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080 覚醒、そして勝利


 とにかくローマをどうにかしなくてはならない。


 あたりを警戒しながらローマの口元に手をやる、息はしているので死んではいない。とりあえず一安心。


「おい、あんた!」


 俺は打開策をねるために時間を稼ごうとする。団長に向かって叫ぶ。


「はて、なんですかな」


 天井に逆さにぶら下がった団長はそのままで答える。


「ずいぶんと酷いことをするな。ローマはお前の弟子みたいなもんじゃねえのかよ!」


「これはおかしなことを。わたしの元から離れていったのはローマの方ですよ。あんなエルフもどき一人助けようとして。まったく愚かなやつです。これだから半人は」


「愚か、だと!」


 それは違う。ローマは友人を助けようとその身を犠牲にまでしたのだ。そんな高潔なローマの意思がどうして愚かなものか。


「おろかですとも! 金というものは命よりも価値がある、金にならないことに命までかけて、あまつさえその目的すらたっせられない! それならばサーカスとしてそのままウォーターゲート商会に雇われていれば良かったものを」


「あんた……かわいそうなやつだな」


 俺は憐れむように団長を見つめる。


「なに?」


 団長の顔に怒りがうまれた。


「そんな歳になって、金は命よりも価値があるだと? そういうのはお金ちゃんよりも大切なものを見つけられなかったやつが言うセリフだぜ」


 もちろんお金は大切だ。


 でも、少なくともそれが一番ではないと思う。


 たとえばシャネルだ。誰かがシャネルを一億円で売ってくれと言われたところで俺は首を縦にはふらない。愛情はお金よりも大切なんだ。


 団長が天井からひらりと枯れ葉のように落ちてくる。シャネルがともすあかりが当たらない闇の中へと着地。した時にはまた姿が消えている。


 どうして消えるんだ?


 考えるが答えはでない。


「シンク! 後ろっ!」


 シャネルが俺に向かって叫んだ。


 俺は急速に嫌な予感を覚え、後ろを振り向く。


 団長の濁った目が俺に狙いを定めている――ナイフが振り下ろされる――ステップで避けようとするが足元から影でできた槍のようなものが俺の足を貫く――動きを止められたところを肩から腹にかけて袈裟懸けに切り裂かれる。


 剣が落ちる甲高い音がした。


 あれ、俺は剣を手放したか?


 そう思った瞬間には、俺自身もその場に倒れていた。


「シンク、シンクっ!」


 シャネルが叫んでいる。


 うるさいな……。


「ははは、ざまあないですね」


 団長のしわがれた声。


 斬られた場所が熱い。その熱さがやがて痛みに変わる。水に顔をつけて、うつぶせに倒れて、視界のはしの方で水が赤くなる。俺の血……だ。


 痛い、痛い、痛い。


 死にそうなくらいに痛い!


 最初に来たのが痛みなら、次に来たのは怒りだ。


 痛くて、苦しくて、死にたくなくて、それで俺にたいしてこんなことをする団長を恨む。


 しかしそれはやがて諦めに変わった。


 痛みは感じなくなってきた。


 もうこれまでだ、俺は死ぬ。


 考えてみればおかしな話だ、イジメられていた頃はあんなに死にたい死にたいと思っていたのに、いざ自分が死にそうになったらそれが嫌だなんて。


 もう良いじゃないか、死んでしまおうじゃないか。


 俺が死んだところで誰も、誰も悲しまないんだから……。


「シンクっ!」


 声がする。この声はシャネルの声だ。


 なんで俺を呼んでいるんだろうか?


 目を閉じようとする。頭の中で警鐘がガンガンと鳴る。きっと目を閉じたら眠りではなくそのまま死がおとずれる。


 誰かが水の上を歩いている音がする。


「ッ、こっちに、こないでちょうだい!」


 シャネルが叫んでいる。


 シャネル?


 シャネルがどうして叫んでいるんだろうか。ダメだ、確認するために顔をあげようにも体がもう動かないんだ。


(朋輩、朋輩、朋輩!)


 頭の中で声がする。アイラルンだ。


 シャネルといい、アイラルンといい、うるさいんだよ。人がせっかく死のうとしてるのに邪魔するなよ。眠いときに邪魔されるのって最低だろ。


「うるせえ……」


 小さな声がやっとでた。


(朋輩、こんなところで死んではなりませんよ! まだ志半ば、復讐は終えていません!)


 きっと俺、かなりやばいんだろうな。アイラルンの声はいつになく焦っている。


 本当の本当に死にそうなのだ。


「こないでって、言ってるでしょ!」


 あかりが消えた。


 その変わりに、一瞬だけ炎が燃え上がる。シャネルが攻撃魔法を唱えたのだ。


 だがそれは有効打にならなかったようで、


「きゃっ!」


 と、シャネルの叫び声が聞こえた。


 シャネルが、叫んだ?


(朋輩、大変ですよ)


 なにが?


(このままでは朋輩だけではなく、貴方のシャネルさんも死んでしまいますわ!)


