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722 瞬間移動


 ひっくり返ったままの俺は考える。


 なるほど、人知を超えた場所からの攻撃か。そりゃあ当たってもおかしくないよな。


 理解した。


 俺は下半身の力だけで一気に立ち上がる。


「朋輩!」


「大丈夫だ」


 頭が冷えた。


 どうして? なんでなんで? と考えている内は冷静であっても冷静になりきれていない。


 波紋のまったくたたない水面。


 まさしく明鏡止水。


 そういった心で戦いに挑めなければ、真の『水の教え』には達しないのだ。


「まだ立ちますか。そこで寝転がっていれば痛い思いはしないですんだものを」


「寝ている間に殺されちゃたまらないからな」


「大丈夫ですよ、一瞬です」


 そんな簡単に消されてたまるかってもんだ。


 俺は刀を構える。


 まだ戦える。


 痛みはたしかにある。しかしそんなものに構っている場合ではない。


 もう一度、ディアタナに近づいく。接近戦だ。あわよくばモーゼルを拾い上げて、それも使って攻撃をしていきたい。


 しかしモーゼルは花の中に落ちてしまった。正確にどこにあるのかを見極めるのは不可能だ。


「少々、鬱陶しくなってきましたね。人間風情があまりに私の時間を使うだなんて、不敬だとは思いませんか?」


「まったく思わないな」


 距離が遠い。


 その場合、ディアタナは衝撃波を飛ばしながら牽制をしてくる。俺はその動きを先回りして、当たらない位置へと――。


 ダンッ、ダンッ、と俺の腹部、そして肩と立て続けに攻撃をくらう。


 痛みに前へ進む足が止まる。


 しかし俺は気づく。


 ――殺傷能力がない?


 当たりどころが悪ければ分からないが、ディアタナの攻撃は単純に痛いだけだ。


 遊んでいるのだ。それは分かる。時間を使わせるだなんて不敬、と言いながらもこの女神はいまでも俺のことをバカにして、本気を出していない。


 ならばいま、この瞬間はチャンスのはずだ。


 ディアタナが俺をバカにして遊んでいるうちに何かしらの対策をとるのだ。


 だが女神の思考を先読みしてその攻撃の当たらない場所へと移動していくなんて、俺にできるのか?


 ディアタナが七支刀を振るう。


 俺の体はそれに対して先に移動を開始しようとする。


「朋輩、危ない!」と、アイラルンが叫ぶ。


 俺の体は、右の方へと二歩動こうとした。だが、そこではたと足を止めた。


 動こうとした俺の体は、俺の意思によってあえて動かないことを選択する。


 ヒュンッ。


 と、風を切る音がする。それは俺の右の方からだ。


 おそらくそれは、二歩ほど動いた位置。


「はずした?」


 いぶかしげな顔をするディアタナ。


 俺は浅く息を吐いて、ディアタナに向かって突進する。


 ディアタナは迎撃のために七支刀を振る。しかしそれに対して俺は無意識の動きを抑え込んであえて特別な動きをしない。


 するとどうだろうか、ディアタナの衝撃波は俺には当たらないのだ。


 そして距離をつめた。


 今度はこちらが攻撃する。


 俺は鋭い踏み込みで刀を振る。ディアタナはそれを受けずに、体全体で後ろに下がった。


 空を切る刀身。


 だが、俺はそのままもう一歩前に出て、もう一度刀を振っていく。


 とにかく速さに重点をおく。


 力で負けるなら速さで勝負するしかないのだ。


 ディアタナは忌々しそうに舌打ちをしながら、俺の攻撃をかわしていく。そうしながらも虎視眈々とこちらの隙きをうかがっている。


 実際、ここぞというところでディアタナは反撃を繰り出してくる。


 それを俺はよけることができなかった。


 しばらく攻撃を続けて、俺は気づく。


 ――ダメだ、このままじゃあジリ貧だ。


 大きなダメージはくらっていない。しかし小さな攻撃をちまちまくらっている。それはあるいはディアタナがまだ遊んでいる証拠かもしれない。


 この女神は俺をいつでも殺せるとふんで、いたぶっているだけなのだ。


 だが下がるわけにはいかない。一度下がってしまえば、また接近するのさえ一苦労なのだ。


 俺はがむしゃらに刀を振り続ける。


 このまま続けていれば、いつか俺はかわれると。前に、前に進んでいれば何かが変わると。


 俺は愚直に信じ続けた。


 そして、そのときはきた。


「ええいっ、うっとうしい!」


 ディアタナの攻撃が、一瞬大ぶりになった。


 今まではなかったほどに。


 俺は右手に持った刀で、ディアタナの七支刀をいなそうとする。だが枝のようについた刃が俺の刀に引っかかる。


 このまま力を入れれば、俺の刀が折られるかもしれない。ならばと俺は刀を手放した。


 そしてフリーになった両腕をつかい、左手でディアタナの胸ぐらをつかみ、右手で――渾身のストレートを放った。


 ――ダパンッ!


 と、鈍い音がしてディアタナの美しい顔がみにくく歪む。


 そして背中から吹っ飛んだ。


「まず一発」


 俺は刀を拾い上げる。


 刀身に傷はついていない。


「ナイスですわ、朋輩!」


 とはいえ、こちらもかなりのダメージを食らっている。無数の傷が体についている。それらの一部はすでに治りかけているものの、血を出している部分もある。


「アイラルン、お前俺の傷を治したりは……」


「できませんわ!」


「だろうな」


 べつに期待もしていなかった。


 ディアタナは花の中に倒れている。そうしていると、まるで棺桶に入れられた死体のようだ。


 しかし死んでいないだろう。


 そもそも女神は死ぬのか?


 ディアタナはゆらりと立ち上がった。


 その顔には憎悪の表情が浮かんでいる。しかし傷一つない。顔面を思いっきり殴ったのだ、例えば鼻の骨が折れてひん曲がったり、口の中を切って血を流したり。そういうことがないと嘘ってもんだ。


「人間ふぜいが、調子にのって」


 ディアタナの雰囲気がかわっている。


 こちらを本気で殺しに来るつもりだと理解した。


 俺は刀を構える。


 気をつけろ、どんな攻撃がとんでくるか分からない。


 そう、気を引き締めた瞬間だった。


「えっ?」


 いきなり、俺の目の前にディアタナがいた。


 ディアタナは拳を握っている。その拳が俺の顔面めがけて飛んだ。


 右頬を殴られて――すごい力だ――そのまま俺は飛ばされた。


 そして吹き飛ばされて空中にいる最中に、もう一発、今度は左頬を殴られた。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 いきなり間合いをつめられて、右頬を殴られ飛んでと思ったら、左頬に衝撃がきて地面に叩きつけられている。


 どう考えても普通の動きではない。


 これは……。


「瞬間移動したのか」


 俺は立ち上がろうとする。


 だが、立ち上がれない。


 仰向けになる俺の眼前には、ディアタナの顔があった。


 吐息がかかるほどの距離。


「ご明察ですよ」


 相手は俺を殺そうとしている女神だというのに、俺はにらみつけることもできずに目をそらしてしまう。


 そんな俺をディアタナはせせら笑った。


「キモチワルイ」


 と、ささやくように言われる。


 その言葉は俺にとって――辛い過去の記憶を思い起こさせた。


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