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754 弱きを助ける


 どこかから、妙に生暖かい風が吹いた。


 シャオシーはその風の不気味さに身をすくめる。思わず懐にしまっているモーゼルに手をやったくらいだ。


 それにしても、目の前にいる男――張天白の雰囲気には尋常ならざるものがある。


 怒りだ。


 それこそ、空間が揺れて見えるほどの怒りを感情が渦巻いている。それを人間の体に詰め込んで、なんとか抑えているのだ。いまにも爆発してしまいそうだ。


「俺様が張天白だとしたら、どうだと言うんだ」


「ゆ、許してくれ。俺はべつに嘘をついていたわけじゃないんだ……」


「ほう?」


「俺は本当にあんたの部下だ、きちんと上納金だって年度で払ってる。この前の戦いだって参加したんだ」


「そいつは結構なことだな」


 ティンバイが笑った。


 それで、ケツアゴの男は自分が許されたのだと勘違いしたのだろう。少しほっとした顔をして、話を続ける。


「俺はあんたに憧れていたんだ。あんたこそが真の馬賊、俺たちの攬把ランパだ!」


「ふんっ」


「あんたみたいになりたくて、俺は馬賊をやっているんだ。俺たちの部下だってそうだよ」


 シャオシーは分かっていた。


 ティンバイはこの男を許す気など微塵もないのだと。だから男がペラペラとティンバイを褒めそやす言葉を聞くごときに、ティンバイの怒りが爆発するのを恐れた。


 逆にケツアゴの男は逆に、すでに安心したような表情になっていた。


「そ、そうだ。あんたに馬を進呈する。どれでも好きなもんを持っていってくれ」


 仲直りの贈り物とそういうつもりなのだろう。


「言いたいことはそれだけか?」


「え?」


「お前が俺様の部下だというのなら、忘れちゃいけねえ不文律が一つだけある」


「えっと、ああそうか! 魔片を売らないってことだな。もちろんだ、そんなもんはまったく取り扱ってねえ。うちは昔ながらの自警団でやってたんだから――」


 返答への不正解を示すように、ティンバイのモーゼルが火を吹いた。


 いかにも派手な爆音がとどろき、男の頭が吹っ飛んだ。


「――弱きを助け強きをくじく。それが馬賊っていうもんだ」


 シャオシーはこの瞬間、薄々そうではないかと思っていたことを確信した。


「ヅォさん、本物の張天白だったのかい?」


「だから最初からそう言ってるだろうが。ほら、さっさと行くぞ。あとはお前さんの復讐だけだからな」


「うん!」


 これでシャオシーは理解できた。どうして見ず知らずの自分を助けてくれるのかを。それは、男が張天白だからだ。正義の味方、そんな言葉を平気で言えるとびきりのヒーローなのだ。


 それから2人はいままで見ていなかった部屋を重点的に探す。今度は自分たちを追う敵がいないので、冷静にこの屋敷の主人の部屋を探すことができた。


 そして突き止めた目当ての部屋は、扉が少しだけ開いていた。


「ここで見ててやる、入りな」


「う、うん」


 ティンバイは何かがあったときにすぐに対応してくれるだろう。


 そういう後ろ盾があるから、シャオシーは勇気を持って部屋の中に入ることができた。


 薄暗い部屋だった。まず目についたのは巨大なベッド。その上に、クジラのように肥え太った男が寝そべっている。その隣にはまるで死体のような少女がいて、シャオシーは一瞬それが自分の姉であるように思えた。


 太った男はこの屋敷の主である。


 屋敷の主はシャオシーの方を見ていない。少女の体を無遠慮に触りながら、鼻息を荒くしている。


「外が騒がしいぞ!」


 と、こちらを見ないで言う。


「お、おい!」


 シャオシーが声をかけると、屋敷の主は緩慢な動作で振り返った。


「なんだ、お前は?」


 シャオシーはモーゼルを抜いた。それを屋敷の主に向ける。


「家族のかたきだ!」


「なっ、お前なにを!」


 引き金を引いた。


 一発、二発、三発と、弾を全て打ち尽くした。


「はあ……はあ……はぁ」


 そう動き回ったわけでもないのに、息がきれている。


 心臓がとんでもない勢いで動いている。


 シャオシーはほとんど放心状態だった。


 本当に屋敷の主が死んだのか分からず、少しだけ近づく。蜂の巣とはこういうことを言うのだろうか、体中に無数の穴が開いており、そこらじゅうに血が飛び散っている。


「やった……やったぞ」


 達成感を得るべき場面であろうに、なぜかシャオシーは喪失感を覚えている。


 涙さえ流していた。


「よくやったな」


 ティンバイの声ではっと我に返ったシャオシーは、一緒にベッドにいた少女に流れ弾があたっていないか心配になった。近づいて確認すると、それはシャオシーの姉ではなかった。


