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755 未来を作る子どもたち


 明け方だった。


 村に帰ったティンバイたちを出迎えたのは、村人ではなく、屈強な馬賊の一団だった。


「わあっ、孫家のやつらがもしかして報復に来たの!?」


「落ち着け、あいつらは雇い主もリーダーも死んで、いまはそれどころじゃねえはずさ」


「それじゃあ、あの馬賊たちは?」


「見たら分かるだろう、俺様の部下だ」


 馬賊たちはぐるりと村を囲むように控えている。どうしてティンバイがこの場所にいるのか分かったのかは定かではないが、優秀な部下たちのことだ。ほうぼう探し回って、この場所を探り当てたのだろう。


 1人の男が一団から出てきた。


 不死身のマオの異名を持つ、ティンバイの部下だ。特攻隊長として数々の戦いで一番やりの実績を上げている。


 そのマオは、馬から降りてティンバイの前で両手を祈るように合わせた。


攬把ランパ、探しました」


「すまんな、すぐに帰るつもりだったんだが色々と野暮用でな」


「それで、その用事は済んだのですか?」


「まあな」


 マオはティンバイが引き連れている子供たちをちらっと見た。少年が1人に、あとは少女ばかりだ。どれも器量が良さそうで、将来はきっと美人になるだろうと想像できた。


 同じくらいの子供を持つマオとしては、子供たちがいままさに歩き疲れてヘトヘトな様子を見て心配してしまう。


「笑うなよ、ガキのおもりをしてたんだ」


「いえ、笑いはしません。なにか事情があってのことでしょう」


 ティンバイは子供たちに聞こえないようにマオに耳打ちする。


「ここらへん一体をぎゅうじていた孫家とかいうやつらをぶっ潰してきた。そいつらの事業を俺たちが引き継げば、利益になるだろう」


「孫家? 本当ですか?」


 どうやらマオからすれば知った名前だったらしい。声には驚いた調子があった。


「ああ、この子たちは孫家にさらわれていた女の子たちだ。そういう腐れ外道を放っておくことはできなくてな」


「攬把らしいです。それで1人で乗り込んだのですか?」


「1人じゃねえさ」


「はて」


「そこのガキがいるだろう、シャオシーって言う。この子と2人で乗り込んだ」


「なるほど」


「なにか報酬をやりたい」


 マオは嬉しそうに頷くと、シャオシーに手招きする。シャオシーはまるでいまから怒られる子供のようにビクビクと近づいてきた。


「オイラ、なにか悪いことしたかな? ヅォさんにはそりゃあ、少し失礼なことを言ったかもしれねえけど、ごめんなさい、本物の張天白だなんて思わなかったんだ」


 どうも周りの馬賊たちに萎縮しているようだ。


「違うよ、シャオシーくん。君は勇敢な子だ、我々の攬把を守ってくれた」


「そんな、オイラべつにヅォさんを守ってなんていねえよ。むしろオイラが守ってもらったんだ」


「いいや、違うさシャオシー」と、ティンバイは言う。「俺様とお前は2人で孫家をぶっ潰した。つまりお前さんは俺様の背中を守ってくれたんだ、そういうことだろう?」


「そう言ってもらえると、嬉しいけど……」


「君はとても勇敢な子だ。おい、金子きんす係」


「はい」


「彼に正当な報酬を与える。我が馬賊団のしきたりに従い、一番やりの活躍をした者に金一封」


「承知しました」


 いつもならそれを貰う立場であるマオだが、今日は与える立場である。係の者が持ってきた小さな巾着袋を、シャオシーに手渡した。


「さあ、これが報酬だ」


「え、こんなものオイラもらえないよ!」


「そういうな、シャオシー。活躍した人間にきちんと報酬を与えないと俺様がケチだと思われちまう」


「そんな……」


 それでも受け取ろうとしないシャオシーの手に、マオは半ば無理やり巾着袋を握らせた。


 シャオシーはどこか困ったように笑い、頭を下げた。


「どうもありがとうございます」


「なあに、気にするな。マオ、俺様はこの村の村長と話をしてくる。もう少しだけ待っていてくれ」


「はい、分かりました」


 ティンバイは子供たちを引き連れて、村の中に入った。


 どうも村人たちはいきなりやってきた見知らぬ馬賊たちにおびえているのか、全員起きているようだ。家々からは人の気配がある。しかし、誰も外に出ようとはしていない。


 ティンバイはまっすぐ村長の家に行くと、鍵のかかっているドアを無理やりこじ開けた。


 そして中に入り、


「おい、出てこい!」


 と叫ぶように村長を呼んだ。


 奥から慌てた様子で村長が出てきた。


「は、はい。なんでしょうか」


