008 町についたぞ!
サン=タブゥルの町についたのは陽がとっぷり暮れた後だった。
この距離を歩くことになっていたかもしれないと思ったらゾッとしない。馬車に乗せてくれたフミナには感謝だ。
いちおう俺たちは護衛として馬車に同乗したのだが、敵のようなものは現れなかった。平和なものだった。
町は大きな城壁に囲まれている。なんだかいかにも中世の町! といった感じだ。いや中世とかよく知らないけどね。
城門とでも言うのか、桟橋の先には門があった。そこには兵隊さんたちがいて俺たち町へ入る人々の審査のようなことをしている。そのため、門の前には数台の馬車が並んでいた。
中にはえらく時間のかかる人もいて、「東の門に回ろうぜ」なんて会話も聞こえてきた。
「この町にはあとどれくらいこういう入国管理所みたいなのはあるんだ?」
「東西に二つずつ。あとはここの南門。北には、ない」
答えてくれたのはフミナだ。
「どうして?」
「簡単じゃない、敵の侵入を防ぐためでしょ?」
「その通り。このサン=タブゥルの町は大昔の革命戦争の前からある。だからその当時の敵国を想定して城壁がつくられている」
「へえ。じゃあこの石でできた壁はかなり年代門なんだな」
「なんならちょっと削って持っていく? お土産になるかもよ」
「誰にだよ」
「……ダメ。そういうことをしたら捕まる」
「冗談よ、冗談」
と言いつつも、シャネルならやりかねない。
なんというかこの子、常識がないんだよねぇ~。しかも本気と冗談の境目が曖昧で、ともすれば言ってることが全て真実とも戯言とも感じられる。
やっと俺たちの乗る馬車の番がきた。
兵士たちが今までにないほどに緊張して敬礼をしている。フミナが小窓からなにやら紙のようなものを外に渡す。
……紙というには質が悪そうだ。あれはファンタジックな物語でよく聞く羊皮紙ってやつだろうか。あとエジプトでよく使われたパピルスとかも有名だよね。なんにせよ、触ったら手が切れそうな現代の紙とは似ているようでかなり違う。
「この二人は私の護衛……」
「そうですか。どうぞ、お通りください」
兵士が羊皮紙をフミナに返す。そして最敬礼で見送られる。ほとんど顔パス同然だった。
「危なかったわね」
と、シャネル。
「え?」
なにがだろうか。
「私達、よく考えたら通行手形を持ってないわ。フミナと一緒じゃなければ町に入ることができなかったわね」
「な、なんだそれ」
おいおい、じゃあ俺たちは入れもしない町を目指してあの村から歩いていたわけか? というか、もしもそうなっていたら俺はショックで死んでいたかもしれない。
「やっぱり私って幸運だわ」
「ま、結果的に大丈夫だったから良いとするか」
起こりもしなかった事を恐れても仕方がない。なんにせよ今はこうして町に入れたのだ。結果オーライである。
「それで……二人は今晩の宿はあるの?」
もう夕方だ。たしかに宿の問題はあった。
「ないわね」と、シャネルがきっぱり言ってのける。
「じゃあ、うちに泊まると良い」
フミナだが、こちらも軽く言う。
そりゃあ俺たちとしては宿が簡単に決まれば嬉しいのだが、どうも話が上手く行き過ぎている。それとも俺が疑り深いだけ?
俺ってば性格悪いのかな?
