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717 時代は流れ


 おかしい、と思った。この世界にはナポレオンはいないはずだ。その変わりに、ガングーがいたのだから。


『陛下、もうお終いですよ』


『おしまい? この私がか?』


『はい。すでにパリは陥落しました。ここまでです』


『……そうか』


 その言葉は耳に入ってくるものではない。映画の字幕のようにスクリーンの下に表示されているだけだ。


「これは、ナポレオンなのか?」


「だからどうしたというのですか」


「あ、いや。だいぶイメージと違うから」


 ナポレオンと言われれば誰しもが想像するのは白馬にまたがってさっそうと山道を駆け上るあの絵画だろう。そういえばさきほどの芸術作品の中にもあったはずだ。


「あれはナポレオンがお抱えの絵師に描かせたものですわ。だいぶ誇張が含まれております」


「そうなのか。それで、アイラルン。この映像は?」


「なんでもありませんわ」


「いや、なんでもないってことはないだろ。だってナポレオンだぜ?」


「なんでもありませんってば! まったく、あの女神の悪趣味さにはヘドが出ますわ!」


「分からんな、これはどういうことなんだ?」


 アイラルンは早く行きますわよ、と俺の手を引っ張る。立ち止まってはぐれてしまうのも問題なので、俺はしぶしぶアイラルンについていく。


 だが俺の目はさきほどまで見ていたこちらの世界の歴史ではなく、アイラルンが歩いている方向の映像を見ている。


 それを見るにつれて、気づいた。


 ――ああ、そうか。これは俺が元いた世界の歴史だ。


 だからナポレオンもいるし、戦争だってまだまだ続く。ガングーの時代がすぎれば平和になるだなんて、そんなふうにはいかない。


「なるほどな」と、俺は思わずつぶやいた。


「なにがですか?」


「この世界はディアタナがいろいろ管理して世界を平和にした。けれど俺が元いた世界は別だ。誰も管理する人がいなかったから、世界はめちゃくちゃになった」


 アイラルンは立ち止まる。


「人に……世界の管理などできませんよ」


「それもそうだな。もしかして俺のいた世界は神様が不在だったのか?」


「どうしてそう思いますの?」


「だってもし神様がいるとしたら、こんなふうに厳しい現実ってないじゃないか」


 俺の元いた世界のスクリーンでは、すでに第一次世界大戦が始まっていた。


 それはその名の通りの世界大戦である。


 世界中で戦いが起こる。


 ナポレオン時代の戦争とはまた比べ物にならないほどの大規模な戦争だ。


「厳しい現実ですか」


「それでこっちは牧歌的な風景が広がる、と」


 この頃に流行った職業が冒険者だ。モンスターを倒す、という仕事を請負って生計をたてる人々の総称である。この頃はどうやら討伐クエストがほとんどで、現在のなんでも屋のような仕事ではなかったようだ。


「朋輩はどちらの世界が良かったですか?」


「そうだな、どっちかといえば、いまいる世界だな」


「ですわよね」


「だってこっちにはシャネルもいるし、それにいちおうあんたもいるからな。アイラルン」


「え?」


「ま、なんだ。俺はけっこう楽しくやってきたってことだよ。あっちの世界じゃ引きこもりの俺でもな。ん? なんだよ、アイラルン。嬉しそうだな」


「べつに嬉しくありませんわ……ただ朋輩があまりにもバカなことを言うから」


「なんだよ」


「わたくしのこと、友達か何かかと思っているんですの?」


「違うのか?」


「まあ……朋輩ですからね。違いませんわ」


「にしてもなあ、こうして見ればぜんぜん違う世界だな。元いた世界はなんというか、色気がないというか。剣と魔法のファンタジーじゃないもんな」


「ですわね」


「かたやこっちはモンスターが草原をうろつくんだからよ。でも生きやすさっていう点では元いた世界なのか? そうだ、人口とかはどうなんだ?」


「圧倒的にディアタナの世界のほうが少ないですわ」


「やっぱりそうなのか。じゃあ栄えてるかどうかで言えば、元いた世界なのか」


 ついでに言うと見ていて飽きが来ないのも元の世界の方だ。


 ディアタナが時間を止めているこの世界では、昨日と今日の違いなどあってないようなものだ。人々は生まれたときと何ら変わりのない世界で、そのまま時を生き、そして死んでいく。


