730 貴女に決められることじゃない
視界のすみに何かがいる。
その何かは無表情で俺たちを見ていた。
「来ましたわ」
「シャネル、頼むぞ」
「ええ」
ディアタナは手に七支刀をもつ。先程俺が消したのとは別の個体だろう。その武器が気に入っているのか、あるいは何かしらの意味があるのかは分からない。
しかし厄介なものであることは確かだ。
見れば先程まで使っていた七支刀よりも刀身が長くなっているように見える。
「許さない……」
ディアタナはつぶやくように言う。
「どう許さないって言うんですの! それはこっちのセリフですわ、このあんぽんたん!」
あんぽんたんって……どんな煽りの言葉だよ。
「くだらない邪神と、この世界に偶然うまれたようなバグと、調子にのったただの人間。よってたかって、この私を煩わせる」
ディアタナが消えた。
俺は刀を振り上げて、シャネルを守るような位置に立つ。
――ガキイッ!
俺の刀とディアタナの七支刀がぶつかり合う。
防いだ! しかし、こちらが力負けする。俺は後ろに下げられて、そのままディアタナはまた瞬間移動で消えて追撃する。
背後に嫌な予感があった。
「ワンパターンなんだよ!」
すでにそれは予想している。ディアタナは瞬間移動のさい、必ず背後をとってくる。
俺はすでにディアタナの攻撃が当たらない位置へと移動していた。
深々と地面に刺さる七支刀。
ディアタナはそれを引きぬきながら顔をあげた。
その顔面にシャネルの放った炎の矢が突き刺さる。
小さな悲鳴があがり、次の瞬間にはディアタナの顔が燃え盛っている。
叫びながら、その場をのたうち、次の瞬間には消える。
「合わせてはみたものの、これじゃあダメなのよね?」
シャネルは確認をとるように聞いてくる。
「たぶん」
「いいえ、これで良いのです! もっとじゃんじゃんやりましょう!」
「そうなのか?」
「はい! ディアタナとてその魔力は有限なわけではありません。瞬間移動にも回復にも、魔力を使うことになります!」
なるほど、ならばこれは無駄な攻撃ではないということか。
ディアタナはまた姿を現す。その顔には傷一つなく、綺麗なものだった。しかしよく見ればその呼吸が少しだけ荒くなっている。
「朋輩、どんどん攻めましょう! 相手はバテてきていますわ!」
俺もその意見には同意だ。
「ああ」
だがディアタナが開いている方の左手を上げて、一言。
「止まりなさい」
そう、つぶやく。
「くっ!」
俺の体は金縛りに合う。
「朋輩! 動いてください!」
それに対してアイラルンがすぐに助けをだしてくれる。
だが、それがディアタナの狙いだった。
ディアタナが腰を曲げて、右腕に持った七支刀を後ろに引く。
――まずい。
あのフォームは明らかに投擲のためのものだ。この状況、ディアタナが狙うとしたらそれは俺たちではなくアイラルンの方だ。
俺の体は反応していた。
しかしアイラルンの方は別だ。
「止まれ!」
ディアタナの命令に、俺はまた動きを止める。それにしたいしてアイラルンはあたふたと手を振ってキャンセルしようとしてくるが、その瞬間には七支刀が空を切り裂き飛んできていた。
俺は動けない。
アイラルンは反応できない。
そのまま七支刀はアイラルンの喉元に突き刺さった。アイラルンはとっさの反応で七支刀の枝刃の部分を掴んで、首がそのまま落ちることは防げたようだ。
しかし、それで深刻なダメージをおう。
「アイラルン!」
俺の叫びにも、アイラルンは反応できない。
ずいぶんと景色がゆっくりに見えた。
アイラルンは首元に剣をさしたまま、ゆっくりと仰向けに倒れていく。アイラルンの体は小刻みに痙攣している。すでに自分では剣を抜けないようだ。
死ぬことはないだろう、それは分かる。
だがこのままでは回復もできないだろう。
あの剣を抜かければいけない。
「動くことは許しませんよ!」
「くっ!」
ディアタナは俺の動きを止める。
「シャネル・カブリオレ! 貴女もですよ、止まりなさい!」
そしてシャネルの方にも、ディアタナは釘を刺すように言う。
まずい、一気にピンチになった。
こうなってしまえばこちらは動くことができず、ディアタナだけが自由に動けるのだ。
「ねえ、シンク。なにしてるの?」
――え?
