745 シャオシ―の事情
とはいえ、昼食をご一緒にと言われてもティンバイはシャオシーを待っているのだ。
用意の良いことに、ティンバイの愛馬はさきほどクソを垂れた。毛並みの上等なティンバイの愛馬は、百里も千里も平気で走ることができる特別な馬だ。そんな特別な馬のクソもまた、特別なのだ。
「俺様はシャオシーを待っている。あいつにクソをやると約束したんだ」
「シャオシーをですか?」
「ああ。ここに来るのは仕事の最後、と言っていたが。あの子はいったいどれくらいの時間まで仕事をしているんだ?」
「さあ……詳しいことは分かりませんが。ただ、夕方になってわたくしの家に残食を貰いに来ることがありますので、それくらいではないかと」
「クソを集めて残食を食べるってか? お前ら、ちゃんとあのガキに金をやっているのか」
「もちろんです! ただ、どうしても子供が2人で暮らすとなると。1人の稼ぎでは……」
「2人?」
ティンバイが聞くと、村長はしまったという顔をした。
どうやらシャオシーには一緒に暮らす同居人がいるようだ。
「いいえ、忘れてください」
「忘れられるかよ。一度ひり出したクソを戻せねえのと一緒だ、男なら一度言った言葉を撤回するんじゃねえ。シャオシーが一緒に暮らしているってのは、誰だ」
ティンバイはまるで脅すように村長に聞く。
いいや。まるで、ではない。これは脅しなのだ。
ティンバイ自身も無意識でやっている行為なのだが、手に持ったモーゼルをわざと村長の視界に入れている。もし下手なことを言えば撃つ、とそういう雰囲気をかもしているのだ。
「あ、あの子には姉がいたのです」
「いたのです、だあ?」
なんとも歯切れの悪い。
いる、と断定するのではなく、いたと過去形になっている。もういない、ということだろうか。
「はい。あの子の姉は、その……村を出ていきまして」
「どうしてだ? 嫁にでも行ったか?」
「そのようなものです」
幼い弟を残して嫁に出るとは、ずいぶんと薄情な姉である。村長の口ぶりでは、シャオシーの仕事で食わせてもらっていた様子だというのに。
酷い話だ、とティンバイは感じた。
しかし、すぐに思い直す。
あんなに優しい笑い方をするシャオシーの姉が、そんな酷いことをするだろうか? もしも両親が死んで、唯一残った肉親である姉にまで捨てられたとなれば、普通の人間ならばこの世の全てを憎んだっておかしくない。
「おい、爺さん」と、ティンバイはドスの利いた声を出す。
「な、なんでしょうか?」
「どうも話がおかしいぜ。シャオシーの姉貴について、きちんと全部話してみろ。悪いようにはしねえ」
これは逆説的に、きちんと話さなければ悪いようになる、ということだ。
「あ、あの子の姉は――」
「姉は?」
「あの子の姉は、生贄になったのです」
「生贄?」
「そ、そうです。孫家への献上品として、あの子の姉は連れて行かれました」
ティンバイの中に、烈火のごとき怒りの感情が渦巻いた。
ソンとかいう田舎豪族のことは知らない。しかし、そいつらが権力を笠に着てこの村から若い女を連れて行ったのだということは、すぐに理解できた。
そんなことは、ルオの国では広く行われている行為だ。
ときに金持ちの嫁探しとも、あるいは使用人の募集とも言われることもあるその行為は、ようするにただの人さらいだ。
昔はこういった行為が国ぐるみで行われており、ルオの国中から強い魔力を持った子供が首都へと連れて行かれた。
ティンバイの愛していたリンシャンもその事業で連れ去られたのだ。
その頃のティンバイには力がなかった。まだ子供で、抵抗することもできなかった。だからこそ、いまだにその当時のことがしこりとして残っているのだ。
「ちくしょう、ふざけやがって」
「孫家の要求は若く器量の良い娘で、もし誰か1人を献上するなら身寄りのない子のほうが村からは文句もでずに――」
「だからあんたは、シャオシーの姉をやったのか!」
ティンバイは思わずモーゼルを村長に向けた。
「ひいっ! 仕方がなかったのです、だって孫家には用心棒の馬賊をたくさん雇っていて、わたくしどもの村などその気になればすぐに全滅させられてしまうのです」
全てがつながった、と思った。
シャオシーも復讐をしたがるわけだ。
馬賊に両親を殺され、そのうえ姉まで取られたでは。モーゼルを盗んででも、相手をぶち殺してやりたいと思うわけだ。
その気持ちは、ティンバイにも痛いほどよく分かる。
「それで――」
と、ティンバイはできるだけ冷静になろうと務める。そうでもしなければ、いますぐにでも目の前の卑劣漢を撃ち殺してしまいそうだった。
「――シャオシーの事情は分かった。次はあんただ、どうして俺様を昼飯になんて誘った? なにか言いたいことがあるんだろう」
「そ、それは……」
「言え!」
「シャオシーにモーゼルを渡さないで欲しいのです! とにかく孫家を刺激しないでほしいと、そうお願いしにきたのです! ただそれだけなのです!」
「なるほどな」
なにかの拍子に気まぐれでもおこして、孫家とやらと敵対したり。そうでなくても余ったモーゼルの一丁でもシャオシーにくれてやれば、どれくらいの量かは分からないが血は流れる。
そして孫家が勝ったあかつきには、この村が全体で制裁をくらう。
それを村長は恐れているのだ。
「分かってください。ただ何もせずにいてくれれば、それで良いのです……」
ティンバイは怒りを通り越して呆れてしまう。
事なかれ主義とも違う。全てを諦めているだけの老人がそこにいた。村のためと言いながら、全ては自分の保身なのだ。
その気になって号令をとれば、勝ち負けは別として孫家とやらと戦うことだってできるだろうに。自分たちで無理ならば、孫家と同じように金で馬賊を雇っても良い。
けれどこの老人はそのどれもしないのだ。
この村で、本当に戦う意思があるのはシャオシーだけかもしれない。
「悪いが断る。俺様は誰の指図も受けない」
「そ、そんな!」
「孫家だの、その下につく腐れば馬賊どもだのヘドがでる! 俺はシャオシーにつく」
やぶ蛇だった、と村長は思ったのだろう。泣きそうな目でティンバイを見る。
「か、勝てるわけありませんよ」
「はんっ! 俺様を誰だと思っている!」
分からない、というふうに村長は首を横にふった。
「誰なのです?」
「お前ごときに名乗るほど、落ちぶれちゃいねえ。ただな、俺様は負けねえ!」
そう言って、ティンバイは掘っ立て小屋を出ていこうとする。
シャオシーを探そうと思った。
そして手を貸す。
ティンバイはシャオシーに肩入れしていた。