「良いか、一度しか言わねえから耳の穴をかっぽじってよく聞きやがれ。孫家は滅ぼした、連れ去られた子供たちは取り戻してきた、それぞれの村へと返してやれ」


「え、孫家が滅びたですって!?」


「違う、滅ぼしたんだ。この俺様、張天白が」


「張天白!」


 村長は驚き、目を丸くする。


「これからはあんな馬賊共に金を払わなくても良い、分かったな!」


「は、はい分かりました!」


「それとな、もし何かあった場合この俺様の名前を出すことをここにいるシャオシーに免じて特別に許可する。この村は正式に張天白の庇護下におかれる」


 ティンバイは、ちらっとシャオシーを見た。


「何かあったらすぐに言え、かけつけてやる」


 言うだけのことは言ったとティンバイは村長の家から出た。その直後、家の窓を見るとそちらから顔を覗かせている男の姿があった。村長の息子だろう。


 なにか言いたいこともあるようだが、出てくることはしない。シャオシーが将来、あんなふうに臆病な男にならなければ良いな、とティンバイは思った。


 助け出した少女たちは、一時的にシャオシーの家に集まることにしたようだ。シャオシーの姉がいて、知り合い同士で集まっていたいという思いからだろう。しばらくすればそれぞれが故郷の村に帰れるとは思うが。


「さて、シャオシー」彼の家の前で、ティンバイは言った。「これでお別れだ」


「うん」


「なあ、最後に聞いておくんだが。お前さん、人を殺したときにどう思った」


「オイラ……すっごい嫌な気持ちになったよ。できればもうあんなことしたくない」


ハオ。それでいい」


 シャオシーはティンバイに借りていたモーゼルを返した。それを受け取りながら、ティンバイはしきりにうなずいた。


「俺様たちが戦っていたのは、お前たち新しい時代の子供たちが人殺しなんてしなくえもいい世界を作るためだ。残念ながら、まだそういうこの世界はまだそういうふうになっていない」


「ヅォさんなら作れるよ」


 いいや、とティンバイは首を横に振った。


「それを作るのはお前たちなのかもしれないな。もちろん、俺様も力の限りやってみせる」


 2人は最後に軽く握手をした。


 そしてティンバイは颯爽と去っていく。振り返ることはしなかった。


 村から出て、ティンバイは馬に乗り込み、配下の馬賊を引き連れて首都へと戻る。


「とんんだ休暇だったぜ」と、つぶやくように言う。


「その割には嬉しそうですが」と、マオ。


「そうかい?」


「はい」


「たぶん、この国の未来に希望が持てたからだろうさ。そういうことにしておいてくれ」


 やがて、黒竜江から流れる支流の一つに差し掛かった。ティンバイたちはその川にそって馬をすすめる。


 ふと見れば、対岸にあの白いトラの姿があった。


「ああ、珍しいですね。白虎です」と、マオが言う。


「だな」


 白いトラはまたしてもティンバイの方を見ずに、ゆうゆうと歩いている。


「どうします、撃ち殺して皮をはぎましょうか。高く売れますよ」


「いや、少し待て」


 ティンバイは気づいた。そのトラの横に、一回りほど小さい子供が並んで歩いていることに。


「どうかしましたか」


「なに、子持ちだ。親を殺せば子が可哀想だ、子を殺せば親が不憫だ。そっとしておいてやるべきだぜ」


 ふと、白いトラがこちらを見た。


 そして、すぐに目を背ける。またゆうゆうと歩いていく。


 ティンバイはその子持ちのトラを見て、なんとなくではあるが共感を覚えた。


 ――そうか、あれは俺か。


 しかしティンバイに子供はいない。つくるつもりもない。ティンバイにはリンシャンという心に決めた人がいて、他の人を愛することなど到底できないのだ。


 けれど、それは違う。


 たしかに血のつながった子供はいない。


 しかし、この国に住む子供たち全てが、彼にとって愛すべき未来を意味する子供たちなのだ。


 ティンバイは、シャオシーのことを考えた。


 あんな子が育っていくなら、この国はきっとよくなっていく。


 ゆっくりと、白いトラは歩いていく。


 どこまでも、どこまでもゆうゆうと。


 その姿を見て小さな子どもは後ろを歩いていくのだった。



これにて短編【馬賊】は終了です。

しばらく他の小説を書くので、次回更新は今月下旬の予定となります。

短編【村娘】これが終わればこの小説はおしまいです。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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