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741 荒野の男、ふたたび

予告よりだいぶ更新が遅れました、すいません

このまま完結まで休まず行ければいいな、と思っております


 東満省の荒野に、獣のような目をした1人の男。


 美しい毛並みの白馬にまたがり、ゆっくりと歩を進めている。


 その男の名は張作良チャンヅォリャン天白ティンバイ。ルオの国を武力によって平定させた大英雄である。


 どうしてそんな男が、護衛もつけずに何もない荒野をただ1人でいるのか。それはこの荒れ果てた大地こそが彼の故郷だからだ。


 彼はいま、愛した人の墓参りを済ませてきたところだった。


 故郷の村はずいぶん前に人がいなくなり、廃村になっている。そこに住む人はもうおらず、誰も近寄らない。けれどもし、その村に人が迷い込めば度肝を抜かれるだろう。


 王族もかくやといった豪華絢爛な墓が、その村にはあった。


 名目上、それは郷土の英雄であるティンバイが建てた共同墓地ということになっているが、本当のところはただ1人の女性のために建てられたものだ。


 ――リンシャン。


 それはティンバイがこれまでに唯一愛した女性の名前だ。


 彼がまだ幼く半人前だった頃に、国の政策によって連れて行かれた可哀想な女の子。なまじ魔力を多く持っていたという理由だけで、その体をいじられて怪物にされてしまった。


 そのケジメをつけるために、ティンバイはこれまで戦ってきた。その過程で、この国の貧しい人たちを救ってきたという自負もある。貧しさがなくなれば、リンシャンのような思いをする子がいなくなると信じていた。


「どうだい、リンシャン。俺様はやったぞ」


 ティンバイは独りごちる。


 その声を聞いているのは愛馬だけであるが、この白馬はティンバイの言葉が聞こえないふりをした。そういった思慮のある、頭のいい馬だった。


「とはいえ、まだまだこの国は貧しい。俺様の仕事はもう少しありそうだぜ」


 ティンバイは政治が分からない。


 頭は悪くないのだが、これまで話し合いよりも暴力で物事を解決してきたことが多いので、どちらかというと口より先に手が出るのだ。


 だから、元あったルオの国を壊すところまでは、なるほど英雄としてしっかりとやってのけた。


 しかしその先のことは、できなかった。


 そして彼はそれを無理にしようとはしなかった。自分が王になろうとするのではなく、自分はあくまで暴力装置として。一、馬賊。一、攬把、一、国民。そういった態度で新しい国造りに協力していた。


 自分がいる。それこそが抑止力となり、無駄な争いは起こらなくなる。


 それで良いのだ。戦争――とくに国内での内戦などはいたずらに国力を消費するだけだ。これからは争いなどせずに国をとませていくべきなのだ。


「そのうちに、俺様の役割もなくなるときがくるか……」


 白馬が心配そうに、少しだけティンバイの方を見ようと首を動かす。それを手で制して、ティンバイはカラカラと笑った。


「なあに、そうなってもお前さんを捨てるようなことはしねえよ。それに俺様はまだ引退するつもりはねえ。互いに白髪まじりになるまで戦ってやろうぜ」


 ってもお前はもう白髪かよ、とティンバイは白馬の首筋を撫でてやる。


 そうして歩いていると、川に出た。


 この川をずっと進んでいけば噂に名高い黒竜江へと合流する。


「ふむ……」


 川の近くは少しだけ緑が茂っていた。馬もあるきやすそうだ。


「せっかくだ、黒竜江の方まで行ってみるか」


 俺様が作った国の端の端まで見てやろう、とティンバイは思った。


 黒竜江は大河である。その河にそって国境が決められており、こちら側をルオ。あちらがわはソイエトという国だ。国によってもちろん名前も違い、ソイエトでは黒竜江のことをアムールと呼んだ。


 ふと見れば、川の向こうに四足歩行の生き物がいる。


 トラだった。


 真っ白い毛をしたら、白虎だ。東満省の奥地に行けばトラの姿を見ることは少なくない。けれど、白い毛というのは珍しいものだ。


 ふん、とティンバイは鼻を鳴らした。


 そのトラはティンバイの方を見向きもしない。まさしく我が道を行くような感じだ。こちらなど眼中にないということか。


「生意気なやつだぜ。撃ち殺してやろうか?」


 ティンバイは懐からモーゼルを抜いて、トラに向かって狙いをつけた。


 しかしトラはこちらを見ない。


 気づいていないわけではないだろう。トラという生き物は目も鼻も耳も、人間の数倍よく使えるものだ。こちらの存在を知っていて、無視しているのだ。


「当たらねえと高をくくってんのか? 悪いが俺様は張天白だ。モーゼルの弾は百発百中だぜ」


 それでもトラは無視をした。


 ここに来て、ティンバイはその白虎にどこか神秘的な雰囲気を感じた。


「そういや昔、オヤジが言ってたな。白い動物ってのは神様の使いなんだと。なるほど、そういうもんなら殺しちゃいけねえな」


 モーゼルを下ろす。


 興が削がれたのだ。


 ティンバイの愛馬が何かを主張するように息を吐く。まるで「自分だって白馬だ」とでも言わんばかりだ。


「なんだ、焼いてんのか?」


 そういうわけではない、と白馬は足どりを早めた。


 するとどうだろうか、川の向こう側にいる白虎も、同じように歩みを早めた。


 なにを考えているのか分からない。まさか撃ち殺されたくて、モーゼルの弾が届く位置を保持しているわけではあるまい。


 川沿いを延々と進み、黒竜江へと到達すれば、その白虎はいつの間にか消えていた。どのタイミングでいなくなったのかティンバイにも分からなかった。


「不思議なトラだぜ」


 黒竜江は近くで見れば、大河というよりも、もはや海である。それくらいの大きさだ。


 ティンバイは流れる水を見ながら、かつてのことを思い出していた。それはリンシャンと過ごした幼い日のことだ。


 自分は変わった。成長した。大人になった。


 けれど、この故郷の荒れ果てた大地は何一つ変わってない。幼い頃のままだ。


 ティンバイには夢がある。それは、この荒た大地すらも富ませることである。このルオの国全土を富ませ、万民を富ませる。そうして自分のような思いを、これから生まれてくる子供たちにはしてもらいたくない。


 それこそが英雄の望みだった。


 馬が、ブルリと身を震わせた。


「寒いか?」


 同意するように馬は首を曲げる。


「こんな時期ならまだぬくいが、夜になれば、身も凍る。今日はここらへんの村に宿を借りるか」


 この近くに村があったはずだ。


 ティンバイは馬賊になったばかりの頃、このあたり一帯で仕事をしていた。だから、地理には詳しいのだ。


「もし、人が残っていりゃあだがな」


 自分の故郷の村のように廃村になっているかもしれない。


 それでも建物さえ残っていれば寒さはしのげる。


 ティンバイは早足で馬を進める。


 日は少しだけ傾いているのだった。


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