 シャネルが死ぬ、それは嫌だな。


 嫌だ。


 死ぬよりも嫌だ。


「シャネルッ!」


 俺は体に残った力を全てあつめて腕を動かす。地面を殴りつけるようにして手をつき、それを支えにして立ち上がろうとする。


 まるで油のさしていない機械のようにぎこちない動き。しかし確実に体をあげていく。


 ふざけるなよ、俺が死ぬのはいい。けれどシャネルが死ぬのは許せたことじゃない。


 彼女はとても素敵な人で、優しくて、美してくて、そして俺は、俺は、俺は、シャネルのことが好きなんだ! だからシャネルには死んでほしくない!


 なんとか体を持ち上げようとする。


 しかしダメだ。


 それでも諦めない。


 諦めたらできることだってできなくなるんだ。俺は死なない、死んでたまるものか!


 水面に映った自分の顔が見える。


 いままでこんなに真剣な、死に物狂いの顔をしたことがあっただろうか?


 そして俺は、自分が『女神の寵愛~視覚~』のスキルを切り忘れていたことに気がついた。


 あわててスキルをオフにしようとする、いまの状況でこんな魔力ばかりくっていくスキルを使用している暇はない。


 だが、驚くべき文字が見えた。


――『5銭の力+』


 スキルが変化している。


 そこには燦然と輝く『+』の文字がある。


 つまりどういうことなのだ?


 その瞬間、俺の体に驚くべきことがおきた。


 斬られた部分の傷が消えていく。治るのとは違う、もはや時間すらも巻き戻して傷が消えているのだ。


 まばゆい光が俺の傷を包んでいる。


 なにか、大切なものをなくしてしまった感覚。それがコインではないことだけは確かだ。なんだ、お金の変わりに俺はなにをなくしたのだ?


 だがそんなことを考えている余裕はない。


 俺は韋駄天のごとく走る。


 シャネルと団長の間に入り込み、シャネルに向かって振り下ろされていたナイフを逆に下から剣で弾きあげた。


「なにっ!」


 団長の驚愕に見開いた目。


 俺は返す刀で団長を切ろうとする。しかしそこは百戦錬磨のサーカスの団長だ。一瞬で俺の前から消えてしまった。


 だが俺はその時みたのだ。


 サーカスの団長は消えたのではない――地面の中に吸い込まれていったのだ。


「シンク、傷が!」


「ああ、治った! どうしてか俺もよく分からねえけどな!」


 失ったものの大切さだけは俺の中で焦りのような感情として残っている。しかしそれがなにかは分からない。いまは生きていることだけに感謝だ。


「どうする、シンク。逃げる?」


 シャネルは不安そうに聞いてくる。


「いいや」


 しかし俺はシャネルに笑いかけた。


 彼女を助けられたことだけが嬉しい。


「じゃあどうするの?」


「あかりだ、あかりを灯せ」


「もうやってるわよ」


「もっとだ! この前やったみたいに!」


 考えてみれば団長が俺たちを襲ってきたのは前も夜――つまりは暗いところだった。それに対しては何も疑問を持っていなかった。闇討ちという言葉もあるくらいだ、敵を襲うときは夜襲が効果的なんだ。


 だけど、相手はさっきからまるで影を武器として使っている。


 ならば、本人すらもその影の中に自由に出入りできるのではないか? 実際、さきほどは影の中に溶け込んだように見えた。たぶん俺の視力がなければ分からなかっただろうが。


 だから――。


「シャネル、影の一つも残さないくらいに光らせろ!」


 どうなっても知らないわよ、とシャネルは呪文を唱える。


「『残火まばゆき陽炎よ、その光で万象を照らせ!』」


 やりすぎだ!


 思ったよりも強い光が出た。よくFPSゲームにあるフラッシュグレネードみたい。


 でも俺はなんとか目を閉じていたので大丈夫だった。


 だが相手はどうだろうか? 影の中にいてもこちらは見えていたはずだ。明らかに一箇所、影などできるはずのない場所に人がいるような影が見えた。


「ああ、そこに居たのか」


 俺は剣を腰だめに構える。


 そして、その刀身に魔力を込める。


「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ!』」


 影に向かってビームを放つ。


「うぐあああぁぁああっ!」


 叫び声。


 ビンゴだ。


 俺の放ったグローリィ・スラッシュは地面から壁から何までも飲み込んで、ぐじゃぐじゃにした。その中には当然、団長も含まれていたのだろう。


「ふう……」


 一息つく。


「危なかったわね」


「かなりな」


 実際スキルが進化していなければここで死んでいた。


 たぶんあそこで諦めなかったからだろうな。もうこれまでと思っていたらそのまま死んでいたはずだ。


「ローマちゃんは」


 シャネルが水に突っ伏しているローマに近づく。


「気絶しているだけだ」


「そうね」


 シャネルがペチペチと頬を叩く。すると、


「ううっ……」


 ローマは目を覚ました。


「大丈夫か」


 と聞いてみるが、ローマはここがどこだか分かっていないようだ。あたりをキョロキョロしている。気絶して記憶もとんでいるのだろう。


「とりあえずはすんだわよ。団長だとかいうのもやっつけたわ」


「団長? あ、そうだ! 団長だ! おい、お前たち大丈夫か!?」


「当然だよ、俺たちを誰だと思ってるんだって。ちゃんと勝ったぜ」


 ローマは破壊された周囲を見つめる。


「お父さん……」


 その言葉はたぶん無意識にでたものだ。


 俺もシャネルも聞かなかったことにした。それが優しさであると思ったのだ。



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