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725 三途の川


 あーあ。


 やっちゃったなぁ。


 これはもう無理でしょ。


 刺さってるじゃん、俺の背中に。なんでアイラルンなんて助けちゃったかな。


「朋輩、朋輩!」


 まぶたが重たい。


 目がかすんでいる。


 もちろん声もでないし。たぶん死ぬな、なんてどこか他人事のように思った。


 不思議と痛みは消えていた。


「朋輩、死なないでください!」


 死ぬつもりはもちろんないけど……ただ少し眠たい。


「どっちが刺さるかは、五分五分でしたけど。そうですか、貴方がアイラルンをかばいますか。妙な人間ですね、アイラルンに愛着でもわきました?」


 ディアタナが何かを言っている。


 そして、背中に何か感触が。あったような、なかったような。


 俺はなんとか首を動かして、背後にいるディアタナを見た。


 ディアタナの手には七支刀が握られている。そうか、俺の背中に刺さっていた剣は抜かれたのか。


「貴方、面倒なスキルを持ってますよね。だからこうしてひと手間かけてあげました。ギリギリ死なない程度。それで、こうして抜いてあげれば。ほら、血が出ていますよ?」


 分からない……。


 出ているのか?


 分からない。


「ディアタナ! 貴下はわたくしの朋輩を――」


「あら、その人間は不敬にもこの女神ディアタナに傷をつけました。その報いを受けるのは当然でしょう? もちろん死をもって償っていただきますよ」


「ほ、朋輩をここで殺せば世界にほころびが生まれますよ!」


「……ええ。ですから私は最後に彼に選ばせたのです。彼が貴女を助けるのならば、死ぬし。見捨てるのでしたら、死なない。もっとも、もしも見捨てたとしたらやはり私はこの人間を殺していたでしょうがね」


「選んだのは朋輩だから――自殺と同じ! そういうことを言いたいわけですか!」


「さあ、どうでしょうね。そうだとしてもほころびは生まれるでしょうけど。もう良いんですよ、どうせその人間は、死にますから」


 死ぬ?


 あ、そうなの。


 へー、そうなんだ。


 緊張感のようなものはなかった。どうでも良いような、そんな感覚があった。


「殺させません、絶対に!」


「貴女に、いまさら何ができるんですか?」


「何もできなくても――」


 アイラルンが何かを言っている。


 けれど、なにを?


 俺は目を閉じた。


「朋輩、朋輩! ダメです、眠ってはダメです、それは永眠です!」


 永眠って、アイラルンは大げさだな。


 そんなわけないじゃないか。


 あれ? というか俺、いま何をしているんだ?


 目がしょぼしょぼしている。アイラルンが俺を抱きかかえている? なんで泣いてるんだ。


 それにシャネルは?


 どこにいるんだろうか、シャネルは。


 シャネル、シャネル……?


 あれ? いつも俺の近くにいてくれるのに。どうしていないんだろうか。声を出そうとしたけれど、なぜか出ないし。


 ああ、ダメ。眠いから、起きてから考えよう。


 アイラルンは寝るな、寝るなと言っている。うるさいな、静かに眠らせてくれ。


 人間のほら、三大欲求ってあっただろ? なんか忘れたけど、あったはず。というわけでお休みなさい。


 起きたら、ちゃんとするからさ。


 ――――――


 どこにいる?


