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074 ハーレムのコツ


 俺たちは帰りに英雄通りのカフェによった。


 このカフェは前に一度シャネルと一緒にきたことがあった。だから初めて入る店よりもなんとなく入りやすかった。


 微妙な時間だった。夕方とはいえず、しかし風は夜に向かって少しだけ涼しくなっている。たぶん時刻にしたら16時を過ぎたあたりだろうか。そんな時間だからちょうどカフェに入る人も少なかった。


「どちらになさいますか?」


 と、店員さんに聞かれる。


 中も、外のテラス席も開いているがどちらが良いか、という意味だ。


 本当のところいうと俺は中の席でゆっくりとしたかった。けれどミラノちゃんが外の席が良さそうな顔をしていたのでそちらにした。


 ……あんまりこういう目立つことは好きじゃないのだが。


「なんにする?」


「あの……一番やすいコーヒーを」


「じゃあ俺もそれで」


「かしこまりました」



 遠慮しているのだろうか、ミラノちゃんはあえて値段のはらないものを頼んだ。


 別に俺だってお金がないわけじゃないから高いものでも良かったのだけど。残っているお金は金貨が1枚と銅貨が1枚。さすがにそろそろシャネルに小遣いをねだらなければいけないのだが、「お金ちょーだい」ってなんだか言いづらくてノビノビになっている。


 ち、な、み、に。こういうカフェで金貨を出すと露骨に嫌な顔をされるので覚悟しなくてはならない。コンビニで1万円札をだすと内心嫌がられるというのと同じようなものだろう、金貨の場合は1万円なんてもんじゃないからな、それこそ10万円くらい?


 それで一番安いコーヒーを二つ頼んでるんだから。


「もっと高いものでも良かったのに」


 俺は嫌味っぽくならないように注意して言った。


「ありがとうございます」


 その感謝の意味はどのようなものだろうか。


 私なんかに気を使ってくれて、とそれくらいの意味だろう。


「そう卑屈にならなくても」


「こうして道行く人たちを見てると、自分以外の他の人が全員幸せそうだって感じることありませんか?」


 ミラノちゃんはカフェのテーブルに肘をつきながら、悲しそうな目で言った。


「そうかな?」


 微笑むミラノちゃん。


 どうしてこの子はこんなにも危ういのだろうか。まるで氷の上に立っているような――その美貌のせいで男ならば誰しもが優しくしてあげたいと思うだろうさ。


「そういえばシンクさんってドレンスの人じゃありませんよね」


「うん、そうだけど。ジャポネ? って場所から来たんだ」


 いやあ、この嘘もなれてきたなあ。


「やっぱり、そうだと思ってたんですよ! だって黒髪ですもんね、格好いい色ですよね」


「そうかな?」


 俺からしてみればミラノちゃんの金髪とか、シャネルの銀髪のほうが格好良く見えるけど。まあそこは文化の違いか。


「私の昔のご主人様も黒髪だったんですよ」


「へえ。昔のって?」


 ちょっと気になる。


 なんだろうか、変な独占欲を覚えている。ミラノちゃんと俺はただ偶然出会っただけの関係で、一緒にいるのだって最終的には水口への復讐のためのくせに、だ。こういうのを行きずりの関係というが。


