもあった。


「ありがとう」


「でもさローマ。お前たちこれからどうするんだよ」


「そりゃあ僕たちはサーカスだぜ?」


「また人殺しでもするのか」


「違う違う。僕たちサーカスは表向きは旅芸人なんだよ。だからサーカスって名乗ってるんだ。いろいろと芸もできるんだぜ。それでお金でも稼ぐさ」


「そりゃあ良いな」


「ミラノも手伝ってくれるし、2人でなんとかやってみるよ。な?」


「……はい」


 ミラノちゃんは寂しそうに俺を見つめる。


「頑張れよ」と、俺は声をかけた。


「ありがとうございます」


 ペコリ、と頭を下げるミラノちゃんはとんでもなく愛らしい。もし隣にシャネルがいなければいますぐにでも抱きしめたいほどだ。そしてそれをしてもミラノちゃんは嫌がらず俺を受け入れてくれるだろう。


 だとしても、


「さあ、馬車の時間よ。2人とも。また会いましょうね」


 2人が馬車に乗り込む。他の乗客もいたが見送りは俺たちだけだった。


 ――ふと気がつくと、時間が停まっていた。


「朋輩、良いんですの?」


 アイラルンだ。


「構わないよ」


「いまならまだ間に合いますわよ? おいすがって『俺と一緒にいてくれ!』ってそう言うだけで、朋輩は両手に花ですわ」


 俺は首を横に振る。


「バラの花は一輪で良いんだ」


「ま、キザですこと!」


 アイラルンはからからと笑った。


「ちょっと名残惜しいけどな」


「でも良い事ですわ。一途な殿方は素敵です。ああ、そうそう。朋輩、スキル増えましたから」


「軽いな、ノリが」


「だって朋輩も知っていたでしょ? 復讐を果たせばスキルが増える。今回のスキルは『女神の寵愛~嗅覚~』ですわ。どうぞ存分にお使いくださいませ」


「微妙に使いみちが分からんぞ」


「ま、それはおいおい」


 では朋輩、とアイラルンは消えた。


 馬車はゆっくりと走り出す。


「じゃあな、ありがとうな!」


 ローマが馬車から顔をだし手を振っている。


 その後ろには照れたようなミラノちゃんが。


 馬車は凱旋門を一周してから街を出ていった。


 ふと、花の蜜みたいな甘い匂いがした。それがミラノちゃんの匂いだと気がついたとき俺の胸は締め付けられた。


 手を振り返す。


 2人を乗せた馬車はやがて街を出ていく。――見えなくなった。


「さて、帰りましょうか」


 シャネルは俺の手を引いた。


 今度は砂糖菓子みたいな甘い匂いがした。シャネルの匂いだ。


「うん」


「その前に凱旋門でも見ていきましょうか」


「そうだな」


 ま、あんまり面白くないんだけどさ。


「それでシンク、次はどうするの?」


 シャネルが凱旋門に近づきながら俺に聞いてくる。


「それなんだけどさ――手紙があったんだ」


「手紙?」


「ああ」


 水口が最後に読んでいた手紙だ。それを見て驚いた。なにせ日本語で書かれていたのだ。そして宛先は――。


「木ノ下だ。ルオ国ってところから送られていた」


「ルオねえ……遠いわね。異国よ」


「ああ」


 文面を読むに、水口はその国へと逃げようとしていたようだ。だがやんわりと断られていた。


 木ノ下……あのギャル女がその国にいるのか。


「なんにせよ、次はそこね」


「ああ」


 俺たちは凱旋門の足元へと来た。でっかいわね、とシャネルは嬉しそうにそれを見つめている。


 すると、シャネルが凱旋門の中へと入っていこうとする。


「あっ」


「なあに?」


「そこ、立入禁止らしいぞ」


 凱旋門のくせに門は通れないのだ。


「あら、そうなの。でもこれ英雄ガングーが建てた門でしょ? なら良いじゃない」


 どういう理屈かはわからないがそういうことらしい。


 たしかに立入禁止でもみんな入っていってたけどさ。


「悪いやつめ」


「でも通ればきっとご利益があるわよ。さあ、シンクも」


 手を差し伸べられる。


 俺はその手をとって、立入禁止を示しているのだろう低いロープを超えた。やれやれって感じだ。


 手をつないだまま、俺たちは凱旋門を通る。


 なんだか意外にも悪くない気分だった。


 シャネルはずっと微笑んでいる。その横顔がこの美しいパリィには相まってまた美しかった。



これで二章おわり

ここまで読んでいただきありがとうございます


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