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773 ランティスのプロポーズ


 翌日の俺はとうぜんのように二日酔いだった。


 けれど二日酔いには二種類の二日酔いがある。つまり楽しくアルコールを摂取した後の二日酔いと、最低の気分を消すために飲みすぎた場合の二日酔い。


 とはいえ、どちらにせよ二日酔いはクソである。


 みんなも覚えておいてくれ。


 俺はすでにこの町には用がなかった。


 それでも、もう一日だけここに滞在することにしていた。それはなぜかというと、ランティスのことが気になっていたからだ。


 頭痛に耐えながらギルドを出て、ランティスの家へと向かう。


 時刻はどれくらいだろうか、まだ朝なことは確かだが。あれだけ飲んで昼前に起きられたのは行幸だった。


 ランティスの家の前には、彼の母親がいて洗濯物を干していた。


「おはようございます」と、俺は声をかける。


「ああ、あんたかい。うちの息子が世話になったね」


「いいえ」


 これは謙遜。


 手鳥足取り世話をしてやった自負がある。


「おかげでうちのもやっと一人前さ」


「ランティスは? まだ寝てますか?」


 やつの寝起きの悪さはよく知っていた。


「いいや、ちゃんと起きてるよ」


 その言葉と同時に、ランティスが家から出てきた。


 しっかりとしたスーツを着ている。こういうスーツはパリィではよくオシャレな人が着ているのだが、田舎の方では珍しく思えた。


「おはよう、ランティス」


「エノモトくん、おおお、おはようございます!」


 がちがちに緊張している。


 俺はリラックスしろよ、と笑う。


 とはいえ。


 俺も同じ立場になったとき緊張するんだろうな。


「しっかりやんなよ」と母親。


「う、うん」


 そう。


 何を隠そうランティス、いまからプロポーズをするのだ。


 というのも最初は酒の席の軽口だった。


 酔っぱらって気分を良くしたランティスは、冒険者たちの前でペラペラと自分がどうしてゴザンス山に登ったのかを話し始めた。


 そして金属の花を手に入れたので、ビアンテにプロポーズすると大観衆の前で宣言した。


 吐いた言葉は飲み込めない。


 あれよあれよと大盛り上がりの酒席で、ランティスのプロポーズが決定したのだった。


「逃げられないな」


 と、俺は言う。


「も、もちろん」


 もしかしたらランティスは自分をあえて追い込むことで、プロポーズをするための勇気を奮い立たせたのかもしれなかった。


「頑張れよ」


「うん。なんせ一生に一度のプロポーズなんだからね」


「ああ」


「ビアンテ、良いって言ってくれるかな」


「さあ、それは分からないけど」


 俺の言葉にランティスは不安になったようだ。


「ダメだったらどうしよう」


「そのときはそのときさ。それに、ダメって言われるのか?」


「大丈夫、だと思う」


「なら言ってこい。結婚してくださいってな」


 ランティスは頷いて、ビアンテの家の扉を開けた。


 中に入っていく。


 俺はついていくような野暮なことはしない。ただここで結果を待つだけだ。


 けれど少しだけ悪いと思いながら聞き耳をたてた。俺の耳は抜群に良いのだ、その気になれば家の中の会話だって丸聞こえだ。


「あら、ランティス」


 ビアンテの声だ。


「お、起きてた?」


「うん。今日はいいお天気ね」


「そ、そうだね」


「何か持ってるの?」


 すごいな、目が見えないのに分かるんだ。


「う、うん」


「重たいものを持ってるわね。もしかして、なにかお土産でもくれるのかしら?」


「そうだよ」


「あらまあ、本当に? その様子じゃあ、ギルドでのクエストは成功したわけね。あの、エノモトさんだったかしら。きっとあの人のおかげでね」


「ぼ、僕だって活躍したさ」


「そうかしら? ふふっ、そういうことにしておいてあげる」


 ビアンテは楽しそうに笑っている。


 そういう声が聞こえてくる。


 良い雰囲気だ。


「あのさ、それでお土産。いや、プレゼントがあるんだ!」


