759 モンローの町のギルドにて
モンローの街は少しだけ肌寒い冷気に包まれていた。
街についたのは早朝で、まだ気温が上がりきっていない時間だったのだ。
「ありがとうございました」
と、俺は行商人の男に礼を言って謝礼金を払う。
そう多くはないお金だった。普通に馬車に乗るよりは、という意味で。
「ギルドはこの道を真っ直ぐに行けばあるからね」
「はい、分かりました。でもこんな朝早くからやってるでしょうか?」
「それは大丈夫、ここのギルドは宿も併設してるから。この時間でも職員の人はいるはず」
「なるほど」
そいつはラッキーだ、宿探しの手間もはぶける。
そういうギルドはいくつか今までも見たことがある。酒場が一緒になっているものや、珍しいところだと温泉が一緒になっているギルドなんかもあった。
俺は行商人の男と別れて、言われた通りの道を行く。
そして、どうやらギルドらしい建物を見つけた。
「ここ……か?」
看板があがっていた。
けれど文字が読めない俺は、それが本当にギルドを示す言葉なのか分からない。
「うーん」
後に手を組んで、ウロウロしてみる。
しかしそんなことをしてもらちが明かない。
よし! 行くぞ!
決意をして、扉を少しだけ開けた。
強い決意の割に、覗き込む姿は弱々しいと我ながら思う。
そーっと扉を開けて、中は暗いように思えた。
「誰もいないのか?」
俺が入ると、突然奥にあるカウンターの付近で明かりが灯った。
一瞬、驚いて叫びそうになった。
けれどそれを寸前でこらえた。
「いらっしゃい」
カウンターの先にいたのは、しわがれた小男だった。
俺は一瞬、自分が入る場所を間違えたのだと思った。だってギルドの受付さんと言えば美人と相場が決まっていて、選出基準は顔のはずだ。
けれどいま俺の前にいるのは俺の半分も背丈のない男だった。
男はカウンターから出てきた。その手にはランタンを持っている。
「冒険者の方ですか?」
そう言われて俺は頷いた。
「そうです」
どうやらここがギルドで合っていたらしい。
「ようこそいらっしゃいました。最近ではここらへんも冒険者の方が寄り付かなくなってしまいまして。それとも観光のついででしょうか? とうギルドは宿泊もやっておりますよ」
「それは良い、泊まる場所が決まってなかったんです」
「あとは料理も出しますので、どうぞご堪能ください」
ふむ。
どうやら奥は食事処になっているらしい。簡素な暖簾のような布の先にテーブルが見えた。
「何時からです?」と、俺は聞く。
「いまからでも」と、受付の小男は不気味に笑った。
俺は苦笑いをした。
こんな朝っぱらから、たった一人でギルドの食事処でワインを飲んでいる冒険者がいたら、そいつは十中八九クズである。
もっとも、恐ろしいことに冒険者の何割かは実際にそういう人間なのだが。
けれど俺は違う。
違うよね?
「せめて昼くらいにしましょう。ちゃんとここで世話になりますから」
「承知しました。それで、何日ほど滞在なさいますか?」
「うーん、何とも言えないけど。どうも近くの山にはドラゴンがいるんでしょう?」
「そのようですね」
そのようですね、って。えらく他人事だな。
まあよく考えてみればギルドの受付なんていうのは自分でクエストをやりに行くわけじゃないからな。ドラゴンがいたところでどうでも良いのだろう。もしかしたらこのギルドは飲食や宿で生計を立てているのかもしれなかった。
「その関係もあって、どれくらいの期間泊まっていくのかは分かりません」
「ドラゴンはとうぶん、いなくなりませんよ」
「俺がなんとかしますよ」
俺は格好つけて言おうとしたが、できなくて照れくさく笑った。
小男はじっと俺を見た。そして得心したように頷く。
「なるほど、貴方がエノモト・シンクさんですか」
「いちおう」
「Sランク冒険者の方がドラゴン退治を引き受けてくれると連絡をもらい、楽しみにしておりました」
べつにクエストを受けることを了承したわけではないのだが。
でもそういうことになっているのだろう、しょうがない。
「やれるだけはやってみますから」
「お一人で、ですか?」
「まあ、いちおう」
嫌なこと聞くよな。そりゃあ俺は一緒にクエストを受けてくれる友達なんていないけどさ。
「貴方ほどのレベルになれば他の人間など足手まといなのでしょう」
あ、違った。
めちゃくちゃ好意的に解釈してくれてる。
「分かりました、エノモト・シンクさんからは宿泊代はとれません」
「え、いいんですか?」
「はい、無料で何日でもお泊りください。ただし、料理と酒の代金は――」
「もちろん、そっちは払いますよ」
そこまで出してもらうわけにはいかない。
「ではドラゴン退治、お願いします」
それから俺は部屋に通された。
部屋は一人用の質素なもので、たぶんシャネルと一緒だったらもっと広い場所が用意されただろう。けれどこういう小さな部屋も落ち着く。
「ふうっ……」
けどあれだな、あれがないんだよな。
ほら、名前知らないけど。
あの旅館とかの部屋に泊まると必ずあるあの小さな空間。窓際にあるさ。たいてい椅子が二つとテーブルが置かれているだけのあの部屋。というかあれ、部屋か?
「ああいうの、あると嬉しいのになぁ」
あそこから外を見るのは旅館の部屋の醍醐味だろう。
とはいえしょうがない。
俺はドアを開けて部屋の換気をして、一眠りすることにした。
とりあえず今日は休憩だ。明日から頑張ろう。
本当は早く帰りたいのだが。
「ま、焦っても仕方ないよな」
ベッドに横たわる。ふかふかしている、良いベッドだ。
目を閉じるとすぐに眠りの世界へといざなわれた。
気がついたときには昼くらいで、起きたのはどこかから怒鳴り声が聞こえたからだった。
「うるせえ!」
とか。
「行くなら一人で行きやがれ!」
とか。
「このホラ吹き野郎!」
とか。
どうやらケンカみたいだ。
見に行くか!
と、俺はすぐさまベッドから飛び起きた。
野次馬根性全開だ。
ギルドの受付には誰もいなかった。ということは食事処の方だ。
俺は暖簾をくぐる。
すると思ったとおり。
男たちが言い争いをしているのだった。




