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731 世界が時間を停める


 炎に焼かれるディアタナは、その場から身動きができないようだ。


 それで、俺にかかっていた金縛りもとけた。


「よしっ!」


 俺は急いでアイラルンの喉元に刺さった剣を抜く。


 シャネルにあの命令が効かないとしても、俺には効果てきめんなのだ。アイラルンの手助けがなければまともに戦うこともできない。


 少し力を入れると、七支刀はすぐに抜けた。


 ごふっ、とアイラルンが口から血を吐く。


「大丈夫か!」


「ほ、朋輩……いまのはかなり、痛かったですわ」


「そうか。すまん、守れなかった」


「い、良いんですわ。わたくしの不注意です。そ、それよりも」


 アイラルンは弱々しい動作でシャネルの方を指差す。


「ああ、シャネルか。すごいよな。ディアタナ相手に互角以上だ」


「ふ、ふふっ……やっぱりシャネルさんはすごいですわ。朋輩と相性も抜群……」


「よせよ、照れるだろ」


「ほ、朋輩。いまのうちに……」


「ああ」


 俺はその場に七支刀を捨てて、ディアタナの方へと急ぐ。


 ディアタナはシャネルの作った炎の中に閉じ込められている。


 いまなら『グローリィ・スラッシュ』を当てることも簡単なはずだ。


 俺はいちど刀を鞘に戻した。


 居合抜きの動作こそ俺のルーティーン。これをすることによって何というか、しっくりくるのだ。本当はどんな状態からでも、なんなら刀すら使わなくてもできるのだが。


「シャネル、そのままディアタナを捕まえておいてくれ!」


「そのつもりだけど――ああ、ダメだわ」


 俺が刀を抜こうとした刹那。


 シャネルの杖から出ていた炎の蛇が、また元の剣の形に戻った。


 見ればディアタナはどこにもいない。


「瞬間移動かよ……」


 すぐにこれだ。


 ヒット・アンド・アウェイと言えば聞こえは良いが、ディアタナの場合は出てきて不利になったら帰っていくだけ。いいかげん諦めてほしい。


「でも、思うのだけど。あの女神、逃げるまでの時間が長くなってない?」


「と、いうと?」


「瞬間移動をするにも、ずいぶんと痛がってからしてるというか。そんなに逃げたいならすぐに逃げればいいのに」


「つまり……魔力切れをおこしかけてるってことか?」


「かもしれないわね。本当のところは分からないけど」


 ならば俺たちの行動も無駄ではないということになるが。


 いきなり、ディアタナの気配がした。


 俺たちから離れた位置だ。そこはシャネルが先程焼け野原にした一角ではなく、まだ花が咲き誇る場所だった。あたり一面は焼け野原だが、そういう場所もあるのだ。


 ディアタナはその場に膝をついている。


 見るからに疲れているようだ。


「追撃するわよ」と、シャネル。


「まて、あの花をまず焼いてくれ」


「分かったわ」


 シャネルの杖から伸びている剣のような炎が、ゆっくりと形をかえる。そうしてとった形はまたもや蛇だ。好きなのか、蛇が?


 蛇行だこうする炎が花を焼いていく。ディアタナは動かない。


 シャネルは杖を振り上げる。すると、炎の蛇はディアタナへ向かって行く。


「くうっ……」


 ディアタナは辛そうな顔をしている。逃げようと、立ち上がろうとするが、その場に倒れた。


 俺はそれを見て、少しだけ自分の中に罪悪感がわいた。


 ――まるで俺たちが悪者みたいじゃないか?


 だが、シャネルは当然のように容赦しない。


 炎の蛇がディアタナを飲み込もうとする。その瞬間ディアタナは消えた。


 それで良い、と思った。ディアタナが瞬間移動をすればするほど、魔力がなくなっていくのだから。


 さて、次の狙いは俺か? それともシャネルか。


 どうせ後ろに来るのだろうとすぐに振り返った。だが俺の予想は外れた。ディアタナが現れたのは、アイラルンの前だったのだ。


「せめてこの邪神だけでも――」


 ディアタナは、そう言った。


 七支刀でアイラルンに斬りかかる。


 だが、アイラルンも無防備ではなかった。さきほどまで自分に刺さっていた七支刀を持っている。あれは、俺がアイラルンの喉元から抜いてその場に捨て置いたものだ。


 女神たちのもつ剣が交差する。


 互いの体に、互いの剣が突き刺さる。


「ぎゃっ!」と、叫んだのはディアタナだ。


 反撃をくらうとは思っていなかったのだろう。


「朋輩!」


 と、アイラルンは俺を呼ぶ。


 その言葉の意図するところはすぐに分かった。


 いまこのときがチャンスだと、アイラルンはそう言っているのだ。


 俺は走り出す。


 ディアタナの姿はまだ消えていない。


 このまま瞬間移動される前に『グローリィ・スラッシュ』を叩き込む。


「隠者一閃――」


 俺は叫びながら走る。


 魔力を刀に送り込む。


 俺の刀は赤く輝きだす。その輝きは鞘を貫通してまるで溢れ出るようだ。


「『グローリィ――』」


 刀を引き抜こうとした。


 そのときだった。


 ギラッ!


 と、ディアタナがこちらを見る。その目は憎悪というよりも、焦燥にかられているようだ。


 もうどうにもならず、最後の最後にただ俺を睨んだというような感じだった。


 俺はその視線に気圧されて、一瞬だけ動きを止めそうになる。


 実際には止まっていない。ただ、躊躇してしまったのだ。


 ディアタナが何かをしようとしていた。それはたぶん、また瞬間移動だ。逃げようとしているのだ。それが何となく察せられた。


 すぐにでも刀を抜いて、グローリィ・スラッシュを放たなければ。そうしなければまた逃げられる。それは理解している。


「うおおおっ!」


 俺は自分を鼓舞するために叫ぶ。


 ダメだ、ディアタナに逃げられる。


 そう思った。


 だが、ディアタナの体にアイラルンはしがみつく。その胸には七支刀が刺さっているにも関わらず、それをさらに深く刺さろうが構わないとばかりにディアタナに抱きついたのだ。


「朋輩! ためらわないで!」


 アイラルンが叫ぶ。


「この女神を殺さなければ、わたくしたちは、この世界は前に進めません! お願いします、躊躇しないでくださいませ! いま、その刀を抜いてください!」


 その言葉で、俺の迷いは吹っ切れる。


 俺は、たぶんだけど、自分で言うのもなんだけど優しい人間なのだ。


 だから苦しそうな人――この場合女神だが――を見ると、どうしても手心を加えたくなる。


 とくにこんな、3対1で戦っているときなんかは。


 けれどそれは、優しさではなく甘さなのかもしれない。


 血を流しながら、痛みに顔をしかめながら、泣きそうになって叫ぶアイラルンを見てそう思った。


 ――俺はなにをためらっていたのだ!


 ディアタナは敵である。


 俺たちの敵。そしてアイラルンの復讐相手。


 いまさら何を迷うことがあるだろうか。


「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」


 俺の刀は抜き放たれた。


 その刀身は真紅の輝きに照らされている。


 全てを切り裂く必殺の剣。それこそが、このグローリィ・スラッシュ。


 この一撃で全てが終わる。この長かった旅が、俺の復讐が。


 切っ先がディアタナに触れ、このまま振り抜けばそれでこの女神は消え去る。


 もう迷いはない。


 ただ切り裂くだけ。


 そう、この瞬間、いま、この時に。


 俺は、この女神を、消す。


 そして、世界が、時間を停めた。


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