 なにが幸せなのかは人それぞれだけど、そういった穏やかな生活にはたしかに憧れもある。


「先へと進みましょう。きっともうすぐ、ディアタナのところにつきますわ」


「だな」


 第二次世界大戦がはじまる。そしてそれが終わり、世界はテロの時代へと突入する。争いは永遠に続き続ける。


 かたやもう一方の世界はいつまでも平和だ。


「朋輩、ここからは見ないほうが」


 それから、第三次世界大戦が始まった。


 こんなのは知らない。


「なんだよ、これ」


「戦争ですわ」


 それは見れば分かる。見れば分かるのだが……。


「でも第三次だなんて、俺は知らないぞ。スーパーなロボット大戦じゃあるまいし」


「朋輩が知らないだけで、その後で行われたのですよ」


「……そうか」


 酷い戦争だった。


 ドローンや細菌兵器など、ありとあらゆる非人道的な手段がとられた戦争だった。


 けれど人類はしぶとかった。


 生き残った人たちはたしかにいて、生き残った国家もあって、かりそめの平和があった。


 いいや、それは平和ではなかった。


 次の戦争への準備期間でしかなかった。


 酷い戦争があと数回繰り返されて、とうとう人類は滅んでしまった。


 俺の元いた世界は、ダメになってしまったのだ。


「ここまで……ですわね」


「そうか。俺の元いた世界はあの後……そんなふうになっていたのか」


「できれば朋輩には見ないでほしかったですわ」


 帰りたいですか? と、アイラルンは突然俺に質問してきた。


「え?」


「ですから、帰りたいですか? いまからでも、元いた世界に」


「滅ぶ世界にか? 帰りたくないね」


「では朋輩は、滅んでしまった世界を見てどう思いましたか? 自分に嫌な思いをさせた世界が滅んで、ざまあみろとでも思いましたか?」


「まさか。ただ……」


「ただ?」


「悲しい出来事だな、と思っただけだよ」


 俺のいた世界が、俺がいなくなった後に滅んでだとしても、それは俺には関係のないことのように思えた。


 ただ、少しだけ考えたのは家族。つまりは両親のことだ。


 あの人たちも死んでしまったのか。


 それは俺にとってふくざつな感情を抱かせる事実だった。


 ――俺は悲しんでいる?


 まさか。そんなはずがない。親が死んだからなんだと言うのだ。そもそも親なんていうのは普通、子供より先に死ぬものだ。


 アイラルンが歩いていた側にはスクリーンがなくなった。かわりに俺の歩いている方にはいつまでも牧歌的な風景が映し出されている。


 人々は笑い合って、幸せを享受きょうじゅしているようだ。


「こんな幸せはまやかしですわ」


 アイラルンが言う。


 その恨み節に呼応したわけではないだろうが、スクリーンの映像に動きがあった。


 現れたのだ、魔王が。


「金山……」


 やつはずっと隠れていた。


 ガングー時代からずっと。その時を待ちかねていたのだ。自分がこの世界の王様になれるときを。憧れたガングーのようになれるときを。


 そこからは、わりに俺の知っている通りの世界だった。


 魔王が現れて、世界の時間が進みはじめる。


 この世界には久しくなかった大きな戦争が、ルオの国でおこった。それを起こしたのは金山だった。


 それからまた時間が流れて。


 とうとう、俺たちが必死に戦ったあの戦争が映る。


 いま、すでにこの世界は時間を止めていない。ゆっくりと、しかし確実に進んでいる。


 それはディアタナが望む世界ではないだろう。しかしアイラルンは、それを望む。


 なぜ?


 俺たちが歩いている通路に、終わりが見えた。


 そこには巨大な扉があった。


 その扉の先にディアタナがいるのだと何となく分かった。


「時間旅行も終わりですわ」と、アイラルン。


「ああ」


「行きましょう」


 俺は頷く。扉を開けたのは、アイラルンだった。


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