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728 炎のカーテン


 ディアタナは火球を避ける。


 その動作は白鳥のように優雅なものだった。けれどシャネルの放った火球はディアタナを素通りしたと思ったら、そのまま∪ターンしてくる。


 しかもそれはシャネルがこれまでやっていたような杖を振って動きを変えるものではない。自動的に追尾しているように見える。


 ディアタナは振り返りながら持っていた七支刀で火球を切り裂く。まるで果物でもすっぱり切るかのように火球は縦に真っ二つに割れた。


 割れた火球は花たちを燃やす。その炎は信じられないスピードで燃え広がっていく。


「私の花を!」


 ディアタナはまず、炎を消す。


 しかし燃えた花は戻ってこないのか、あたりには焦げ付いた花弁や、そもそも焼け跡になったすすけた地面が広がっていた。


「ひと目見たときから、気に入らなかったのよね。この花たち」


「美醜の判別すらつかない異常者が」


「そういう個人の観点、押し付けるのやめてくださる?」


 シャネルはうんざりしたような顔をしながら、また火球を出す。


 ぽん、ぽん、ぽんと続けて3つも。


 そんなに景気よく魔法を使って、魔力切れは起こさないのだろうかと心配だった。けれどシャネルは元気そうだ。


「すごいですわ、あの魔法……」


 アイラルンが分かったようなことを言う。


「そうなのか?」


「見た目は火属性の魔法ですが、いくつもの系統を混ぜてうまい具合に省エネで魔法を使っています」


「なるほど、工夫があるんだな」


「ちょっと、2人とも! 喋ってないで手伝ってよ。さっさと終らせて帰りたいんだから」


 シャネルの魔法にディアタナは防戦一方に見える。


 反撃はなく、ただ避けたり、魔法攻撃そのものを迎撃することに手一杯に見える。


 それはディアタナにとっても不満だったのだろう。顔が歪んでいく。そしてあるタイミングで、ディアタナは消えた。


「……いなくなった?」


「シャネル、気をつけろ。あいつは瞬間移動する能力を持ってるんだ!」


「そういうの、先に言ってほしかったわ」


 俺はあたりの気配をよむ。どこから来るか分からない。おれでも勘と、反射神経でなんとかやってみせる。


 だが、何も感じない。


「上ですわ!」


 先に気づいたのはアイラルンだった。


 上空から何かが落ちてくる。それは最初、花びらのように見えた。


 ――こんなもの、避ける必要があるのか?


 しかし嫌な予感はした。


 シャネルもそれは同じなのか、上方向に向けて炎のカーテンのようなものを出す。落ちてくる花びらはそのカーテンに焼かれる。


 だが、ひらひらと舞い落ちる花びらは炎のカーテンをうまい具合によけて地面まで到達することがある。


 地面に刺さった花びらは、まるで鋭利な刃物でもあるように深く突き刺さる。いや、刺さるという表現は正しくないかもしれない。切り裂いていく、という感じだ。


「なんだこれ!」


「分からないけど、怖かったから守ったわ」


「たぶんこれ、触れると痛いですわ!」


 痛い、ですむのか? こんな軽く見える花びらでも、触れた瞬間に体を貫通してきそうだが。


 肝心のディアタナの姿が見えないのも不気味だ。


 まるでこの花びらで目くらましをして、本命は他にあるかのように――。


 ディアタナが狙っているのはシャネルのはずだ。


 俺はあの女神がいつ現れても良いように意識を集中する。


 しかし――。


 ふっ、とディアタナが現れる。


 シャネルの目の前に。すでに七支刀を振り上げている。あとは振り下ろすだけだ。


「ちいっ!」


 俺は叫びながら、シャネルを守ろうと動き出す。だがおそらくは間に合わない。


「いらっしゃい」


 けれどシャネルの態度は余裕だった。


 上空の炎のカーテンが弾けた。


 まるで雨のように炎が降り注ぐ。


「げっ!」


 俺は思わず叫ぶ。


 まさかこうなるとは俺も思っていなかった。おそらく、この場にいる誰もが予想していなかっただろう。


 炎は一瞬で大地に降り注ぎ、全てのものを根こそぎ焼き切っていく。


 俺の頭上にいくつも、いくつも魔法陣が生まれては消える。『5銭の力+』が発動しているのだ。この炎の1つ1つが殺傷能力を持っているということだ!


「あああああっ!」


 ディアタナが叫ぶ。


 その体がジュウジュウと音をたてて溶けていく。


 女神の肉体は人間のものよりよっぽど丈夫らしく、普通なら炎の雨に打たれて一瞬で蒸発しそうなところを、わざわざ溶けては再生するを繰り返している。


 その分、苦しみが続いてるようにすら感じられる。


「ぎゃぎゃぎゃっ!」


 いきなり何かが俺の腰にしがみついてきた。


「うわっ!」


 見ればアイラルンだ。


 体がドロドロになっている。はっきり言ってグロい。顔なんて焼けただれて、頬が文字取り落っこちているくらいだ。


「だ、だずげて……朋輩」


「と、とりあえずここにいろ」


 俺の近くにいれば、俺のスキルで炎の雨は消える。まさしく傘のようになっているわけだ。


 アイラルンの体はしばらく――具体的には10秒ほどで治った。


 その間も、炎の雨は降り続いている。


 すでにディアタナが降らせた花びらはどこにも無く。あたりにはシャネルの降らせた炎の雨だけが万物を燃やし尽くすように降り続く。


 魔法を使うシャネルの頭上には炎の雨は降っていないようだ。


 俺の方から、シャネルの顔は見えない。けれどたぶんだけど、シャネルはいま何の感慨もなく無表情で焼かれていく女神ディアタナを見ているはずだ。


「すさまじいな……」


 相手が女神だろうがなんだろうが容赦しない。


「でも朋輩、あれではディアタナは倒せません」


「そうなのか?」


「はい。ディアタナは女神です、どれだけ殺そうと、死ぬことはありません」


 やがて、炎の雨は小ぶりになった。


「どうすれば良い?」と、俺はアイラルンに聞く。


「最後の作戦です。耳を貸してください」


「ああ」


「朋輩、もちろん最後は必殺技で決めますわ」


「消すのか?」と、俺は確認をとる。


「はい。その方が後腐れありませんし」


「分かった」


「朋輩、わたくしは貴方に神殺しの汚名を着せることになります。それだけは、謝っておきます。申し訳ありません」


「なに、いまさら気にするな。俺たちは共犯者だろう?」


「……はい」


 いまさら女神の1人くらいなんだ。


 俺はいままで何人もの命を奪ってきた。


 仕方なかったこともあるが、しかし俺が復讐を果たした5人だけは、間違いなく俺の意思で殺してきたのだ。いまさらそんなことに、何も悩むつもりはない。


 やがて、炎の雨はやんだ。


 雨がやんで、虹が出るような素敵な光景はここには存在しない。


 焼け野原の中心でシャネル・カブリオレがただ茫洋と立ち尽くしているだけだった。


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