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764 ビアンテ


 ランティスが案内してくれたのは、家々が立ち並ぶ一角にある平屋だった。


 猫の額ほどの庭があり、そこには洗濯物が干してある。何をするかと思えばランティスがそれを取り込んだ。


「あんたの家?」


「いや、違うんだけど」


「じゃあどうして洗濯物を?」


「それは……まあ良いか。どうせ町の人はみんな知っていることですし。エノモトくんにも言っておきます」


「ん?」


 なんだか事情がありそうだ。


 俺は茶化すような笑顔を引っ込めた。


「この家は僕の家ではありません、僕の家は隣です」


 少し離れた場所に、同じような家があった。


 裕福層にも、貧乏そうにも見えない一軒家。このあたりにはそんな家ばかりがある。なんだか団地みたいだと思った。


「この家に住んでいるのは、えっと……女の子なんですが」


「うん」


「僕の幼馴染で、ビィドール・ビアンテと言います」


「幼馴染、か。いい響きだな」


 俺にもそういう存在はいた。


 まあ、それは男で、しかも最終的には殺し合うことになったのだが。


「彼女は目が見えないんです」


「目が?」


「はい。なのでこうして僕がときどき、ビアンテの手伝いをしています」


 ランティスは照れたように視線を落とした。


 それで俺は察する。


 ――ただの幼馴染じゃないみたいだな。


「だいたい分かったよ。それで、ランティス。俺も中に入っていのか?」


「えっと、どうぞ。ただビアンテは大きな声が苦手なので、そこだけは注意してほしいです」


「分かった」


 半分はいつもの野次馬根性だろう。


 けれどもう半分は、ランティスの事を知りたかったからだ。


 ランティスがどうしてもゴザンス山に登りたい理由は、まさにここだろう。


「ビアンテ。僕だよ、開けるよ」


 ノックをしてから、ランティスはそっとできるだけ音をたてないように扉を開けた。


 俺もそれに続く。


 窓際にベッドがあり、そこには小柄な女性が座っていた。


「……あら?」


 こちらを見た。


「ランティス、誰かいるの?」


 見たと言ってもその瞳に光はない。溶けかけたバターのようにとろんとしていた。


「うん、エノモトくん。僕と同じ冒険者さ」


「冒険者の人なのね。こんにちは」


 視力がないというのに、ビアンテはしっかりとこちらを見て挨拶をしてくれた。


 端正な顔立ちをした美人だ。


 これは悪口ではないのだが、なんだか蝋人形のようにも見える。綺麗だけど、少しだけ怖かった。いまにも壊れてしまいそうだ。


「ビアンテ、ご飯は食べた?」


「ええ。さっきお婆さんが来て食べさせてくれたわ」


「そう、なら良かった。ここに洗濯物、畳んでおくよ。もう乾いてたから」


「ええ、ありがとう」


 座ってください、とビアンテは俺に言う。


 椅子があったので俺は遠慮なく腰を下ろす。


「えっと……?」


「榎本シンクです」


 俺はまず名乗った。


 相手の目が見えないとしても、自己紹介は大切だろう。そういうもんだ。


「エノモトさんですね。私はビアンテです、ランティスと仲良くしてくれてありがとうございます」


「ちょっ、ビアンテ。そういうこと言わなくてもいいよ」


 ニコニコと笑っているビアンテからは、先程の蝋人形みたいな雰囲気は消えていた。なんだかランティスのお姉さんみたいに見えてきた。


「ねえ。エノモトさん、外は晴れているわよね」


「よく分かるね?」


「ええ、何となくね。雨だったら音で分かるのよ、晴れか曇りかを判断するのが大変なの」


「特技なんだな」


 俺が言うと、ビアンテは不思議そうな顔をした。


「ええ、そうよ?」


「なに、俺なんか変なこと言ったか」


「いいえ、言ってませんよ」


 と、ビアンテは少しだけ笑った。


「ビアンテの特技を驚かないの?」


 ランティスが聞いてくる。


「え、なにが? すごいじゃないか」


「うふふっ、ありがとうございます」


「すごいなぁ……エノモトくん、動じないんだ」


 べつに動じるようなことはないと思うが。


 目を閉じていたって外の天気がどうなっている分かる人だっているだろう。それと同じようなものだと思った。


「ねえ、ランティス。新聞を読んで」


 ビアンテが甘えたような声を出した。


 そうすると、次はランティスの妹のように見えた。


 本当に不思議な子だ。雰囲気がコロコロと変わる。


 どれが本当のビアンテなのか、あるいはどれも彼女なのか。


「新聞って、エノモトくんがいるんだぞ?」


「でも読んでほしいのよ。ダメかしら?」


「恥ずかしいなぁ……」


 ランティスがこちらをちらっと見た。


 俺はどうぞ、と肩をすくめてみせる。


「えっと、それじゃあ……」


「楽しい記事にしてね」


 ランティスが新聞を広げた。俺もそれを横から眺めたが、残念、俺は文字が読めないのである。


「グリースの復興についての記事があるよ。ドレンス、アメリア、グリースの三国が同盟を結んで、新政権を樹立だって」


「や、そんな話聞いても面白くないわ」


「そっか……あ、じゃあこれなんてどうかな。パリィで近々大々的な結婚式をやるって話」


「へえ、そうなの?」と、ビアンテ。


 へー、そうなんだ。と、俺。


 いちおうパリィの街には住んでいるが、そういうことにはとんと疎い。そういえばここに来るため馬車の中でも、そんな話を聞いたかも。


「誰の結婚式?」と、俺は気になったので聞いてみる。


「詳細は載ってないけど、なんでも大貴族の娘さんだとか。初代ガングーから続く、由緒正しい家柄なんだってさ」


「へえ、そうなの、すごいわね」


「あっ……」


 ランティスが記事の中に何か目ぼしいもんを見つけたようだ。


「どうかしたの?」


「いや、ううん……なんでもない」


 何でもないということはないだろう。


 明らかにソワソワしている。


 よっぽど嬉しい記事が載っていたのだろうか。


 けれどランティスはそれを隠すように、他の記事を読み始めた。俺はわざわざ聞くのもな、と思ってその場はそれで終わりにした。


 しばらくするとビアンテも新聞に飽きてしまったのか「もう良いわ」と言った。


 その頃にはすでに空は暗くなっており、俺たちはまあ今日一日たいしたことをしなかったわけだ。


「ねえ、ランティス。そういえば聞いてなかったのだけど。そちらのエノモトさんとはどうして一緒にいるの?」


「ああ、同じクエストを受けるんだよ」


「あら、そうなの。危ないことはしないでね」


「大丈夫だよ、エノモトくんはすっごい強いんだよ」


 へえ、とビアンテがこちらを見てくる。


 見る、と言っても目は見えないのだが。


「すごいのね、お兄ちゃんよりも?」


「分からないけど、同じくらい強いさ」


 ビアンテのお兄ちゃん?


 そんな人がいるのか。


 俺はなぜか会話の中で出たその単語が、とても気になるのだった。


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