 見知らぬ女の子で、なんとも美しい子だった。しかし気を失っており、体中になにやらみょうな粘度の液体がついていて、それが異臭を放っている。


「この子、生きてる?」


「ん? 大丈夫だろうよ」


 ティンバイが優しく少女の肩を揺らした。するとその子は、薄っすらと目を開ける。


 状況がつかめていないのだろう、怯えたようにあたりを見て、自分の隣にでこの屋敷の主人が死んでいるのを認めた。


 大声で叫び声をあげる少女。


「だ、大丈夫だよ」とシャオシーは言う。「オイラたちはあんたに危害をくわえたりしねえから」


「ああ、そうだぜ」


「本当に?」


 ティンバイは自分が着ている服を脱ぐと、その子にかけてやった。


「もちろんだ、俺様たちを誰だと思っている」


「だあれ?」と、少女は首を傾げた。


「何を隠そう、張天白とその部下だ」


 べつにシャオシーはティンバイの部下になった覚えはない。けれどそういうふうに言ってもらえて嬉しかった。


「すごい、張天白って有名人だわ!」


 この少女は少し頭が弱いのではないかと思った。隣に死体がある状態でケラケラと笑ってみせるのだから。しかもその笑顔はどこか呆けたようなもので、なるほど白痴美とはこういうことなのかと思わせる笑顔だった。


「なあ、あんた以外の連れてこられた女の子はどこにいるんだ、オイラの姉ちゃんがここにいるはずなんだ」


「それなら奥の部屋にみんないるわ。行ってみたら?」


 すぐさまシャオシーは奥の部屋の扉を開ける。するとそこには、数人の少女たちがいた。そのうちの1人はまぎれもなくシャオシーの姉であった。


姐姐ジェジェ!」


 お姉ちゃん、とシャオシーは駆け寄った。


「シャオシー? どうして、ここに!」


「助けに来たんだよ!」


「そんな……まぁ」


「村に帰ろう」


「ダメよ、だってここには怖い馬賊たちもいて――」


「大丈夫、張天白がやつけてくれたのさ!」


「張天白?」


 集められた少女たちがきゃあきゃあと嬉しそうに騒ぎ出す。憧れの有名人の名前を聞いて、喜んでいるのだろう。


 張天白の名前は、男の子にとっては強さの象徴であり、やはり憧れだが。女の子にとっても格好良さの象徴であり、これまた憧れなのだ。


「よお、シャオシー。どうだ、姉さんはいたか?」


「うん、ヅォさん!」


 入ってきたティンバイは、シャオシーの姐を見て苦笑いを浮かべた。


「はんっ、リンシャンに怒られちまうな」


「どうかしたの?」


 ティンバイはシャオシーの頭の上に手を乗せた。


「ま、お前さんの姉貴が、大人の綺麗な姉ちゃんだなんて言われてないもんな」


 べつにティンバイはそんなことを期待していたわけではない。けれど男として、なんとなく助けるのならば巨乳の美人なお姉さんだと思っていたのだが。


 現実は、ロリといえるほど年端も行かぬ少女だったわけだ。


 というよりも、この部屋に集められたのはそんな少女ばかりだ。


「まったくヘドが出るぜ」


 この屋敷の主の趣味だろう。


「ヅォさん、これでもう帰ろう」


「そうだな。この女どもも連れて行こう。残しておくわけにもいかねえ」


「うん」


 それから、ティンバイたちは囚われていた少女たちも一緒につれて屋敷の外に出た。


 外には馬賊たちがいて、まだ馬と追いかけっ子をしている。それらを尻目に、ティンバイたちは屋敷を離れた。


 少女たちの歩みはどれも遅く、それに合わせていてはシャオシーの村までずいぶんと時間がかかりそうだった。しかしティンバイたちは歩く。


 もう心配はないのだ。


 シャオシーの顔は晴れ晴れとしていた。


 ティンバイは思った。きっとこの先に、朝日が登るのだと。それはおそらく、村につくのとほとんど同時のような時間だろう。そうであってほしいと思った。


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