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762 ゴリラみたいな冒険者


 店主がいかにもな空咳をした。


 話し込んでいないで買い物をしろ、ということだろうか。


「とりあえず必要なものを揃えるか。あんたは?」


「え?」


「何を買いに来たわけ?」


「ああ、えーっと。この店にニオイ消しの秘薬が売ってるって聞きまして……」


「ありますよ」と、店主」


「ないよ」と、俺。


 ランティスは不思議そうな顔をする。


 癖なのか、メガネのブリッジを触った。


「えっと……それがあればゴザンス山にも登れると思ったんですけど」


「そんな便利なものがあればね」


 ランティスはどうやらがっかりしたようだった。


 それに対してカモを失った店主は不満そう。若干、睨むような視線を俺に向けてくる。


「そう怖い顔しないでくださいよ」と、俺は言ってから、無限に伸びるという触れ込みのロープを手にとった。「これ買いますから」


「まいどあり」


 一転して店主は満面の笑みだ。


 その笑顔はこの商品の性能についてなんの証明にもならないどころか、むしろ怪しさすら感じられるものだった。


 俺は代金を払った。


 完全なる無駄遣い。


 とはいえ夢がある。それを買ったと思えば良いのだ。


 無限に伸びるロープは普通に巻いてあるのだが、その最初の部分に箱のようなものがついている。ちょうど巻き尺のような感じだ。


「いい買い物をした」と、俺は自分に言い聞かせた。「これは無限に伸びるそうだ」


「本当に伸びるんですか?」とランティスは聞いてくるが。


「伸びますよね?」と、俺が店主に聞くと。


「伸びますよ」と、店主。


 ま、たぶん無限には伸びないのだろうけどね。


 カランコロン、と音がした。見れば他の客が入ってきたようだ。


 けっこうな人気店だね。


「俺たちは出るか。それともそっちも何か買うか?」


「あ、いや。もういいです」


「歩きながら事情を話してもらおう。なにも店内で立ち話しなくちゃいけないわけもあるまい」


 店に入ってきたのは二人の男だった。


 どちらも俺と同じくらいの長身で、ひと目で分かるほどに筋肉がついている。


 強そう、というよりもガラの悪そうな雰囲気の方がまさった。


 おそらくは冒険者家業。


 なんだか目を合わせたら揉め事になりそうだな、と俺は思ってわきに避けた。


「それでよぉ、そいつらがよ――」


 けれど、ダメだった。


 男たちは話しに夢中でろくに前を見ていない。


 俺は避けたというのに。


 ――ドンッ!


 むしろわざとではないか、というくらいにこちらに吸い寄せられ、ぶつかった。


 ぶつかるとあちらの方が吹き飛ばされた。


 尻もちをつく男、最初は何が起きたのか分からなかったのだろう。


 やれやれ、と俺は思った。


「大丈夫か?」


 手を差し伸べる。


 べつにそんなことをしてやる必要はないだろうが、ある種のサービスだ。


 けれど男は尻もちをついたことが恥ずかしかったのだろう。俺の手を叩いて立ち上がる。


「触るんじゃねえ!」


 男は俺を睨んでいる。


「おいおい、何してんだよ。こんな優男に突き飛ばされて」


 それを、連れの男が笑った。


「うるせえ! おい、ガキ!」


 ガキって俺のことだろうか?


「なんでしょう」


「てめえ、前見て歩いてんのか!」


 どうしよう。


 それはこっちのセリフなのだが、そんなことを言っては絶対に喧嘩になる。


 そうなって負けるとは思えないが面倒であることは確か。


 相手に大怪我をさせないように手加減するってのは、けっこう難しいのだ。


「いやあ、すいませんね」


 なので俺はなんとかここを穏便に済ませようとするのだが。


「ぶつかってきたのはそっちですよ!」


 なぜかランティスが挑発するようなことを言う。


「なんだと」


「おい、こら! 俺たちに文句でもあるのか!」


 あーあ、怒っちゃったよ。


 一方、言った方のランティスと言えば。


「ううっ……」


 怯えているのか、俺の後ろに隠れるように立っている。


「まあ、なんだ。とりあえず落ち着いて」


「表に出ろ、ガキどもがよ」


「あ、ああ。出てやりますよ!」


 震えた声でランティスは言う。


 俺はそのランティスの頭を叩いた。


「頭を冷やせ! こんなところで喧嘩してなんになる!」


「だ、だって……エノモトくん。悪いのはあいつらで――」


「いいか、こういう頭がゴリラみたいな手合は関わらなくぃのが吉なんだよ!」


 いきなり、視界の隅に拳が入ってきた。


 その刹那、俺の体はすでにその拳が当たらない場所へと移動していた。


 男の1人が派手に体勢を崩す。


「て、てめえ……」


 不意打ちが空振りして恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしている。


「なに?」


「誰がゴリラだ!」


「エノモトくん、普通に酷いこと言ってますよ」


「すまん、本音がポロッと」


 ダメだね、せっかく穏便に済ませようと思ったけど無理みたいだ。


 男たちはもう本当にゴリラみたいに騒ぎながら外に出る。


 ついていかないといけないのかなぁ……。


 見れば店主は嫌そうな顔をしている。そりゃあそうだよね、店の前で騒ぎを起こされたら誰だって嫌な気分になる。


 俺は文句を言われないうちに店を出た。


 ランティスは中にいるのかと思ったが、彼も一緒に出た。戦うつもりだろうか? むしろ戦えるようには見えないが。


「エノモトくん……」


「ん、なんだ?」


「こうなったら二手に逃げましょう。うまく行けばどっちかは助かるかもしれない」


「なるほどなぁ」


「合図をするから、それで一斉に走り出します」


「いや、ランティス。それより良い方法がある。2人とも確実に助かる方法だ」


「え?」


 つまり。


 と、俺は二人組の冒険者の方を向いた。


「あいつらを2人とも倒しちゃうんだよ」


 男のうちの一人が肉厚の剣を抜いた。こちらは仮にゴリラ1としておこう。


 もう一人の方は戦う気がないのか、後ろの方でニヤニヤと笑いながら腕を組んで立っている。


「おい、お前ら。いちおう聞いておくが冒険者だよな!」


「だから、なに?」


 あちらが抜いたのだ、こちらだって刀を抜く。


 さすがに武器相手に素手で戦うのは、できなくもないが危ない。


「冒険者ってのはな、クズの集まりだ! 街の喧嘩で怪我をしたからって誰も同情なんてしてくれねえ! それにな、怪我させた方も犯罪にはならねえのさ!」


 へえ、そうなのか。


 通りでどいつもこいつも口より先に手が出るわけだ。


 ま、薄々そういうことは感じていたけどね。


「知ってるよ、どうせ俺は――クズ人間さ」


「た、戦うの!」


「怖いなら下がってろ!」


 ゴリラ1の雰囲気が変わる。


 なるほど、なかなか腕が立つようだ。立ち姿に隙きがない。


「死ねやっッッ!」


 ゴリラ1が獣のように獰猛に吠えた。


 そしてこちらに突進してくる――。


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