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073 凱旋門への観光


 最初こそ恐る恐る出ていた俺たちだが、しばらくするとコソコソするのもやめてしまった。


「わあ、すごいですよ。シンクさん!」


「そうかぁ?」


「はい、すごい! こんな明るいうちから外に出るなんて楽しいです!」


「いつも暗いうちしか出られなかったの?」


「いいえ、暗いうちもここ最近は出てないです。ずっとずっと商館の中でした」


「そうか、じゃあ久しぶりの外出だな」


「はい、ローマと逃げたとき以来」


 スキップしながらミラノちゃんは歩いていく。


「さて、どこに行こうか」


 なにか良いところある? と、ミラノちゃんに聞いてみる。


「観光名所ですか? えーっと、ここらへんだと凱旋門がいせんもんとかですかね。と言っても私も行ったことないんです、じつは」


「凱旋門かあ」


 この前シャネルが行きたいって言ってたところだよな、たしか英雄の凱旋を記念して建てられたとか。観光名所としてはいかほどのものか? でも行ってみるのはありかもしれないな。


「じゃあそこに行こうか」


「はい」


 ぎゅっ、と手が握られた。


 俺は思わず手を離す。いや、嫌いとかじゃなくて本当にただ驚いただけなのだ。


「あ、すいません……人の多いところですしはぐれると困るかと思って」


「あ、ああ。そういうことか」


「ちょっと子供っぽすぎましたね」


「いや、良いんだよ」


 俺は自分のズボンで手を拭いてから、さあ、と手をさしだした。


 ミラノちゃんはおずおずとその手を握る。温かい感触がする。


「こっちですよ」


 ミラノちゃんの案内で俺は歩いていく。これじゃあどっちが案内されているのだか。


 あ、そういえばお金があんまりないなあ。大丈夫だろうか?


「ねえ、凱旋門って入場料とかあるの?」


 俺の質問にミラノちゃんはきょとんとした顔をした。


「シンクさん、なにいってるんですか。凱旋門ってただのアーチ。つまりは門ですよ」


「へ?」


「えっと、つまりは本当にただの門なんです。ですから観光名所ですけど入場とかするものではないんですよ」


「ほうほう」


 つまりはただそこに建っているだけ?


 たとえばエジプトのピラミッドみたいなもの? そこにあるだけだから入場料もへったくれもないと。


「ですから心配しないでもいいですよ」


「そりゃあ良い」


 裏通りから少し広い通りへ。


 そこはこの前もいったカフェの立ち並ぶ英雄通りだ。マロニエの木が左右に植えられており、そこからさらに広い大通りへ。


 シャンゼリゼ通り。


 幅広の川には今日もゆったりとゴンドラが流れている。


 そして、俺たちは広場についた。


「ここが星の広場ですよ」


「おおっ!」


 その広場の中央には巨大なアーチ状の門がある。


 言われなくても分かる、あれが凱旋門だ。


「すごいですね……」


「で、でかいな」


 あんなものどうやって作ったのだろうか? 重機なんてないから全部手で積んだのか? あ、いや魔法とかでどうにかしたのかな。


「絵では見たことあったんですけど、実際に見るのは初めてです」


「そうだなー」


 にしても、うーん。異世界にある凱旋門も俺のいた世界にあった凱旋門と似ているな。もちろん装飾は少し違うんだろうが、だいたい同じ。そもそも装飾とか知らないからね。


「あ、シンクさん。あそこに露店がたってますよ」


「ほう」


 ミラノちゃんが俺の腕をくいくいと引いてくる。


 甘え上手。


 俺が顔を向けると弾けるような笑顔が帰ってきた。


「美味しそうですね」


「食べてみる?」


 なんの露店だろうか、たぶん甘いお菓子かなにかだろう。まさかクレープの屋台、ってわけじゃないだろうけど。


「良いんですか?」


 甘えるようにミラノちゃんはすり寄ってくる。


 まったく最初からそのつもりだったくせに、でもミラノちゃんにこうして甘えられると呆れる気力もどこかに行く。かわりにもっと喜ばせてあげたいと思ってしまう。


「良いよ」


 近づくと、どうやらアメの屋台らしかった。現代日本でも見たことがある、色々な形にアメを細工してくれる屋台だ。たとえば馬だとか、魚だとか、熱いアメを素早くかたちどってくれる。現代日本の縁日でも見ることは少なくなった種類の屋台だが、まさか異世界で見るとは。


「いらっしゃい」


 屋台主はぶっきらぼうな初老の男。いかにも職人という感じで好感がもてる。


「なんでも作ってくれるんですか?」


「いいよ」と、屋台主は答える。


「でしたら……あの、ユニコーンをお願いします」


「あいよ」


 ささっ、と男はアメの形を整えていく。小さなハサミのようなものでパチンパチンと切っていく。


「すごいもんだなあ……」


「本当ですね」


 俺たちは手品のように形を変えていくアメを見つめた。


 形が整うと、筆で色が塗られる。


 うーん、どうして異世界に飴細工なんてあるんだろうか? もしかしたら俺のようにあちらの世界からの転移、あるいは転生者がいたのか? まさか俺のクラスメイトにこんなスキルを持っているやつがいたとは思えないが……。


「あい、できたよ。銀貨一枚、1000フランだ」


 バラの花一輪と同じ値段。


 どっちが良いかは分からないけど。


 俺は代金を支払う。


 そして受け取ったユニコーンのアメをミラノちゃんに渡した。


「どうぞ」


「ありがとう、シンクさん」


 素敵な笑顔だ。この笑顔1000円。安いね!


