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742 ひなびた村にて


 村につくとすでに夕方だった。


 民家からは夕食の匂いが漂ってきている。それを嗅ぎながら、ティンバイはこの村の裕福さを測定する。


「ふむ、俺様がここらへんにいた頃は、貧しい村ばかりだったと思うがな」


 この村にも、二、三度おとずれたことがある。あのときはただの見回りだった。この村は戸数も多く正確な数は分からないが200人ほどの人間が住んでいる。家だって立ち並び、それこそ馬賊に狙われる可能性の高い村だったのだ。


だから定期的な見回りが必要で、それは主に下っ端のしごとだ。その頃のティンバイはまだ馬賊の攬把ランパではなく、ただの見習いだったのだ。


 ティンバイが頭角を現すのは、その少し後。なにも彼だって最初から手下を引き連れる大馬賊だったわけではないのだ。


 そりゃあ、他の馬賊たちよりも少しばかり出世は速かったが。いや、少しどころではない。彼の人生はまるで神に定められたかのようにトントン拍子で進んでいた。


 もっとも、誰かがそんな舐めたことを言えばティンバイは激昂してモーゼルを向けるだろう。


『俺様の人生は俺様のものだ! 誰それの、ましてや神の意思なんかで決まったことなんぞ何一つねえ!』


 ティンバイは神を信じていない。


 いいや、神というものがこの世界に存在するかもしれないとは思っている。しかし、それは人間にとって何かしらの愛情や優しさというものを注いでくれる存在ではないと思っている。


 神などクソくらえだ。もし自分の前に現れて、バカなことを言うならば鉛玉をぶち込んでやる!


「もし、旅の人でしょうか?」


 ティンバイに向かって、横から話しかけてくる老人があった。


 身なりの良い老人だ、おそらく村の重役なのだろうと想像した。


 ティンバイは一瞬だけ考えて、すぐに馬から降りた。べつに馬の上から話しかけても良かったが、老人がなかなか好感の持てる笑顔をしていたので、経緯を払ったつもりだ。


「そうだ」と、ティンバイは端的に答える。


 こういう態度はティンバイの切れ長の恐ろしい三白眼と相まって、人を萎縮させる。


 老人も、例にもれず少しだけ怯えたようだった。


 ――悪い癖だぜ、張天白。


 と、ティンバイは自分の欠点を自分でたしなめる。


 なんとか笑顔を作ろうとするが、面白くもないのに笑えない。なのでティンバイは真顔だった。それがまた、相手を怖がらせるのだが。


「あの、それで何のご用でしょうか?」


「なに、ご用と言うほどじゃねえんだがな。墓参りに田舎に戻ってみりゃあ、村もなくなって人もいねえ。こんな時間からじゃあ帰ることもできねえで困ってたんだ。悪いが一晩だけ、泊めてもらえることはできねえか?」