 まあ、その行きずりで恋に落ちるなんてよくある話し。


 もっとも、俺にはシャネルがいるから。でももし、ミラノちゃんしかいなかったら? あんまり考えられない程に、俺はシャネルと一緒の時間を過ごしすぎた。


「優しい人でした。小さいころに私が売られてからずっと一緒にいてくれて……」


「男の人?」


 気になりますか? と、ミラノちゃんはまるで俺を試すように笑った。


「女の人です、おばあさんでした。5年……いえ6年一緒にいました。ご主人様は足腰が弱くて家事ができなくて、私が身の回りをつきっきりで世話したんですよ」


「へえ」


「でも去年亡くなって。親戚の人は誰も私を引き取ってくれなくて、けっきょくまた奴隷として売られちゃいました」


「こんなに可愛いのに」


「ありがとうございます、でも半人なんて家に置いておくだけで白い目で見られるものなんです。ドレンスはなまじ奴隷制度を廃止していますから……」


「ああ、そういうことか」


 たしかに。


 これは奴隷ですと近所の人に堂々と言えないんじゃあ、他人からいらぬ詮索を受けることになる。まさか恋人というわけにもいかないのだろう。


 俺やシャネルは冒険者、つまりは根無し草だが、マイホームのある人間はそうはいかないのだ。


「アメリアってどんな国なんでしょうか?」


「さあ、知らないけど。でも差別がないって話しだろ?」


「ローマと二人でなら安心ですけど、でもやっぱりちゃんと暮らしていけるか不安で」


「意外となんとかなるものさ」


 現に俺がそうだ。


 いきなり異世界に飛ばされてどうなることやら、ってなもんだったけど、シャネルのおかげでこうしてなんとかなっている。


「むう……」


 そういう意味じゃないんですけど、とミラノちゃんが頬を膨らます。


 ま、俺だって分かっている。


 でも俺はミラノちゃんたちに付いていくわけには行かないんだ。


「二人で新天地に行きなよ」


「……私、たぶんこんな気持になったの初めてなんです。シンクさんと離れたくない」


 それってどういう意味、と聞き返そうとしたとき後ろからなにかにのしかかられた。


「重っ……」


 砂糖菓子みたいに甘い匂いと、むにゅむにゅとした弾力のある豆腐みたいな感触。そして俺の視界の隅には透き通った銀の髪がちらちらと映っている。


「あら、奇遇ね二人とも。こんな場所でなにしてるの?」


 背後から抱きしめられている。


 肩から首にかけて、冷たい手が優しく回されている。


 俺はまるで繭の中に包まれているような安心感と、同時に底知れぬ恐怖を覚えた。そう、まるで浮気の現場を見つかった男のように――。


「シャ、シャエルさん」


 ミラノちゃんの顔も引きつっている。


「ねえシンク、私あんまり外に出ないでって言ったわよね? ううん、別にシンクは良いのよ。でもそっちのミラノちゃんは危ないわ」


「ご、ごめん」


 怒っているのか、それともただの無表情なのか。シャネルの声色からはどのような感情も読み取れない。完璧にフラットなのだ。


 そして俺からは表情だって見えない。


 代わりに、シャネルの細い指が俺のアゴをなでた。


「おおかた優しいシンクのことだから、ずっと部屋にこもりっきりのミラノちゃんを不憫に思ったのでしょう?」


「そ、そうだよ」


「しょうがない人ね」


 シャネルが抱きついていた俺の背中から離れた。


 開放されたような感覚。


 失礼するわね、とシャネルは空いていた座席に腰を下ろした。どうやら今日はなにも新しい買い物はしてないらしい、手ぶらだ。


「あ、あの……すいません」


 ミラノちゃんはおどおどとシャネルに謝る。


「あら、どうして謝るの? なんだか後ろめたいところでもあるの?」


 俺とミラノちゃんはお互いに首をぶんぶんと横に振った。


 シャネルは冷たい笑顔を俺に向ける。


「シャ、シャネルもなんか飲むか?」


「あら、二人は何を注文したの?」


 その質問とほぼ同時に、ウエイターがコーヒーを運んできた。


「おまたせしました」


「悪いのだけど同じものをもう一つもらえるかしら? 砂糖をたっぷり入れてね」


「かしこまりました」


 注文が増えたせいで、なんだかコーヒーに手をつけるのに遠慮してしまう。シャネルが現れただけでこの席の雰囲気は全て彼女が引っ張っていった。


「それで二人とも、今日はどこに行っていたの?」


「あの、凱旋門に」


 ミラノちゃんが答える。


「あら、凱旋門。面白かった?」


「そ、そこそこでした」と、ミラノちゃん。


 俺は何も答えられない。くそ、なんて雰囲気だ。シャネルのやつ、あきらかに不機嫌。そのくせ口元には冷たい微笑。怒っていても美しいっていうのは美人の条件の一つかもしれない。


「ねえ、シンク……」


 と、思っていたらシャネルは意外にもしおらしい顔をした。


 怒っているというよりも、どちらかといえば悲しんでいる? いや、なにかを不安に思っている? この表情は最近見たばかりだ。


 そう、ミラノちゃんが俺に「嫌いにならないでほしいです」と言ったときと同じ。


「どうした?」と、俺はシャネルの気持ちをなだめるように全力で優しく言う。


「……ううん。別に」


 これまた珍しい。


 いつもならはっきりと物を言うシャネルが言葉をにごした。


 意外とシャネルも気丈にふるまっているだけで、心の中ではいろいろな感情が動いているのだろう。あんまりにもいつも超然としているせいで俺も勘違いしてしまうが。


 それにしてもハーレムルートって大変なんだなと心底思う。女の子二人の機嫌を同時にとるなんて不可能でしょ?


 誰かハーレムを作るコツを教えてくれ。


 ま、俺には無理だろうけどさ。



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