 ミラノちゃんは一角獣――ユニコーンのアメをしゃぶる。


 ジュポ……ジュプッ……チュッ。


 俺は思わず目をそらす。


「どうしました?」


「あ、いや……なんでも」


 なんでこの子はそんなエロテックにアメをしゃぶるんだ!


「甘くて美味しいです」


「そう良かったね良かった」


 俺は早口で言う。


 また、手をつながれた。


「一周しましょうよ」


「そだね」


 凱旋門の周りを歩く。どうやら通行止めになっており中心を通ることはできないみたいだが、それを破って中に入っていく人たちもいる。


「私たちも行きます?」


「いやあ」


 あんまり目立つことをするべきじゃないだろう。


 ミラノちゃんはその美しく長い金髪で尖った耳を隠しているが、だとしても人目をひくことに変わりはない。


 シャネルといい、ミラノちゃんといい、俺の周りの女性陣は美しすぎる。


「ねえシンクさん、これシンクさんも舐めてみます?」


「え?」


 アメがさしだされる。


 ………………いいの?


 いや、だってそれって間接キスじゃん。


「ではお構いなく」


 俺の右腕が本能的に伸びる。


 が、その右腕を理性的な左腕が掴んだ。


「どうしました?」


 ミラノちゃんが不思議そうな顔をしている。


「ぎぎぎ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 無理、たぶんこれ舐めたら俺もう終わる。


 なんでこの子こんなに俺にアピールしてくるの! これまでの人生で俺にこんな優しくしてくれたのシャネルだけだよ! でもシャネルと違うのはこの子、押したらそのままやれそうだっていうことだ!


 たぶんシャネルと違って性格がきつくないせいだろう。


「いりませんか?」


「いる、いや、いらない!」


 自分でも分からない!


 でもこれ、舐めちゃったら俺もうミラノちゃんと行くところまで行っちゃいそう。


 深呼吸をする。


「あ、すいません……私の食べかけなんていりませんよね」


「い、いやそういうわけじゃなくて――」


 ミラノちゃんは寂しそうな顔をしてまたアメをしゃぶりだした。


 たぶんこの子はわざとやっているわけじゃない。俺の勘がそういっているから確実だ。天然で男たらしなのだ、たぶん。


 この子の周りにいる男は大変だ。きっとヤキモチでおかしくなっちまう。この調子で他の男にも色目を使うだろうからな。


 でもビッチに思えないのは、きっと彼女の雰囲気そのものが清楚だからだろうな。


 ……いや、俺が俺以外の人と喋っているのを見たことがないからかもしれない。


 ノーモア、ビッチエルフ!


 俺たちはとことこと凱旋門の周りを歩く。1周、2周、3周。


「あの、シンクさん。しょうじき言っていいですか?」


「なに?」


「凱旋門、あきました」


「あ、ミラノちゃんも?」


 実は俺もだ。


 だってただの門だぜ? 見てるだけで面白いのなんて最初だけ。


 これでシャネルでもいれば興味のないうんちくでも垂れ流すだろうけど、あいにくと俺もミラノちゃんも歴史になんてまったく興味がない。


「帰りますか?」と、ミラノちゃん。


「そうだなあ」


 ふと見れば、ミラノちゃんはまだ遊びたそうな顔をしている。


 そりゃあそうだよな、久しぶりに外に出たんだもの。でもその表情にときおり浮かぶ陰は、きっとローマのことを思っているのだ。


「ローマのこと、気になる?」


「はい、私だけこんなに幸せで良いのかって思って……」


「大丈夫さ、ローマも助ける。お金を払えばいいだけなんだろ? すぐにだよ」


 もともとミラノちゃんのオークションが開催される予定だったのは明日。そしてシャネルの予定では明日にでもローマの身柄を受け取るということになっている。


 で、明後日にはミラノちゃんたちのために辻馬車の予約を入れたという。ここから馬車で数日かかるテルロンという港町に行くのだ。


 そして、そこから彼女たちは外国へと旅立つ。


 そう考えればミラノちゃんとこうしていられるのも明後日までか……。


「明日にはローマと会えるんですよね?」


「ああ」


 俺は笑顔をミラノちゃんに向けた。


 ミラノちゃんも同じように笑った。



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