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770 謎の爆発と下降


 銀色の花は、風が吹いてもまったく揺れることもせずにその場に咲いている。


 一方の俺は、標高の高さからくる強い風にあおられていた。頼みの綱の無限に伸びるロープは心細く揺れている。


 ランティスがこちらを覗き込んでいるのが見えた。


 けれど、もしかしたらもう俺のことを肉眼でとらえられていないのかもしれない。


 俺の目からは不安そうに崖を覗き込むランティスの姿が映っているが、あちらかはらどうだろうか。


 ゆっくり、ゆっくりと降りていく。


 そしてとうとう銀色の花の隣まできた。


 近くでまじまじと見る。花弁どころか、茎から何からまで銀色だ。


 それを手でとって岩肌から引っこ抜く。


 俺は経験上知っていた。この花は重たいのだと。そういう覚悟をして持たねば、あまりの重たさにロープを手放していたかもしれない。


 だが、しっかりと予想していた俺はその重たい花を普通に持つことができた。


「よし」


 ロープの先端に花を巻き付ける。


 このまま俺の方だけ上って、後でロープごと引き上げるつもりだった。


 だが、猛烈に嫌な予感がした。


 先ほどまでも少しだけあった予感だ、それがいきなり強くなる。


 どうしてだ?


 考えてみるが、判断はつかない。まさかドラゴンが目を覚ましたのだろうか。


 だとしたら、急いで撤退しなければ。


 上を見た。


 ランティスの姿がない。


 さっきまでこちらを覗き込んでいたはずなのに。


 なにかあったのだろうか。


 そう思った瞬間だった。


 爆発音がして、斜面すらも揺れた。その後、すぐに爆風が来る。


 俺は風にあおられて壁から足を離してしまう。


「しまった!」


 と、叫んだ瞬間にはもうダメだった。


 俺を支えていたロープが、宙ぶらりんになった俺の体重で伸び始めた。


 無限に伸びるというロープ。もしそれが本当ならば、このロープは俺が地面に激突するまで伸び続けるだろう。そんなことはないとは思うが。


「くそっ!」


 悪態をついてなんとか断崖の方へと足を延ばす。


 だが、俺の足裏は断崖を蹴るばかりでその場に留まろうとはしない。


 ダン、ダン、ダンと強く断崖を蹴りながら、俺は跳ねるようにして落ちていく。


 そしてついにその時はきた。


 ロープが伸びきったのだ。


 自分の体重がいっきにロープを掴んでいた両腕にかかる。


 痛みにたまらず手を放してしまう。


 そして浮遊感が俺を包み込んだ。


 ダメだ、このままでは落ちてしまう。


 そうなれば、待っているのは『死』である。


 あるいはスキルのおかげで死ぬことはまぬがれるかもしれない。けれどそれでどらくらいのお金、あるいは寿命を消費するのか分かったものではない。


 俺は空中で刀を抜いた。


 それをなんとか断崖へと突き刺す。


 刀の方が負けるかもしれない、そうならないように魔力を込めて切れ味を増やす。


 刀は赤く輝きながら、断崖の岩肌をバターのように切り裂いていく。


 ――頼む!


 と、俺は願った。


 このまま止まることなく地面に叩きつけられるかもしれない。そうならないように、途中で止まって欲しかった。


 願いが通じたのか、そのまま落ちきることはなく下降は止まった。


 俺は刀を岩肌に突き刺したまま、自分の荒い息を整える。


「ひどい目にあった」


 そう言える余裕があるのは俺が生きていて、なおかつ無傷に近いからだ。


 自分落ちてきた方を見上げる。


 さて、いったいどれくらいの距離を落ちたのだろうか。


 まったく分からない。


 ここから下にいけばいいのか、それとも上に登ればいいのか。どちらともつかなかった。


 おそらく安全なのは下にいったん降りてから再び山を登るという方法だろう。できることなら俺もそうしたい。


 けれどあの爆発。気になる。


 いったい何があったのだろうか。ランティスは無事だろうか。そう考えると、少しでも早くランティスと合流できるルート、つまりいま落ちた断崖をそのまま登っていくルートの方が良いように思えた。


 俺は覚悟を決めた。


 次に落ちることになったら、たぶん今のように上手くはいかないだろう。だとしても、俺はこの壁を登るしかない。ランティスのことを守らなくては。


 刀を抜いて、鞘に納める。


 そしてゆっくりと断崖を登る。まず目指すのは垂れ下がるロープだ、あそこまで行けることができれば、こちらのもの。


 しかし岩肌はもろく、乱暴に体重をかけようものならすぐさま崩れてしまう。


 慎重な作業だった。


 神経をつかう。


 どうして俺がこんなことをしているのだろうと疑問にすら思った。


 けれど、俺はシャネルのことを思う。


 考えてみれば彼女はいままでよく待ってくれた。


 優柔不断で、ヘタレで、童貞だった俺にずっと優しくしてくれた。見守ってくれたというのとも違う、一緒にいて、助けてくれたのだ。


 俺はシャネルのおかげで男になれた。


 その彼女がいま、俺と結婚したいと言う。


 たしかに不安はある。


 けれど、これは喜ぶべきことじゃないのか?


 俺は一歩一歩、覚悟を決めるように断崖を登った。


 そしてロープの場所までたどり着いて、しっかりとロープを手に持つ。はじにくくり付けられていた金属の花は、どうしようかと迷ったが、外して持つことにした。


 このまま垂れ下がらせておいたら、もしかしたら引き上げる余裕がないかもしれないからだ。


 俺は金属の花と共にロープを登っていく。


 そして、山頂付近へと舞い戻った。


 あたりを見回す。ランティスの姿はない。けれど、すぐ近くから巨大な咆哮が聞こえていた。


 見ないでもわかる、ドラゴンの声だ。


「どうやら起きたらしいな」


 さっきの爆発がなんなのかは分からないが、それで目を覚ましたと考えるのが妥当だろう。


 俺は刀を抜く。


 けっきょくこうなるのか、戦うしかない。


 すり鉢状の空間へと俺は大急ぎで行き、へりからそこを覗き込んだ。


 中心にはドラゴンがいて、暴れまわるように四本の手足をじたばたと動かしている。


 比較的おとなしいとは何だったのか、その様子はまさしく天地を震わすほどに暴れるモンスターだった。


「ランティスは!?」


 見当たらない。


 逃げてくれたのだろうか、それなら良いのだが。


 だが違う。ランティスはなぜかすり鉢状の斜面を降りていこうとしていた。


 ここからは遠い、ちょうど反対側だった。


「おい、ランティス!」


 何をしているのだ、と思って俺は声をあげた。


 けれど聞こえていないようだ。


 どうしたらいいんだ?


 考えがまとまらないまま、二度目の爆発音が響いた。


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