「なんだか怪しいわね」
シャネルもジト目をする。
良かった、シャネルも怪しいと思ったわけだ。でもシャネルも性格悪いだろうからな……。やっぱり他人の好意を素直に受け取れないだけかもしれない。
「別に、他意はない。ただ屋敷に誰かいてくれたら楽しいだけ」
「楽しいってどういう事だ?」
「来れば分かる……」
どうしようか、とシャネルと顔を見合わせる。
すると、フミナの表情に影が浮かんだ。慌てて俺は言う。
「いや、行くよ。泊まらせてくれ」
「別に……嫌なら無理は言わない。ごめんなさい」
「あら、無理なんて言ってないわ。ただ裏がありそうだって疑っただけ」
おいおい、シャネル。さすがに酷すぎるだろ。オブラートに包むってもんをしろ。いや、この世界にオブラートとかないのかもしれないけど。
すかさず俺がフォローする。
「でもさ、貴族の屋敷だろ。面白そうじゃないか」
「そうねえ。お金もたくさんあるわけじゃないし。節約も大切ね」
「そう、宿代を払えなんて言わないわ。食事も出すし」
いや、そう言われるとますます裏がありそうで怪しいのだが……。
例えば屋敷に誘い込んで俺たちを処刑するとか。そりゃあまあずいぶんと無礼な物言いをしてきたけど。
でもさすがにそれはないか。半日とはいえ結構楽しくここまで馬車に揺られてきた。そんな仲なのだから。
「お言葉に甘えて泊まらせてもらうよ」
フミナの顔がぱっとほころんだ。まるで花が咲くような笑顔。まったく、この子はこんなに可愛らしく笑えるんならいつでもこの笑顔でいれば良いのに。なんだか他人にたいして勘違いされやすそうだ、と思った。
「それにしても夜だっていうのに活気があるのね」
シャネルが鬱陶しそうにそう言う。
いかにも人嫌いそうなシャネルだ。むしろどうして俺にはこんなに好意を持ってくれているのだろうか? 同じような匂いを感じ取ったのだろうか。復讐者としての。落ち着いた頃にきちんと聞いてみなくては。
「祭りか何かか?」
俺もカーテンをずらし窓の外を見る。
道には夜だというのに屋台がたっており、すっかり出来上った赤ら顔の人たちがたくさんいた。中には子供の姿もある。どの顔も楽しそうだ。
「縁日ではないけど、お祭り騒ぎであることは確か。こんど、この町に勇者が来るの……」
「勇者?」
って、あの?
え、本当にいるの。勇者って。じゃあ魔王とかもいるのか?
「勇者ってあの、魔王を倒したっていう?」
「……そう」
「あ、魔王もう倒されてるのね」
そりゃあそうか。そもそもゲームの中の勇者っておかしいよな。魔王を倒したから勇敢なる者――勇者って呼ばれるんなら分かるよ。なのに魔王を倒す前から勇者だもんな。
いや、それとも指名制なのか? たとえば軍隊で手柄をたてた人が王様とかから「お前が勇者じゃ! 魔王を倒してこいっ!」とか言われて勇者になるのか? それってもう無茶ぶりだろ。つうか軍隊派遣しろよ王様。
と、妄想の中の王様につっこんでも意味はない。
「で、その勇者が来るから町の人が喜んでると」
「そういうこと……」
その言い分だと勇者とやらはまだ町に入っていないらしい。なのにこの熱気。たぶん皆から好かれているんだろうな、なにせ勇者だし。
別に羨ましくないよ、ちょっと妬ましいだけ。
……でも勇者っていうくらいだし、やっぱり伝説の聖剣とか持ってるのかな。エクスカリバー? それはちょっと欲しいなぁ。
町の中に入れば馬車はあまり揺れない。道が石畳で舗装されているからだ。
その石畳に座り込んでいる男が一人……。
男は馬車の音に顔を上げた。
みすぼらしい、ホームレスだろう。髪はいつから切っていないのか、ひげはどれだけ剃っていないのか、伸びほうだい。着ているものもぼろ布だ。まるで死んでいるような目をしている。
ああなりたくはないものだ。
その男は馬車に乗る俺を見て、突如として立ち上がった。
「――――!」
何かを叫んでいるようだ。だが聞こえない。
男は追いすがるように馬車を目指して走り出したが、それは最後の力を振り絞ったものだったのだろう、すぐに立ち止まった。
そしていつまでも俺たちの乗る馬車を見つめていた。
「なあに、あれ?」と、シャネルが聞いてくる。
「シンクさんを見ていたようですが……知り合いですか?」
「いや、知らんな」
しかしどこかで見たことがあるような……。まさかな、異世界に知り合いなんているはずがないさ。
「気でも狂っていたのかしらん」
「おおかた物乞いだろう」
「……暖かくなってきたから変な人も増えてきた」
嫌な気分がした。それは黒い気配となって俺の五臓六腑を重たくした。悪い予感だ。こういうのはよく当たる。警戒しておかなければ。
ともあれ今は、見えてきた屋敷に目を丸くしよう。
「こりゃあすげえ」
豪勢な屋敷だった。