俺は首すら動かすことができず、声の方を向くことができない。
けれどシャネルの声はずいぶんと近くから聞こえたように感じられた。
ゆさゆさ、と肩をゆすられる。
「動けないの?」
うん、と言うこともできない。
「なっ! どうしてですか!」
俺の視線の先にいるディアタナが、驚愕に目を見開く。
「どうしてって……むしろどうしてシンクは止まってるの? 貴女が何かしたのね」
「このバグが! 私が止まれと言ったら止まりなさい!」
「やあよ。どうしてそんなことを貴女に決められなくちゃいけないわけ? バカバカしい」
なんだこの女、無敵か?
じゃなくて……気づいてくれ、シャネル。アイラルンだ。アイラルンの喉元に刺さった七支刀を抜いてくれ。そうすればまたアイラルンは喋れるようになるのだから。
「まったく、アイラルンも何してるのよ。刺さってるこれ、抜いていいのかしら?」
そうだ、抜いてくれ!
「ああ、でもこういうの抜いたら血が吹き出すのよね。服が汚れるわ、やめておきましょう」
おい、いまこの状況でそんなこと気にしてる場合か!
「バグが、ふざけるな! 良いでしょう、貴女1人ぐらい、この私が殺してやります!」
ディアタナが右手を振ると、そこには新しい七支刀が握られている。
「誰が、誰を殺すですって?」
シャネルは優雅な動作でディアタナへと近づいていく。
「よるな!」
「……べつに私だってよりたくないわ」
「近寄るな、そこで止まれ!」
「無理やり止めてみせなさいよ」
「お前など生まれなければぁ!」
「それは私の両親に言いなさい」
シャネルが杖を振る。すると、杖先に炎が燃え盛り、それが剣のような形をとった。
接近戦を挑むつもりか、ディアタナに。
やめろ、それは悪手だ!
そう伝えようとしたが、俺は喋ることができない。無理やり喋ろうとしても「ぐうっ……」とか、そんな言葉しかでない。
アイラルンの方も、体は動かせないようで。喉から血を出し、地面に磔にされるように七支刀を刺されている。
「死ね!」
ディアタナの姿が消えた。
まずい!
と、俺は思って。シャネルの無残な姿を見たくなくて、思わず目を閉じようとする。
しかし、まぶたすら動かない。
結果として、俺はその光景をしっかりと見ることになった。
消えたディアタナは、いつもどおりと言うかシャネルの背後をとる。それに対してシャネルは反応できていない。
シャネルは、だ。
俺は見た。シャネルのもつ炎の剣が蛇のように動くのを。
シャネルがその魔法のモチーフとしてよく使うことのある蛇だが、今度のそれは最初から蛇として現れたわけではなく、炎の剣がゆらゆらと動いて蛇のようになったのだ。
あれはそう――シノアリスが使っていたガリアン・ソードのように。
炎の剣、もとい蛇はシャネルの意思とは関係なくディアタナを発見して、襲いかかる。
自分が攻撃していたと思っていたディアタナは、突如として炎に焼かれたのだ。
俺は動けないし、少し離れた位置にいる。それでも、女神ディアタナの驚きは伝わってきた。
「あっ――ああああっ!」
叫び声がこだまする。
「ああ、後ろにいたの」
シャネルは振り返り、微笑んだ。
まるで苦戦などしない。
女神を相手に一歩も引かない。
そういう人間がいるというのは、たしかに異常なことに思えた。
なるほど、バグか。
けれど俺は思う。ゲームのバグだって、プレイしている人間に必ずしもマイナスに働くわけではない。
少なくとも、シャネルは俺にとってそういうバグなのだ。
この子がいてくれて良かった。
俺はいまもう一度、そう確信した。