「なにかしら?」


 おや、なんだかビアンテの声には余裕のようなものが感じられた。


 もしかしたらこれから何を言われるのか分かっているのだろうか。まさか、ね。


「これ、見てほしいんだ!」


 そう言って、たぶんランティスは金属の花を突き付けた。


「見えないわよ」


 そりゃあそうだ。


 どうやらランティスはとても緊張しているらしい。


「ご、ごめん。あの、これ! 花!」


「お花? へえ、花瓶はどこにあったかしら」


「そうじゃなくて、これ! 指輪の材料!」


「ああ、なるほど」


 どうもビアンテは余裕のようだ。


 どこか楽しんでいるようにすら感じられる。


「その、ビアンテ。聞いてほしんだ」


「うん」


「あの、僕と、その、結婚……してほしい」


「いいわよ」


「えっ!?」


 軽いなあ。


 いや、即答だったぞ。


 どうやら返事は最初から決まっていたようだな。


「で、ランティスは私にわざわざそんなことを言うために、そのお花を採ってきてくれたの? まさかお金を出して買ったわけじゃないわよね」


「採ってきたんだよ! エノモトさんと!」


「そう……ありがとう」


 ちょっと待っててね、とランティスが言う。


 どたどたと音がして、家から出てきた。


「エノモトくん!」


「おう」


「オッケーだってさ!」


 聞いてた、とは言えなかった。


「良かったじゃないか!」


「うん! ビアンテ、僕と結婚してくれるってさ!」


「おめでとう、本当に」


 ついてきて、というので今度は俺もビアンテの家に入る。


「あら、エノモトさんもいたの?」


「こんにちは」


「なんてね、本当は分かってたのよ。だって音が聞こえてたもの」


 ん?


 ああ、そうか。


 ビアンテも俺と同じなのだ。目が見えない分、きっと耳がいいのだろう。


 つまり最初から外にいる俺たちの会話も筒抜けだったのだ。


「ビアンテ、それでね。お願いがあるんだ」


「なにかしら」


「その、目の手術を受けてほしんだ」


 ランティスがそういうと、ビアンテは壁の一点を見つめた。


「そうね……」


「その、スピアー兄さんのことなんだけど」


「ええ」


 言うのか? と、俺はランティスに視線を送る。ランティスの目には決意が浮かんでいた。


「今まで黙っててごめん、スピアー兄さんはその、死んだんだ」


「……でしょうね。薄々はそう、感づいてたわ」


 ビアンテの目から涙がこぼれた。


 目が見えなくても涙は流れるのだ、それは俺たちと変わらない涙だった。


「ごめん、言ったらビアンテが悲しむと思って」


「悲しむわよ、そりゃあ。でもあんなに優しかった兄さんが連絡もしてこなくなるんだから、そりゃあ何かあったと分かるわよ。そう……死んだのね」


「ここにいるエノモトさんが、スピアー兄さんの最期を看取ってくれた」


 ビアンテは壁から目を離す。まるで何か迷いを断ち切るように。


「兄さんの最期は、どうでした?」


「良い奴だったよ、最期の時まで」


「安らかでしたでしょうか?」


 俺は少し迷った。


 なぜなら俺が振り向いたとき、スピアーはすでに死んでいたのだから。


 けれどその顔はどうだった?


 少なくとも苦しんだようには見えなかった。


「ああ、とっても安らかだった。あいつは俺を守ってくれたんだ。ありがとう、その言葉を伝えることはできなかったけど」


「兄さんらしいです……そうですか」


 ビアンテは泣いていた。


 けれどその涙をランティスがぬぐう。


「ごめんね、ビアンテ」


「良いのよ。だって、これからは貴方が兄さんの代わりに私を守ってくれるのでしょう?」


「うん」


 間髪入れずに応えたランティスを、俺は漢だなと思った。


 ランティスもきっとこの冒険で成長したのだろう。


 きっとこの二人は大丈夫だ、俺はそう思った。


 良い結婚生活を送れるさ。


 さて、次は俺の番だった。


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