 もちろん謝礼はする、と続けようとしたところで老人はティンバイの言葉を遮った。


「わたしどもの村は、張天白の庇護下ひごかにあります」


 ほう、とティンバイは面白がってうなずく。


「そうかい」


「それを踏まえて、泊まりたいと言われるのでしたらどうぞ」


 ようするにこの老人はこう言っているのだ。


 この村は大馬賊である張作良天白の縄張りで、この村で妙なことをしようものなら、張の馬賊たちが黙っていないぞ、と。


 これはいまどき、どこの村でも言われる、ようするにおまじないのような言葉だった。それくらいティンバイの名はルオ中に轟いている。


 もちろん、言う方も本物の張天白に会ったことはない人がほとんどだ。なので目の前にいる男こそが張天白であるということは、夢にも思わない。


「分かってるさ。張天白の名前を聞いちゃ、下手なことはできねえ。もちろん最初からそんなつもりはないがな」


「そうですか」


「ところで、あんたはこの村の村長さんか?」


「その通りです」


「そうかい。俺は張と言う。一晩とはいえ、泊めていただくことを感謝する」


「わたしの家へどうぞ」


「べつに家の中じゃなくてもいいぜ。離れか、そうでなけりゃあ馬小屋でも良い。夜の寒さがしのげる屋根と壁があれば万々歳なんだ」


「よろしいのですか?」


 ティンバイは真顔で答える。


「ああ。あんたらもその方が安心だろう?」


 老人は何も言わなかったが、その顔を見ればホッとしていることは明らかだった。


 そんなふうに思うのならば、こんな見ず知らずの人間を村に泊めなくてもいいのに、とティンバイは思ってしまう。


 けれどもし断って暴れられでもしたら、けが人が出るかもしれない。最悪、死人だって。


 力のない人間というのは、力のある人間に虐げられて悲しい思いをする。ティンバイはそれが嫌で戦っていたはずなのに、こうして自分がそういう立場になってしまった。


 いっそここで、自分が張天白であるとバラそうかと思った。


 けれど言ったところで信じてもらえないだろう。


 どうせ一晩だ。


 悪く思われるだろうが謝礼に金をたんまり置いていこうと思った。


 案内されたのは掘っ立て小屋だった。


「ここでもよろしいですか?」


「ありがたいぜ」


「あの……なにか食べられますか?」


 気を使われているな、とティンバイは思った。


「いいや、俺は大丈夫だ。だけどこいつのために真水をくれると助かるんだが」


 そう言って、ティンバイは引いている白馬を見る。


「真水ですね、分かりました」


 老人は慌てたように駆けていこうとする。


「べつに急がなくても良いぞ」


その背中にティンバイは優しく声をかけた。つもりだ。


 けれど逆効果だったかなと思った。なぜなら老人はその言葉を投げかけられて、さらに急いで走っていったからだ。


「俺様はそんなに怖いかよ、え?」


 ティンバイは愛馬に話しかける。


 これで意外と寂しがり屋なところがある男だ、顔にこそ出さないが心の中ではつまらない気分になっている。


 しばらくすると、老人が水を持ってきてくれた。ここに置いておきますので、と入り口の方に置いていく。


 関わりたくないというのがありありとにじみ出ていた。


「ふむ……」


 まあ良いさ、とティンバイは思った。どうせ明日までだ。


 朝になって、てきとうに挨拶の一つでもして出ていこう。


 やることもないのでティンバイはそこらへんに寝転がり、目を閉じる。


 目は閉じているが、意識は集中させている。もしもいまこの瞬間に刺客が襲いかかってきたとしても、ティンバイは余裕で対応できるだろう。


 その弊害として、彼はここ数年まともにぐっすりと眠っていない。


 このときも、そうだった。


 目は閉じている、らしかに寝ている、しかしその意識は張り詰めている。


 なにか、物音がした。


 ティンバイはすぐさま戦闘態勢をとる。その手にはモーゼルが握られている。


 が、音はどうやら外で鳴ったようだ。


 舌打ちをする。


「くそたれ、慣れねえ場所で寝るからだ」


 おそらくいつもより、さらに神経が過敏になっているのだ。


 そのせいで外の音にも敏感に反応した。愛馬はすやすやと眠っている、自分だけが気づいたようだ。


 気づいたからには気になる性分である。


 外に出てみると、騒ぎの音は思ったよりも大きかった。誰かが怒鳴っている声が聞こえる。

声の方へと歩いていく。いさかい、と言うよりも一方的に誰かが誰かに怒られているだけのようだ。


 大きな家がある、その家の先に、明かりを持った男がいた。そしてもう1人、見て、納得した。


 怒られているのは子供だった。


 こんな夜に? と、ティンバイは疑問に思う。


「どういうことだ、説明しろ!」


 叱られている子供は、うつむいている。


 家の中から、さきほどティンバイも見た老人――村長が出てきた。その顔は見るからに困っている。


「ふむ……」


 状況はつかめない。


 ただ思ったことが1つだけ。


「おい、あんたら。安眠妨害だぜ」


 そう言って、ティンバイは近づいていく。その手に持たれたモーゼルの装飾の龍の目が、明かりに照らされ、ギラリと光った。


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