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765 スピアーの妹


 そして翌日である。


 俺はすっきりと目を覚ました。


 そう毎度まいど二日酔いにはなっていられないからな。それに今日はランティスと一緒にゴザンス山へと登る約束をしたのだ。


 昨日の夜、ランティスとはビアンテの家で別れた。そのさいに言われたのだ。


『エノモトくん、明日の朝からゴザンス山に登りましょう』


『なにか急いでるのか?』と、俺は聞いた。


『あの……少しだけ』


 そういうことならと了承したのだ。


 というわけで俺は手早く準備を整えて部屋を出た。


 まだ早朝と言っても良い時間、ギルドにたむろする荒くれ者の冒険者たちは誰も活動を開始していないようだった。


「おはようございます」


 受付で背の小さな男に声をかけられる。


 さすがにこの人は起きていたらしい。


「いまからゴザンス山に登りますんで」


「そうですか、ご武運を」


 ギルドには貸出用の野営道具がある。簡易的なテントやら何やらが入ったリュックサックであることが多い。俺はそれを借りることにした。


 ちなみにこれ、なくすとレンタル料にプラスして新品で買うよりも多くの金額を請求される。なので借りたものはしっかり返さなくてはならない。


「それじゃあ、行ってきますんで」


「はい」


 俺は借りたリュックサックを背中に、ギルドを出た。


 ランティスの家は昨日のビアンテの家の隣なのでさすがに覚えている。


 迷わずついて、扉をノックした。


「ランティス、俺だ。榎本シンク。起きてるか?」


 けれど反応がない。


 はて、まだ寝ているのだろうか?


 だとしたら面倒だな、出直すか?


 しかし見ればビアンテの家の扉が開いているようだった。不用心だ。


 いや、けれど考えてみればビアンテは目が見えないはずだ。あの扉を開けたのは誰だろうか、ランティスかもしれない。


 俺はランティスがビアンテの家にいるのではないかと、そちらの方へ行く。


 開いている扉をあえてノックして「おはようございます」と中に入った。


 しかしランティスはそこにいなかった。


 かわりに居たのは見知らぬ老婆で、ちょうど家から出てこようとしているところだった。


「んんっ? あんた、誰だい」


「あ、えの。榎本シンクと言います」


 老婆は俺の腰に吊るされた武器を見た。


「冒険者?」と、聞いてくる。


「まあ」


「そう、あの子になんの用?」


「あ、いや……ランティスがここにいないかと思って」


「ああ、あの子ならまだ寝てるよ。起こしてこようかい?」


「え?」


「私、あの子の母親」


「そうなんですか」


 言われてみれば目元が似ているような気もする。


「ちょっと待ってな。すぐに叩き起こしてくるから。あんた、これからうちの子と山に登るのかい?」


「いちおう」


「あんまり危ない事はするんじゃないよ」


 はい、と俺は答えた。


 老婆がランティスの家の方へと歩いていく。


 そうか、ランティスは寝坊か。


 玄関のところに立っていても仕方がないので、俺は中に入ることにした。


 てこてこてこ、でも歩きながら考えたけど。女の子が一人で暮らしている家に勝手に入るってどうなんだろうか?


 ダメな気がする。


 けれどそう広い家でもないので、すぐにビアンテにも俺の存在が気づかれる。


「あら?」


 昨日と同じベッドにビアンテは横になっていた。


 俺の――たぶん足音を聞いてだろう――体を起こす。


「お兄ちゃん?」


 けれど俺だとは分からなかったらしい。


「ごめん。榎本シンクだ」


「あら、ごめんなさい。間違えちゃった、雰囲気が少しだけ似ていたから」


 ビアンテは悲しそうな顔をしていた。


「ごめんな、キミの兄さんじゃなくて」


「あ、いえ。エノモトさんが謝ることじゃないわ」


「お兄さんは? 帰ってこないの?」


 昨日もいなかったし、今日もいない。


 それにビアンテがこんなふうに気にしているのだ、長く帰ってきていないのだろうと予想した。


「ええ、そうなの。どこで何をしてるんだか……」


「冒険者なの?」


「ええ、そうよ。どこかで元気にやっているとは思うのだけど。ああ、そうだエノモトさん」


「うん」


「スピアーって冒険者、知らない? 兄はビィドール・スピアーって言うんです」


 その名前を聞いたとき、俺は息が止まりそうになるほど驚いた。


 知っている。


 俺はその男を知っている。


 けれどその男はもう、死んでいるのだ。


「あ……いや」


 なんと答えれば良いのか分からない。


 本当のことを伝えて良いのだろうか。


 いや、たぶんダメだ。ビアンテはスピアーが死んだということを知らないのだ。


 隠されているのか、それとも周囲の人たちも、誰もしらないのか。


「そうよね、冒険者って言ってもたくさんいますもんね。でもね、エノモトさん。もしお兄ちゃんに会ったら、たまには帰ってきて欲しいって伝えておいてくれますか?」


「う、うん。そうするよ」


「スピアーって言うんですよ、ちゃんと覚えてくださいね。こんな大きな槍を持っているはずですから」


「分かったよ」


 たぶん間違いないだろう。


 俺が勇者である月元を殺すために参加した、ドラゴン退治。あの場で一緒に行動をともにした男の中に、スピアーという槍使いがいた。


 良いヤツだった。


 ジメッとしたところがなく、面倒見があって、人にも気を使える優しい男だった。


 一緒にいた期間は短かったかもしれないが、俺がこの異世界に来て初めて心を許せる男友達だったのだ。


 そういえばたしかに妹がいると言っていた。そうか、それがビアンテなのか。


 俺はなんと言えば良いのか分からなくなって、曖昧に笑う。けれどその笑顔はビアンテには見えないのだろう。


 それからしばらくの間、ビアンテはスピアーの話をした。


 話を聞くに、スピアーは昔から変わらない優しい男だったらしい。


 思春期の頃に村を出て冒険者になったのだという。それでも定期的に帰ってきては、目の不自由なビアンテのことを心配していたのだという。


「本当はね、お兄ちゃんは私の治療費を送ってくれてたの。その気になれば目を治すこともできる……かもしれないの」


「へえ、そうなの」


「でも、もし失敗したらって思うと、怖くて。だからね、今度お兄ちゃんが帰ってきたら、しばらく一緒にいてもらうわ。少なくとも手術の間は」


「それが良いね」


「ごめんなさい、エノモトさん。会ったばかりの人にいいなりこんなことを言われても困るでしょう?」


「いいや、良いんだよ。目、治ると良いね」


「ええ」


 それからすぐに、慌てた様子でランティスが来た。


「ごめん、寝坊した!」


「おう。じゃあ行くか、ランティス」


「うん、ビアンテ、じゃあ行ってくるよ」


「気をつけてね、ランティス」


 分かってるよ、とランティスは頷く。


 それで、俺たちはゴザンス山に出発るのだった。


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