 夢だなこれはと、思った。


 俺は見知らぬ河原を歩いている。あたりには誰もいない。深い霧がたちこめているので、一寸先すら見えないほどだった。


「とりあえず、歩くか?」


 何をすれば良いのか分からない。だから歩く。


 けれど誰もいないので、そのうち心細くなってきた。


「誰かいないのかよ」


 近くにはどうやら川があるようだった。水の音が少しだけ聞こえてくる。というかそれくらいしか音がしないのだ。


 俺は音を頼りに川の方へと行ってみる。当然のように誰もいない。というか霧のせいで見えない。釣り人の1人でもいないだろうか……。


 すると、遠くに明かりのようなものが見えた。


 それはぼやけた光で、本当にそこにあるのかも怪しいくらいの光だった。


 とはいえ、いまの俺はそれに頼るしかない。


 最初、ゆっくりと歩きだした俺だがその足取りは速くなっていく。


 光に近づいている感じがしなかった。


 けれどそれは俺の焦りが生み出した、勘違いだろう。


 しばらく走ると、灯籠のようなものが見えた。どうして河原ともいえるこの場所にそんなものが存在しているのか分からないが、たしかに灯籠だった。


 そしてその灯籠の横には子供用のゴムボートがある。


「なんだ……これ?」


 川下りなんかをするレジャー用のしっかりしたものではない。子供が海でちょっと遊ぶときに使うような、簡単なゴムボートだ。


 そのゴムボートにはほろのようなものがかかっていた。それがモゾモゾと動き出す。


「わっ!」


 と、俺は思わず驚いて叫ぶ。


 とっさに腰に手をやる。刀を抜くつもりだった。


 けれど、いつも刀がある場所にはなにもない。そうかこれは夢なのだ……。


「ん。来たのか」


 姿は幌に隠れて見えない。というかこれは幌ではなく毛布だったのだろうか。


「嫌な夢だ」と、俺は言った。「というかお前……まだいたのか」


「いたさ。ずっと見てたよ、シンちゃんのこと」


「その名前で呼ぶなよ」


 そこにいたのは金山アオシ、その人だった。


 死んだ後でも亡霊となって幾度となく俺に話しかけた男だ。


 いまさら夢の中でこいつのことを見ても不思議に思わない自分がいた。


「そうか、負けたのか」


「負けた?」


「覚えてないのか。そうか、死んで記憶が混乱してるんだな」


「死んだ、俺が?」


「覚えてないのか」


「いや、ちょっと待って……本当に死んだのか、俺は?」


「さあ、どうだろうな。俺はお前のことなんて知らないからな。さて、じゃあシンちゃん。乗ってくかい」


「乗るって?」


「そりゃあこのボートだよ、ボート。聞いたことあるだろ、三途の川の渡しだよ」


「えっと、それってあのカッパみたいな……?」


 そうか、これに乗ってドンブラコとあっち側に行くわけか。


 そうだよな、俺は死んだんだものな。


「カッパ? なにと勘違いしてるのか分からないけど。とにかく俺があっちまで送ってやるよ。ほら、渡し賃だしな」


「渡し賃? カツアゲか……?」


「違うって。そういうルールなの。六文銭だ」


「それって現代価格でいくらだよ?」


「たいした値段じゃねえから、さっさと出せ」


 そう言われても……。


 俺は一銭も持っていないのだ。


「ごめん、ないわ」


「ない? マジかよ、ないの? お金、ぜんぜん?」


「そういうの、ぜんぶシャネルが管理してるから……」


 俺は少し恥ずかしい思いをしながら、しょうじきに言う。


「ないんなら仕方ねえな」


「まけてくれるのか?」


「ビタ一文まからんよ。さっさと帰りな」


 それはダメあと思った。


 なぜかは知らないが、俺はこの川を渡らなければいけない。そんな気がしていた。


「頼むよ、なんとか乗せてくれよ。出世払いでさ」


「ダメだ」


「そこをなんとか、友達だろ?」


 俺がそういうと、金山は目を三角にして俺に掴みかかってきた。


 その場に押し倒されて、マウントポジションをとられる。ゴスッ、ゴスッと立て続けに顔面を殴られた。


「バカなこと言うなよ!」


 俺はそれで、やっと正気にもどる。


「そうだな、乗らなくても良い」


「当たり前だ。さっさと帰れ。それで、とうぶんここには戻ってくるなよ」


「ああ」


 また、殴られる。


 俺の意識はそれでとびそうになる。


 金山はなぜか笑っている。けれどそれは嫌な笑い方ではなかった。なんだか友達に対する、親しい笑い方に思えるのだった。


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