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746 孫家


 村長は掘っ立て小屋を出ていこうとするティンバイにすがりつく。


「お願いします、何もしないでください!」


「ええいっ、鬱陶しい!」


 老人を敬うというのは麗しきルオの国の伝統であるが、ティンバイにとってはそんなことどうでも良かった。ティンバイにとって、未来を作るのは老人ではなく若い子供たちであるという意識があった。なので大切にするべきなのは老人ではなく、子供たちだ。


「俺様はお前たちのように戦う意思のない人間は大嫌いなんだ!」


 そこをなんとか、と村長はティンバイを離そうとしない。


 戦う意志はないくせに、戦わないためになら頑張るというのだろうか。それがまたティンバイには苛立たしい。


 いっそのこと、本当に撃ち殺してやろうかと思ったくらいだ。


 しかし、ティンバイがモーゼルの引き金を引く前に、掘っ立て小屋の中に人が入ってきた。


「オヤジ!」と、いうその声は、昨晩も聞いたものだ。


「なんだ、血相変えて」


 入ってきたのは村長の息子だ。彼はティンバイのことを忌々しそうに見るが、しかし無視することに決めたようだ。


「オヤジ、大変だ」


「どうかしたのか」


「孫家のやつらが来たんだ!」


「なんじゃと!」


 ほう、とティンバイは鼻を鳴らす。これは好都合だ。


 こちらから出向く手間が省けるというものだ。


「あいつら、金と食い物をよこせって!」


「どうしてじゃ、今月の分はすでに払ったはずだろう!」


「知らねえよ!」


 なるほど、どうやらたかられているらしい。べつにこの村の人間たちがどうなろうか知ったことではないが――自分たちで戦う意思のない人間たちだ――ただ、孫家のやつらがどういう顔をしているのか気になった。


 あたふたとしている村長とその息子を尻目に、ティンバイは掘っ立て小屋を出る。外につないでおいた馬に飛び乗った。


「旅の人、どうか、どうか冷静に!」


 村長が何か言っている。


 それを素直に聞いてやる言われはなかった。


 ティンバイは村の入り口へと馬を走らせる。どうやらそちらの方で騒ぎが起きているようだったからだ。


 人が集まっていた。村人たちだ。人垣が邪魔でティンバイは馬を降りる。村長親子がこおkまで来るには少し時間がかかるだろう。さて、その間に孫家とやらを始末してしまうつもりだった。


 相手は3人だ。


 村の入り口あたりで偉そうにふんぞり返っている。1人がこれみよがしにモーゼルを持っているので、村人たちは怯えて遠巻きに見ている。


 十中八九、金で雇われた馬賊だろう。


 ティンバイから言わせればこんなやつら、雁首揃えたところで敵ではない。


 けれど、ティンバイはすぐに動かなかった。自分の近くにシャオシーがいるのに気づいたからだ。


「おい」と、小さく声をかける。


「……ヅォさん」


 シャオシーは腕をきつく握って3人の馬賊を見ていた。


 それは何かに耐えているようだった。


「当ててやるよ、あいつらが憎いんだろ」


 こくり、とシャオシーは頷く。


 だろうな、とティンバイは思った。


「けど――」


「うん?」


「けど、オイラの敵はあんな下っ端じゃない。ソンだ」


 ほう、とティンバイはうなる。


 ますますこの少年が気に入った。


 いっときの感情に流されて復讐を台無しにしないだけの我慢強さがある。本当はいますぐにでも出ていって、それがいかに蟷螂とうろうの斧であろうとあの馬賊たちに立ち向かいたいのだろう。


 しかしそれをシャオシーは我慢しているのだ。


 ティンバイはこの気丈な少年に敬意を払った。そして、自分も同じようにすることにした。


 蹴散らすことは簡単だ、しかしそれではその後がやりにくくなるかもしれない。


 しばらくすると、慌てた様子で村長とその息子がやってきた。


「これはこれは、本日はどのようなご用件でしょうか」


 村長はいかにもヘコヘコと媚びを売る。その横にいる息子も、愛想笑いをしている。


「おう、ちょいと食料の支援をお願いできねえかと思ってな」


 そう言ったのはモーゼルを持っている男だ。


 特徴的な顔をしている、というのも顎が割れているのだ。いわゆるケツアゴというやつで、ルオの国ではあまり見ないタイプの顔だった。


「支援でしょうか、しかしそれは月初めにもうやったはずで……」


「おい!」と、後ろに控えていた男が叫んだ。


「は、はい」


「俺たちはここらへん一帯を匪賊ひぞくから守ってやっているんだぞ! 命がけでな! そんな俺たちに支援をしないとは、どういう了見だ!」


 それが本当か嘘かは分からない。


 けれどティンバイの経験上、馬賊としてきちんと仕事をしていればその庇護下にある村人たちはむしろあちらから、こぞって物資を支援してくれる。


 こういうふうに恫喝しなければいけない時点で、やつらの仕事ぶりが見えてくるようだった。


「わ、分かりました……ただ、せめていつもの半分で……」


「貴様!」と、後ろにいた男が村長に掴みかかりそうになる。


 それを、ケツアゴの男が止めた。


「そうですか、分かりましたよ。半分でも我々としては支援してくれるその心が嬉しいのです。どうもありがとう、きっと我らの大攬把ターランパである張天白もお喜びになります」


 いま、聞き捨てならない名前が出た。


「ふうん」


 村人だけではなく、匪賊ごときも自分の名前を使っているというのが腹立たしい。


 あるいはこの村の人たちは本当に、目の前の馬賊がティンバイの部下であると信じているのかもしれないが。


 3人の馬賊たちはしばらくすると、村中から集められた食料を馬いっぱいにつんで帰っていった。


「良い稼ぎだぜ」と、ティンバイは皮肉な口調で言う。「俺様もあやかりたいもんだ」


「軽蔑するよ」と、シャオシー。


「それで良い」と、ティンバイ。


「あんなやつらが、張天白の部下なもんか!」


「ほう、どうしてそう思う?」


「張天白は正義の味方だ、あんな酷いことをするはずがない!」


 ふむ、とティンバイは頷く。分かる人には分かってもらえれば良い、人の評価などそんなもので良いのかもしれなかった。


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